第84話 月と星空の下で⑨
ハルラの駆る【
遠距離から放たれる正体不明の攻撃。
立体的かつ予測できない機動力。
そして、的確なタイミングで訪れる機体の不調。
これらによって追い詰められたゼオと【ヴァングレイル】に、ヒューグは状況を打破する為の提案、その内容を告げた。
「……なるほど」
話を聞き、ゼオは静かに頷く。これなら、崇高な理想と過酷な現実に縛られた
「やれるか?ゼオ」
だが結局、どんな策であれ実行するのはゼオだ。彼女を救うのは自分だと、ゼオ自身が誓ったのだから。
確認の言葉を投げかけたヒューグにゼオは力強く応える。
「はい、もちろん……!」
その言葉に、【ヴァングレイル】もまた応える。
機体が腰を落とし、静かに剣を構え直した。
(……何か、仕掛けて来る)
【ヴァングレイル】の動きは、相対するハルラの目にも映っていた。構えを取り、握った剣が光を放っている。暗い地下室の中に陽が差したように、【ヴァングレイル】の白亜の装甲が輝く。
機体の動力源である
(魔法を、使うつもりですか。この地下には、盾になる柱もあるのに)
ハルラは冷静に状況を分析する。
優れた魔法剣士であるゼオの【ヴァングレイル】が放つ風の魔法は、装甲の薄い【暁斬】が喰らえばひとたまりもないだろう。
だが、【暁斬】の機動力があれば効果範囲外に逃げるのは容易い。加えて、この地下空間には地上を支えるための柱が何本もある。それを盾にすれば難なくやり過ごせる。
(追い詰められて
未だ捨てきれていないゼオへの期待を胸にしつつ、ゼオが魔法を発動するのを待った。
彼が最も得意とする、風属性の魔法を────。
だが。
「
【ヴァングレイル】が剣を振り抜き、それに宿る輝きが刃となって放たれた。
(光属性……!?)
それは、ハルラが予測していた風属性の魔法ではなく、光属性の魔法であった。
彼が光属性の魔法を使えることは調査済みだが、この場で最も得意とする風属性ではなく光属性を使う、その意味については理解が追い付かなかった。
頭に浮かんだ疑問符を全て無視し、ハルラは準備していた通りに機体を動かす。
周囲に無数にある、
直後、鋭い音が響き【暁斬】が盾としていた柱が大きく揺れ崩れ去った。
風のない地下空間に砂煙が舞い上がる。
(風属性の魔法なら、柱を数本まとめてへし折れたはずなのに……
なぜわざわざ光属性を……?)
脳裏に浮かんだハルラの疑問は再び剣を構えた【ヴァングレイル】によって中断された。
剣が光を放ち、それを刃として放つ。先ほどと変わらない、光属性の魔法。彼女はそれを柱を盾に凌ぐ。威力も遜色なく、柱一つを崩すだけにとどまった。
舞い上がる砂煙だけが、その量を増していく。
(一体何を……こんな、無駄なことばかり……
どうしちゃったんですか、ゼオさん……!?)
意図の読めない無駄な攻撃ばかり繰り返すゼオに、ハルラは困惑していた。こんな埃ばかり巻き上げるような攻撃を繰り返して、何を企んでいるのか。
(ゼオさん……)
買い被っていたのだろうか。彼自身がそう言っていた通りに。
【暁斬】の持つ秘密に気づくことがないまま、勝機を無くした現実を認められず闇雲に攻撃を繰り返しているだけなのだろうか。
(そんな、そんなはずは……)
本人に否定されようと、それでもゼオは彼女の憧れである理想の騎士であった。
だが彼自身が言っていた通り、彼は理想の騎士ではなかったのかもしれない。今、窮地に追い詰められその軟弱な本性が露わになったのだろうか。
(嘘、ですよね……ゼオさんっっ!)
【ヴァングレイル】は再び、光の刃を放とうとしている。
これ以上、彼女は無駄な回避をするつもりはなかった。
憧れを断ち切るつもりで、わずかな希望に賭けるつもりで。
砂煙の舞う中、構えをとる【ヴァングレイル】へ向けて、今まで何度も繰り出したあの正体不明の攻撃を放った。
今まで幾度となく放たれたそれは、ゼオが一度も避けることの出来なかった、不可視にして必中の攻撃。
それが空を割き、【ヴァングレイル】目掛け迫る────。
ギィィィン、と甲高い音が響いた。
真っ二つに切断されていた。
ゼオの【ヴァングレイル】、その斜め後方に位置する柱が。
今までの戦いで傷だらけの【ヴァングレイル】だが、新たな傷は負ってはいない。
(防御した……!?まさか、そんな……!)
期待と興奮を胸に、ハルラは再度攻撃を繰り出す。
が、空を裂き迫るそれを【ヴァングレイル】は的確な防御で弾く。今までのように防御し切れず損傷を負うようなこともない。
「よしっ……!」
コックピットの中でゼオは喜びの声を上げる。今まで捉えられなかった【暁斬】の攻撃、それをしっかりと捉えることが出来ている。
そして、その正体も。
「やっと見切れたか。しかし、こんな武器を使っていたとはな……」
コックピットのモニターを睨みながらヒューグは呟く。モニターに映る地下空間には、今まで見えなかったいくつもの"線"がハイライトされ表示されていた。
"線"は蜘蛛が巣を張ったように無数に地下空間中に張り巡らされていた。
この線……
攻撃時には鞭のように振り、敵にぶつかった瞬間に巻き取ることで糸ノコの要領で装甲を切断している。巻き取るタイミングをずらすことで、細かい傷を負わせるような攻撃を可能としているのだろう。
逆に、巻き取らなければ切断能力はない。柱の間に張れば足場として利用することも出来る。
柱の間に張った糸を相手の機体の脚部と絡ませれば、突然動きを鈍らせることが出来るはずだ。
「砂煙ばかり上げていたのは張り巡らされた糸の配置と攻撃の軌道を見抜くため……。
光属性の魔法を使ったのは、風で砂煙を吹き飛ばさないようにするのと、光の反射で位置を特定できるから、ですね」
「まあな。察しが早いじゃねえか」
ゼオの言葉にヒューグは頷く。
「何言ってるんですか、ヒューグさんこそ」
ヒューグが助言してくれなければ、ゼオは残る魔力を注ぎ込んで魔法を使うくらいしか手段がなかった。
この短時間で相手の攻撃を見抜き、確証を得るための手段まで思いつくとは。ヒューグと自身の中にある経験、その差を痛感する。
「とにかく、もうこんな罠だらけの場所に居てやる義理はねぇなあ……!」
その言葉に頷くと、ゼオは頭上に向け魔法を放った。光の刃が天井を砕き、星が瞬く星空を覗かせる。
人の目の届かない地下から地上へと【ヴァングレイル】は飛び出した。
ぽっかり空いた天井の穴から刺す月明かりを前に、【暁斬】のコックピットでハルラは一人身体を震わせた。
(ああ、すごい……!
すごい、すごいすごいすごい、すごすぎっっ……!)
(私の、暁斬の攻撃を見切るなんて……やっぱり、ゼオさんは……!)
目を見開き喜ぶ彼女の目尻には涙が浮かんでいた。
(あなたなら、任せられる……ううん、あなたでないと、私の理想は……この国は……!)
涙の浮かぶ眼に、絶望を内に包んだ希望を宿しながら。
彼女もゼオを追い地上へと飛び出した。
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