第86話 夜明けを呼ぶもの①

 ハルラの【暁斬アカツキ】が魔法誘導弾マジック・ミサイルを放った直後。




 ゼオは咄嗟に、鋼線ワイヤーを巻き付けられ動けない【ヴァングレイル】の背部から残る一本の裂空剣レックウケンを射出した。

 魔力に反応し半透明の刃を形成した裂空剣は【ヴァングレイル】の左腕をズタズタに斬り裂いた。それによって巻き付いた鋼線に緩みが生じ、封じられていた右腕を自由に動かすことが可能となった。




 こうして魔法誘導弾マジック・ミサイルの飽和攻撃を防いだ彼は、ハルラの望んだ通り劇的な逆転勝利を収めた。


 


 頭部に剣を突き立てられ崩れるように仰向けに倒れた【暁斬】の傍に、【ヴァングレイル】が膝を突く。


「ハルラさんっ!」


 ゼオはヒューグをコックピットに残し飛び降りると、【暁斬】のコックピットへ駆け寄った。そのままハッチを操作し開き、友人の名を叫びながら中を覗き込む。




「ゼオ、さん……」




 彼女はゼオの声にか細い声で応えだけだった。今までの自分を恥じ、まっすぐ彼の顔を見ることが出来ない。出来ることなら、あのままコックピットに剣を突き立てて欲しかった。


 だが、彼はそうしなかった。最後まで、自分を殺すつもりなどまるでなかったのだろう。

 対して自分は出せる限り最大の大技まで使い、そのうえで負けてしまった。



 

「……ごめん、なさい」




 俯き身体も動かせない彼女はやっとの思いで謝罪の言葉を絞り出した。彼には、本当にたくさんの迷惑をかけてしまった。


 無関係の彼をこの国の闇に巻き込んだのは、他でもない自分だ。国の為と言い訳しては思い通りに行かない苛立ちをぶつけるように、散々理想を押し付け、利用してしまった。


 でも、彼は優しいから。きっと、怒ってはいないのだろう。

 

 


 ハルラがやっとの思いで絞り出した謝罪の声は、ゼオにもしっかり届いていた。

 そして、彼女の予想通り、ゼオはハルラに怒りをぶつけたりなどせず、優しく彼女の身体を背負いコックピットの外へと連れ出そうとした。

 

 極度の緊張から解放されたばかりで身体に力の入らない彼女は、されるがまま彼の背中に運ばれ【暁斬】の外へと出た。




 同年代と思えないほど広く、頼もしい背中だった。その暖かさに、張り詰めた心が緩んでいく。




 ゼオは彼女をコックピットから運び出すと、【暁斬】の機体の上に優しく彼女を下ろした。

 冷たい装甲の上に座り、彼女は静かに口を開いた。




「……ゼオ、さん。ごめんなさい」




 もう一度。


 今度はしっかり聞こえる声で、彼女はゼオに謝った。

 先ほどの謝罪は聞こえてなかったのかもしれない。このまま彼の優しさに甘え続けてはいけない。


 そんなはやる気持ちが彼女を動かす。


「私……結局は、自分のことしか考えてなかったんです。

 だから最後まで良いように使われちゃって……」

「こんな自分が嫌で、あなたみたいになりたかったはずなのに……

 結局は、迷惑ばかりかけてしまって」

 

 か細く震える声は、言い訳がましいことだけは流暢に繋いでいく。

 それがまた、情けなくて仕方なかった。




 だが、もうそれも終わりだ。


 すうっと息を吸い込んだ。俯いていた顔を上げまっすぐ視線を交わしながら、しっかりと声を張り誓いを述べるように胸の内を明かす。

 今までの自分とはおさらばだ、と言わんばかりに。




「もし、今まで犯した罪を償うことが出来たら……その後は」

「あなたに憧れるんじゃなくて、あなたのそばで……

 少しずつでも自分を変えていきたいって、そう思うんです」




 そう話す彼女の眼には光が宿っていた。今までの命令されて従っていたものとは違う、彼女自身が心からそう望んでいるのだと言うのが、誰の目にも分かった。




「ゼオさん……その時は、私と……

 もう一度、友達になってくれますか?」




 そう問いかける彼女の顔には、いつもの親しみやすい愛嬌のある笑みが戻りつつあった。ここ数日見ていなかった、明るい彼女がようやく帰ってきたように思う。


「ええ、もちろん。例えそれが何時になろうと、僕はずっと待ってますから」


 彼女の笑みに釣られるように、ゼオも笑顔で応えた。それを見たハルラもふふふ、と口元を抑えて笑い、頭の上のふさふさの耳がぴこぴこと動く。

 こうして、また再び彼女とこうして笑って話が出来ることが、ゼオにはただただ嬉しかった。


 もちろん、ハルラにとっても。








 ────そんな二人を、爆発音が現実に引き戻す。




「っ、そうだ……クーデターは……!?」


 ハルラは急いで立ち上がり、周囲の状況を伺おうとした。だが足元がおぼつかず、フラついたところをゼオに支えられることとなった。


「無理しないで。クーデターなら、サクラシア様達に任せれば大丈夫ですから」


 ゼオの言葉通り、クーデターは順調に鎮圧されていった。人間界最高峰の魔法使いであるサクラシアが参戦していることもあり、傭兵たちは瞬く間に蹴散らされていった。

 彼女の専用の改造が施された【ヴァンドノート】が両手に握る銃から魔法を放つ度、傭兵たちの祈機騎刃エッジオブエレメンタルが無力化されていく。

 国軍の【エドワイユ】もまた、隊列を組み魔導障壁マジック・バリヤーを張ることでジワジワと敵を追い立てていた。

 元より傭兵たちは練度も士気も低く、国軍だけでも鎮圧出来ただろう。


 ハルラが企てた英雄ゼオの勝利もまた、彼女の見込んだほど劇的ではないにせよ、多少は戦況に影響を及ぼしていた。


 迅速な避難指示もあり、民間人への被害も最小限で済むはずだ。


 もう間もなく、この無謀なクーデターも終わる……だが、ハルラの心は落ち着かなかった。このままで済むはずがないと、嫌な予感が背筋をなぞる。




「……呆気なさ過ぎる。あの男……ボーガロウが、このままで済むはずないのに」




 その瞬間、二人の耳にカンッ、と金属同士がぶつかるような音がした。

 嫌な思い出しかない、聞きなれたその音にハルラは身体を強張らせ、ゼオは音のした方へと顔を向ける。


 【暁斬】の機体の上、二人から数メートル離れた位置に男が立っていた。

 苛立ちを隠そうともせず、何度も手にした杖の先端を【暁斬】の装甲に打ち付けるその男はゼオが写真で見た通りの顔つきをしていた。




 禿げ上がった頭に、老獪ろうかいさを感じさせる深い皺ばかり刻まれたその男、ラーバ・ボーガロウ。

 この事件の黒幕と呼べる男が、そこに居た。




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