第79話 月と星空の下で④
「私の頼みはね、ゼオ……ハルラを助けてあげて欲しいの」
ハルラがボーガロウと約束を交わしたのと同時刻。
レヴンの屋敷の応接室にて、ゼオは王女であるシャルティナから彼女の言う頼み事についてその内容を聞いていた。
「ハルラ、さんを……助ける?」
記憶喪失であり、
このところ彼女の様子がおかしいとは思っていたが、助けると言われても何のことか分からなかった。
「それについて説明する前に、私はあなたに謝らないといけないことがあるの」
ふう、と息を吐いてから、真剣な表情でシャルティナは続ける。
「ゼオ……あなたがレヴンとの決闘に勝った後も、私はあなたのことを諦めきれなかった。優秀な生徒が三大国家のどこにも属してない、フリーな状態なんだもの。放っておけるわけないわ」
「だから、私は腹心の部下に……国から追放されたと偽って、あなたに接近するよう命じた」
「まさか……その部下ってのが、ハルラちゃんってワケか?」
ファンガルがそう尋ねると、シャルティナも静かに頷き、認めた。
「そう。ハルラは友人の振りをして、ずっとあなたたちを騙してた……」
「けど責任は命令した私にあるわ……身勝手なことを言うけど、彼女を恨まないであげて」
そう言いながら、シャルティナはすっと頭を下げた。
「……えっ、と」
彼女の告白を、ゼオは受け止められなかった。いきなり友人が自分を騙していたと知らされて、そう簡単に飲み込めるわけがない。
友情の裏にあった思惑を知ったことで、今までの楽しい日々の記憶が虚しい幻想のようにすら思えてくる。
彼女を象徴するような、人懐っこく明るい笑顔も嘘と偽りに彩られたものではないか。
そんなこと誰だって考えたくない。だが、一度疑問を抱いたものを止めることは出来なかった。
「ハルラさんが……僕を……」
「……ゼオ。私が言えたことじゃないが、一度彼女と話をするべきじゃないか?」
戸惑い困惑するゼオに声をかけたのは、レヴンだった。
彼もまた本心を隠しゼオに接近し、利用しようとした一人である。
「それ、オレも同感だ!
ハルラちゃんにウソつかれてたのは残念だけどさァ……ゼオもさ、一緒に居て楽しかったのはマジだろ?オレは楽しくて仕方なかったぜ!」
ファンガルもゼオを励ますように大声を張り続ける。
騙されていた被害者にしては能天気な発言だが、的を得ていた。
騙されていたことにショックを受けるのは、それだけ今までの日々が楽しかった証拠だ。
落ち込むのは、彼女と話をしてからでも遅くはない。
友人たちの助言もあり、胸中にあった迷いはなくなった。
(……ハルラさんと、話がしたい)
顔を上げ、まっすぐシャルティナを見つめた。
「シャルティナ様、彼女は今どこに?」
ゼオの真剣な表情にシャルティナは満足したように笑みを浮かべ目を閉じ、一拍置いてからまたはあ、とため息を吐いた。
「私はアンタたちと一緒だと思ってたんだけどね。連絡しても応答がないのよ」
「……ただ、目星は付くわ。ボーガロウの所よ」
ラーバ・ボーガロウ。
「ボーガロウってのはさっき話にあったハゲジジイだろ!?
それがハルラちゃんと何の関係があるンだ!?」
「関係も何も、大ありよ。ハルラは、元々ボーガロウのところに居たの」
「三年前にレジェールが見出して、私が部下に迎えたんだけど……あの執念深い男のことだから、昔の部下である彼女から情報を聞き出そうとしているはず」
「でも、勘違いしないで。ハルラだってボーガロウに協力したくてやってるんじゃないわ」
「あなた達を騙していたことに罪悪感を抱いていたし、私の命令を抜きしてもあなた達の友人で居たいと、きっとそう思ってる」
「じゃあ、辞めちまえばいいだろっ!?
やりたくねェ任務なんざ、やらなきゃいいじゃねェか!!」
ファンガルが遠慮も配慮もなく、思ったままの心境を言葉にして吐き出す。
ゼオも同感だった。
だが同時にそれは出来ないことも理解している。レヴンもレジェールもラーボルトも、騎士として誰かに仕えたことのある人間なら誰しも同じように考えるだろう。
「騎士として忠誠を誓っておきながら、そんなワガママが通る訳ないでしょ……」
シャルティナも呆れたように呟く。
「特に、あの子にとって命令は絶対なの。
孤児院からボーガロウに引き取られた後、徹底的に叩き込まれたんでしょうね……死んでも忠義を果たせ、そうでなければ生きる価値はないという、奴にとっての理想の騎士道を……」
そう話すシャルティナの言葉が、ゼオの心にすっと沁み込んでいく。
なんとなく、ゼオは彼女の言葉の意味────ゼオに、ハルラを助けるよう頼んだその意味を理解しつつあった。
それをシャルティナも察したのだろう。ゼオの顔を見てふっと笑いながら、彼女は続ける。
「あの子、言ってたでしょう?アンタに憧れてるって……」
「当然よね。記憶を失っても、主の存在が定かでなかろうと、忠義を尽くし続けてるアンタは、ハルラが叩き込まれた理想の騎士そのものだもの」
彼女は度々、ゼオのことを"憧れ"だと語っていた。
その言葉に込められた意味と重さを知り、ゼオは息を呑む。
と、同時に、ある結論に至った。
「シャルティナ様が僕に……ハルラさんのことを助けてと頼むのは」
────彼女にとって憧れの、理想の騎士であるゼオでなければ。
彼女の内にある騎士道を否定し、彼女を救うことは出来ないから。
その結論に至ったゼオの表情は戦いに臨むかのように真剣だった。
それを見て、シャルティナは思わずぷっと吹き出す。
「なーに真剣な顔してんのよ。
別に、私はボーガロウのクソ野郎をぶっ飛ばせなんて頼むつもりはないわよ?」
「私はただ……」
「無事学園に戻ったら、もう一度ハルラと友達になってあげてって……そう言いたかっただけよ」
そんなシャルティナの願いは、王城の地下の暗い空間にて打ち砕かれた。
ボーガロウがハルラを利用するにしても、情報を聞き出すだけ。
今夜の舞踏会では何も起こらない。
現実は彼女の予想をあっさりと裏切る。
ハルラは既に、ボーガロウの刺客としてゼオを襲撃していた。そして今、国を守るために本気でゼオと戦おうとしている。
「さあ、ゼオさん……」
真の姿を露わにした彼女の
ボーガロウと交わした約束の為に、彼には戦ってもらわなければならない。
今まで友人として接してきたのに、襲撃者だと明かし戦うよう迫るなど無理があっただろうか。
そんな考えがハルラの脳裏によぎる。
だが。
(でも……ゼオさんなら……!)
ゼオは何も言わなかった。
彼女の期待に応えるように、首に下げたネックレスを手に取り、
「ッ……オイ、オイオイオイ!!ゼオっ!
お前本気で、あの子と戦うつもりか!?」
リュックの中からヒューグが叫ぶ。
こんな事態になったのも驚きだが、それ以上にゼオが戦意を示したことに驚いていた。友人と戦うことに、まるで抵抗がないようにさえ見えた。
「シャルティナ様に頼まれたじゃないですか。ハルラさんを助けてくれって」
ゼオは冷静に、さも当然のようにそう答える。
「っ、分かってんのか?友達と戦うんだぞ!?
怪我じゃすまないことになるかもしれないって、お前分かって言ってんのか!?」
「分かってますよ」
「ならせめて、オレに代われ!お前が戦うことない!」
不気味なほど冷静なゼオに対し、当事者ではないヒューグばかりが言葉を荒げていた。
「それじゃ駄目なんです。ハルラさんを助けるためには、僕が戦わないと」
ゼオを思いやってのヒューグの提案も、ゼオは冷静に跳ねのける。
本当に、本気で、
「お前……」
ゼオの目には揺るぎない覚悟が宿っていた。
ヒューグが三百年の時を超えて蘇り、ゼオと初めて会い、共に
彼の主であるリリオンが敬意を抱くと同時に、これ以上なく恐れている───自己犠牲を厭わない、強い覚悟が。
「騎士の象徴だとか言われて期待されて、気が重いんじゃなかったのか……?」
身に余る期待を寄せられて沈み込んでいた時のゼオを思い浮かべ、ぼやくようにヒューグは呟いた。
それを聞いて、ゼオはふっと笑う。
「今でも嫌ですし……僕は騎士の象徴なんて、そんな器じゃないと思ってますよ。
でも……」
「これは僕がやらないと。嫌だとか、他に適任がいるからとか……そんなの逃げていい理由にはならないんです」
そう言いきると、ゼオは契霊杖たる剣を掲げた。
ゼオの頭上の空間が引き裂かれる。
魔力の満ちた剣が光の粒となって形を失い、巨大な剣の輪郭を形作る。
引き裂かれた空間から伸びた腕が巨大化した剣を掴み、騎士の姿をした巨人が現れた。
ゼオの
かつての友人であり、今は敵であるハルラ。
彼女を倒し、そして救うため────彼女が望んだその通りに、この場へと現れた。
(ああっ、ゼオさん……!やっぱり、あなたは────……!)
一切の躊躇なく、要求通りに
例え友人であろうと容赦しない、冷徹と言えるほど命令に忠実なその姿は、ハルラの理想の騎士の姿そのものだった。
両者の
約束がある以上、この戦いでは手加減など抜きに、本気で戦わねばならない。
(でも、ゼオさんなら私なんかに負けたりしませんよね……)
(こんな……こんな、嘘を吐いてばかりの、私なんかに……っっ)
惨めな自分への怒りを抑え込み、ハルラは【
ゼオも【ヴァングレイル】に乗り込む。
「ヒューグさん」
【ヴァングレイル】のコックピットでゼオは静かに呟いた。
「分かってるよ。戦うのはお前に任せる……
けどな、あの子を助けたいのはオレも一緒だ」
ゼオの意を汲み取り、ヒューグも応えた。
「一緒にハルラちゃんのこと、助けようぜ」
「……はいっっ!」
ハルラは知らない。
ゼオが戦う理由は、命令ではない。
ましてや、裏切りに対しての怒りでもない。
大切な友人である、ハルラを救うためのものだということを。
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