第90話 夜明けを呼ぶもの⑤


 ケンギュラの地に現れた異常事態イレギュラー、幻魔候"冥月"ギルファーメトル。彼は祈機騎刃エッジオブエレメンタルをその手中に収め、膨大な魔力を手にしまった。


 その対処の為に現れた【ヴァルガテール】にヒューグとヴァーミリアは乗り込む。




 再び、世にも珍しい幻魔候同士の戦いが始まる。


 それも、今度は両者共に祈機騎刃エッジオブエレメンタルに乗り込んで。




「ギル」


 両者の間を通信が繋ぐ。

 モニターにヴァーミリアの顔が映り、落ち着いた穏やかな声がギルファーメトルの耳に届く。それを彼は不愉快とばかりにチッ、と舌打ちで返した。


「なんだよ、今更お喋りしようってか?お人好しの偽善者が」


「どうぞ、好きに言いなさい。これが私の決めた生き方だから。

 あなたこそ……それが本当に望んだ生き方なの?」


 疑問を投げかけるような彼女の言葉を、ギルファーメトルは一笑に付した。


「ああ、そうだよ。他に何がある?」

「これから死ぬまでずうぅっっと戦って戦って……そして勝つ!

 テメェらが大事に大事にしてるモノを踏みにじってやる……!」


 狂気を感じる歪んだ笑みでそう言い放ったギルファーメトルに、ヴァーミリアは瞳を閉じそう、と冷たく返した。


 再び見開いた彼女の眼には、燃え盛る炎が宿っていた。




「だったら、ここで完全に燃やし尽くす……!」




 その言葉と共に、ヒューグは【ヴァルガテール】を前進させた。

 両手に剣を握り、地を蹴り上げ一気に前進する。


 目指すは本体であるギルファーメトルが乗る【ガフィニオン】。




「ハッ、やってみろッッ!!」




 その言葉と共に、再び【ガフィニオン】の模倣体コピーが複数出現した。夜の闇より深い黒をした模倣体は【ヴァルガテール】の前に立ち塞がり、本体へ進むのを阻もうとする。




 その数およそ五体。




 しかし数に頼った戦い方など、ヒューグと【ヴァルガテール】の剣技の敵ではなかった。

 突撃の勢いを緩めないまま、すれ違いざまに鋭く振るわれた剣は瞬く間に全ての模倣体を真っ二つに斬り飛ばした。




 模倣体は祈機騎刃エッジオブエレメンタルの主力武器と言える契霊杖ケイレイジョウを手にしておらず、接近戦では脅威と言えない。



 

「よしっ……!」


 これなら脅威にならない。

 そう判断したヒューグはそのまま本体の【ガフィニオン】目掛け、一気に距離を詰めようとした。




 だが。




「まだです!油断しないで!」


 


 ガクン、と機体の動きが止まる。


 両断された模倣体から、黒い触手が伸び【ヴァルガテール】の機体に絡みついていた。触手はギチギチと装甲を締め付け、【ヴァルガテール】を黒く浸食していく。




 模倣体の外見は深い黒に塗られていることも含め、他の祈機騎刃エッジオブエレメンタルと変わらない。だが、その体は紛れもなくギルファーメトルの細胞で構成されている。


 昼間、ゼオに迫ったギルファーメトルの腕を斬り飛ばしてもダメージは薄かったように、必殺の威力を持つ契霊杖による切断も、変幻自在に形を変えられるとなれば効果は薄い。




「っ、しまった……!」


 機体を締め付ける触手の拘束はキツく、機体を動かすことを許さない。

 そんな【ヴァルガテール】にギルファーメトルはほくそ笑む。




「甘く見たな、幻魔候を……!」




 勝ち誇ったような笑みと共に【ガフィニオン】の右腕が鋭い刃物に変形する。

 身動きの取れない【ヴァルガテール】目掛けて、その右腕が振るわれた。


 そう、まさにその時────。




幻魔換装ゲンマカンソウッ!!」




 【ヴァルガテール】の全身が、直視できないほど眩しく激しい炎に包まれた。機体を縛り付ける触手をあっという間に蒸発させ、迫る【ガフィニオン】の右腕さえ寄せ付けない。

 

 炎が収まると、そこにあったのはヴァーミリアの魔力を受け第二の姿"極焔"となった【ヴァルガテール】だった。

 外観も力強いマッシヴなシルエットの悪魔の姿から、炎をマントのように纏う女騎士の姿へと変わっている。




「チィ……ッ!」




 苦し紛れにギルファーメトルは【ガフィニオン】から触手を伸ばす。


「無駄よ!」


 しかし【極焔】が背後の炎のマントをひるがえすと、機体そのものが燃え盛る炎のような熱を持った魔力に包まれた。ギルファーメトルの触手は熱にたちまち干からび、【ヴァルガテール】を捉えることが出来ないまま炭化し、消滅していく。




 熱と炎を巧みに操る彼女なら、変幻自在のギルファーメトルにも対抗できる。

 彼女が対策として最後まで残っていたその意味を、ヒューグは今になってようやく理解した。




 一方、熱と炎に怯んだギルファーメトルは膨大な魔力に物を言わせ三度、模倣体を生み出した。数は先ほどから大幅に増えて十数体に及んでいる。

 それら多数の模倣体に紛れるように、ギルファーメトルの乗る本体の【ガフィニオン】は離れるようにその場から逃げ出した。


「ヒューグさん、逃がさないで!」


「分かってる!」


 背面から一層激しく炎を吹き出し、右腕に装備された巨大な騎兵槍ランスを構え、【極焔】は模倣体の群れへと突進した。

 手に武器を持たず身体を張って止めるしかない模倣体たちだが、【極焔】の持つ熱と推力の前ではまるで意味を成さなかった。そのことごとくが触れた瞬間に吹き飛ばされ、直後熱により灰と化していく。




「捉えた!」




 すぐに【ガフィニオン】本体の背後に追いつき、その無防備な背中にヒューグは渦巻く炎を纏った騎兵槍ランスを深く突き立てた。


「もらった──!」


 【ガフィニオン】の機体を騎兵槍ランスが貫き、地面に深く縫い付ける。しかし次の瞬間、【ガフィニオン】の機体が内側から弾けるように飛び散った。


 手ごたえがない。ギルファーメトルが乗る本体だと思っていたこの機体もまた、先ほどの模倣体たちと変わらない。模倣体との交戦中に隙を見て入れ替わったのだろうか。




 夜の闇に逃がしてしまえば、体勢を立て直されてしまう。そうはさせないとヴァーミリアが動いた。




「魔導開放!最大焼灼!」




 魔力が迸り【極焔】を中心に激しい爆発を起こす。

 高熱と強い光が周囲を照らし、闇に潜むギルファーメトルの姿を露わにした。


 追いつかれまいとするギルファーメトルは模倣体を出現させ、足止めをしようとする。




 幻魔候同士の戦いは次第に王城から市街地へと移りつつあった。


 影のような祈機騎刃エッジオブエレメンタルが逃げるのを、炎を纏った祈機騎刃エッジオブエレメンタルが追う。無数に現れる黒い影のような敵を薙ぎ払い、燃やし尽くし、まるで寄せ付けない。




 その様子を遠く離れた避難地点からシャルティナはじっと見守るしかなかった。


 あの炎を纏った機体が先の学園都市襲撃事件で現れた所属不明機であることは分かっている。

 その機体が何故この場に現れたのか。争っている影のような機体は何なのか。


 王女である彼女は祈機騎刃エッジオブエレメンタルの専門家と言うわけではない。だがそれでも、二機の戦いが常識からかけ離れた異常なものであることはその眼で見て、肌で感じて理解していた。


 そんな分からないことだらけな中、ただ一つ。




「……あ」




 彼女は一つ、あることに気付いた。




「シャルティナ様、このままでは……!」


 傍に控えるレジェールも気づいたのだろう。


 あの影のような祈機騎刃エッジオブエレメンタルが逃げる先。その方向には、明日お披露目される予定の新型の祈機騎刃エッジオブエレメンタルが格納されている倉庫がある。




 今晩の舞踏会は、本来その新型のお披露目を前に親睦を深めるものであり。


 ゼオやリリオンたちがこの地にやって来たのも、披露される新型の見学の為であった。




「っ……!」


 強烈に、嫌な予感がする。腹の奥で不安がぐるぐると渦巻き、危機が迫っていると警鐘を鳴らしていた。


 このままにしておいてはいけない。直感がそう告げている。


「……して」


「シャルティナ様……?」


 発言を聞き取れなかった部下に、言い間違えではないと宣言するつもりではっきりと、彼女は告げた。


全機、今すぐ爆破して!」


「ばっ、爆破ですか!?何故です、ラードゾルグは明日の式典の主役で……!」


「もう式典だの何だの言ってられないでしょっ!

 あの影のような祈機騎刃EOEの目的が、もしなら……

 今ここで先手を打つしかないの!!」


 そう言っている間にも、二機の祈機騎刃エッジオブエレメンタルは新型の祈機騎刃エッジオブエレメンタル【ラードゾルグ】の格納庫へと近づいていく。


「責任は私が持つから、早く!」


 そう怒鳴られた部下はレジェールに視線を移し……彼が頷くのを確認してようやく意を決した。

 手元の装置を操作し、格納庫に待機している【ラードゾルグ】に遠隔からアクセスする。


「ラードゾルグ、三機全てにアクセス出来ました……

 遠隔で緊急プロセスを起動、魔力をオーバーロードさせ自爆させます!」


 その言葉から数秒後、格納庫で激しい爆発が起きた。

 建物や機体の破片が飛び散り、真っ赤な炎と共に黒煙が夜空へと伸びていく。




 若干の後悔はある。やり過ぎたのではないか、杞憂に過ぎなかったのではないかという不安がシャルティナの胸を騒がせた。


(いや……きっと、私は間違ってない……)


 そんな彼女の耳に、部下の声が響く。


「っ、馬鹿な……!?そんなはずは!」


「どうした、報告しろ」


 レジェールに急かされ部下はパニックになるのを必死に抑えながら現状を告げた。


「二号機……二号機が、爆破されていません!

 こちらの命令も受け付けず、再度の爆破命令も……!」


「え……?」


 シャルティナが戸惑いの声を漏らした直後。




 ズズゥン、と低い音が響いた。

 



 音の出所にシャルティナたちは目を奪われた。爆破により崩壊した格納庫で、積み上がった瓦礫の中から巨大な腕がその姿を見せる。


 腕があると言うことは、その持ち主も。




 その祈機騎刃エッジオブエレメンタル【ラードゾルグ】は、例えるなら騎士の胸像のような姿をしていた。頭部、胸部、両肩、両腕を備えているが腹部から下は中空になっておりケーブルが伸びている。

 ケーブルの先に繋がっているのは紛れもない【ガフィニオン】だ。


 そして、特筆すべき点はもう一つ。




「ッ、デカい……!」




 ギルファーメトルと【ガフィニオン】を追ってきたヒューグはその巨体に思わずたじろいだ。【ヴァルガテール】が見上げなければならないほどに、その姿は大きい。


 胸から上しかないとはいえ、それでも並みの祈機騎刃エッジオブエレメンタルを優に超える大きさだ。逆に言えば、それだけしかないからこの大きさが許されたのだろうか。

 



 この巨大な騎士が、ギルファーメトルに奪われてしまった。


 今度はこの巨体を相手にしなければならないのだ。




「さあ、続きといこうぜ……!」



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