第89話 夜明けを呼ぶもの④
「まず、一つ……
魔界の反乱軍が人間界に来たその目的は
「正確に言えば
数日前の事。
幻魔候"冥月"の襲来を知らされ、ヒューグはリリオン、ヴァーミリア、そしてラーボルトたちと共に閉店後の夜のカフェで作戦会議を行っていた。
ボックス席に霊体のヒューグとリリオンが向かい合って座り、その傍のカウンターに残る二人が座っている。
"冥月"に関する注意点を伝えると言われていたのだが、真っ先に伝えられたのは反乱軍が人間界にやって来た理由だった。
「精霊の魔力か……確かに、あのバカデカい
凄まじい魔力があることは分かるが、わざわざ幻魔候が狙うほどなのか?」
リリオンの発言を受けヒューグが呟く。三百年前の戦いで幻魔候の強さをその身で味わった彼からすれば、幻魔候の魔力だって底なしに近い。
事実、今この場で話を聞いている三人の幻魔候の魔力量についてはヒューグも測り切れていない。
その発言を受け、リリオンは静かに目を閉じ淡々とした口調で続けた。
「そう思うのも、無理はありません。分かりやすく例えて説明しましょうか」
そう言うと、彼女はテーブルの上に用意されていた水の入ったグラスへを伸ばした。中には水が八分ほどまで注がれている。
「例えば……このグラスに入った水を、魔力としましょう」
「グラスそのものについては魔力を扱う魔導の才だと考えてください。いくら魔力があろうと扱う力が
「この水も、グラスが無ければたちまちこぼれ、飲むことは出来なくなってしまう……魔力も大事ですが、魔導の才も重要なのです」
そう言いながら彼女は水差しを手に取り、グラスに水を注いでいく。
「グラスは大きければ大きいだけ、たくさんの水を入れることが出来ます。
このグラスも、より多くの水が入れば単なるグラスではなくジョウロや鍋、浴槽などにも使えるかもしれません」
「同じことは魔法にも言えます。膨大な魔力は扱い方次第で自在に形を変える」
水の量がグラスの九分を超えてもリリオンは水差しを傾け続けた。
やがて水はグラスの縁に達し、それでもなお並々と注がれ続けていく。
────水はこぼれない。見えない壁でもあるかのように、グラスの上にそのままこぽこぽと音を立てて注がれていく。
グラスの倍ほどの位置まで水を注いだところで、リリオンは水差しを置いた。グラスに注がれ続けた水は変わらず、何事もなかったかのように静かに佇んでいる。
「しかし……以前も言った通り、精霊とは世界を維持する
膨大な魔力はあれど意志は持たない。ただ現象をもたらすだけ」
「言うなれば、膨大な池の水のようなもの。人間は
「……人間がやってることはデカい池でちまちま水を汲んでるレベルってことか?」
ヒューグの発言をリリオンは頷き、肯定する。
「そう思ってもらって差し支えありません。ですが……」
それだけ言うと、リリオンは先ほどのグラスに向けふっと指を振った。グラスの縁を超え、倍の高さまで注がれていた水がまるで生き物のように波打ち、水差しの中へと戻っていく。
「
「同じ条件での勝負なら、比べ物にならないことは分かるでしょう」
リリオンの言葉にヒューグは静かに頷く。
確かに、魔力の量に置いても魔導の才という魔法を扱う力に置いてもその差は歴然だ。先ほどリリオンがグラスで見せた曲芸のように、彼女たちにとって
「さっきのリリオンの話で言えば……オレ達は池の水を灌漑や水車にバリバリ使って、池を枯らしかねないほどの勢いって訳だ」
ラーボルトが横から口を挟み、リリオンも頷く。
そう言われるとちまちま水を汲んでいる人間とはレベルが違うことが分かる。
「ちなみに、魔力の量について精霊は池並みだとして……
アンタらと俺達人間は、どうなんだ?」
そんなヒューグの質問にリリオンはそう単純化出来るものではありませんが、と前置きした上で。
「我々はこのコップの水程度……
人間の中では魔力が多いあなたでも、このくらいでしょう」
そう言ってリリオンが指さしたのはグラスの表面に伝う露の一粒だった。
「おいおい、そんなにかよ……!?」
力量差に思わずガクッと崩れてしまった。カウンターに座るヴァーミリアが飽く迄目安ですからとなだめて来る。
しかし、同時に疑問も湧いて来た。
「……そんなに精霊の力がすごいってんなら、アンタ達も契約して力を借りればいいんじゃねえか?」
ヒューグの発言にリリオンは静かに首を横に振った。
「魔物は精霊と契約が出来ないのです。と言うより、どうやって人間は契約をしているのか疑問なくらいで……」
「故に、魔物が精霊の魔力を使うには契霊杖を持つ人間を介するしかありません。
ちょうどあなたと初めて会った際に戦った魔物、バレオスのように」
あいつか、とヒューグはその姿を脳裏に思い出した。ファンガルに取り憑いたあの魔物は確かにすさまじい力を手に入れたと言っていた。
あれは
「サクラシアに聞いたりもしたけど、その辺は教えてくれないんですよね。
教会的にトップシークレットなのは分かりますけど」
ヴァーミリアがそんなことを呟く。協力者とはいえ、全てを明かせる関係ではないらしい。
(教会、か……)
三大国家への発言力を持ち、
現状味方なのは間違いないにせよ、ヒューグはその背後に暗いものを感じるを得なかった。
そう思考を巡らすヒューグを話しに戻すように、リリオンはコホンと咳払いをした。
「……これだけ説明すれば、反乱軍の手に
「何としても避けなければなりません。その為の備えも、用意しておきましょう」
*****
「はあぁっ!?そんな訳ないでしょ、故障じゃないの!?」
「ま、間違いありません!計器の故障ではなく、どれも本物……!
ラーバ・ボーガロウの
その後、同様の反応が新たに五機出現!どれも同じ反応です!」
状況を報告する兵士はモニターとシャルティナの顔を交互に見ながら状況をありのまま説明していた。モニターにはボーガロウの機体であるガフィニオンを示す反応が六機示してある。
「シャルティナ様、これはますます気を引き締めねばなりませんぞ……!」
事態の異常さを側近のレジェールも察知したのだろう。険しい表情でそう告げられ、シャルティナは思わずたじろいだ。
「一体、何がどうなってるってのよ……!?」
そんな彼女たちを驚かせた異常の渦中。
ギルファーメトルが
「っ、クソ……!」
「……!」
ヒューグは悪態をつき、ハルラは悲鳴も上げずゼオの身体に静かに寄り添っていた。
そんな二人の元へ、黒く塗りつぶされたかのような漆黒の腕が伸びていく。
逃げ場はない。どうすることも出来ない。
その瞬間だった。
二人の元へと近づいていく【ガフィニオン】の指先にごおっと、燃え盛る火が付いた。火はそのまま全身へと燃え移り、
ごうごうと燃え上がる炎によって二人の周囲は真昼のように明るい。
「
突然の一変した状況にハルラは戸惑いを隠せず呟いた。どこかから攻撃が飛んで来たのだろうか。だが、そんな気配はまるでなかった。
同時に、もう一つの異常な点にも気づく。
「……こんなに近くで燃えてるのに、熱くない」
ごうごうと燃える炎は意志を持って滅する相手を選んでいるかのように、ヒューグたちの身を焼くことはない。
戸惑うハルラと対照的に、ヒューグはその炎の持ち主について察しがついていた。
何せ、彼自身も味わったことのあるものだからだ。
二人の頭上、夜の暗闇からその人物はふわりと降り立った。
「間に合ってよかった!二人とも、無事!?」
暖かく柔らかい声でそう問いかけるのは。
「あなたは……カフェの、店長さん……!?」
残る三人目の幻魔候、ヴァーミリアである。
ケンギュラの地へとやってきたリリオンとラーボルトと違い、彼女は不測の事態に備え待機していた。そしてこの窮地に援軍として現れた。
「……よかったのかよ、姿を見せちまって」
だが、まさかハルラが居る前で出て来るとは。これではただのカフェの店長とは思ってもらえないだろう。
「フフフッ、それはおあいこでしょう?
あなただって似たようなものじゃないですか」
彼女に痛いところを突かれ、まあなとヒューグは呟く。
一人置いてけぼりにされ、状況を呑み込めず戸惑うハルラにヴァーミリアは優しい声音で続けた。
「ハルラちゃん、今までご苦労様。
ここは私達に任せて、あなたは
いきなりそう言われて従うのは難しかったかもしれない。
だがヴァーミリアの持つ優し気な雰囲気にハルラは静かに頷いた。どのみちここに居ては足手まといになることは分かっている。
「……分かりました。あの、ゼオさんのこと、よろしくお願いします……!」
ペコリと頭を下げ、ハルラは急いでその場から離れて行った。ヴァーミリアはその背中を優しい眼差しで見送る。
その姿が夜の闇に消えてから、ヒューグはさて、と一拍置いてから呟いた。
「幻魔候の手に
ヒューグの発言にヴァーミリアは力強く大丈夫、と返した。
「何も恐れることはありませんよ。
私とリリオンと、ゼオのヴァルガテールなら……!」
そう呟き、彼女は腕を振り上げた。
空間が斬り裂かれ、斬り開かれた異空間から巨大な悪魔がその姿を見せる。
「あれは……!?」
ハルラが叫ぶ。
「何でここに……!?」
シャルティナが息を呑む。
「来やがったな……!」
ギルファーメトルが忌々しく睨みつける。
街中の人々の視線が一気に集まる。
先の学園都市襲撃事件で獅子奮迅の活躍を見せた謎多き
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