第47話 「よく頑張りました」
学園都市の裏路地に位置する 『Café de la Paix』。
そのドアが開き、二人の男女が入ってきた。
「……お帰りなさい。二人とも、お疲れさまでした」
店の中でリリオンは二人を出迎える。まだ少し顔色は悪いが、だいぶ回復はできたようだ。
「あなたもね、リリオン」
「最初はどうなることかと思ったが……まあ、何とかなって助かったな」
ヴァーミリア、そしてゼオの身体に憑依したヒューグもそう返す。
この場に居る三人とも消耗は激しい。
勝ちはしたものの、三人の内誰かが欠けていれば負けていたであろう戦いだった。
手段さえ問わなければそれでも勝てただろう。だが、その場合は街に更に多くの被害が出ていたはずだ。
「通信を傍受していますが、怪我人こそ多数居るものの幸いなことに死者はいないようです。
セナリス様の迅速な采配が功を奏しましたね」
「そう、よかった……」
ヴァーミリアは安堵しほっと胸を撫でおろした。
街への被害を抑えるような戦い方をしたとはいえそれでも全く被害が出なかったわけではない。
更には魔龍の襲撃もあったのだ。多少の死者が出るのは覚悟していた。
しかしこうして死者が出なかった以上、やはり堂々と姿を見せて戦ったことは正解だったのだろう。
「そういえば、お客さんは?私が交代した時には何人か居たはずだけど」
「安全が確認されたことで、皆帰られました。代金も受け取ってあります」
リリオンはそう言いながら、カップを二つ並べコーヒーを注ぎすっと差し出した。
「リリオン……このコーヒー、あなたが淹れてくれたの?」
「……手持無沙汰でしたので。
あなたの淹れる様子を見よう見まねで真似ただけですが」
声を上ずらせながら話すヴァーミリアに対し、リリオンは落ち着かない様子で答えた。
「それでも嬉しいわ。ありがとう、リリオン」
「ありがとうな、姫さん」
「……」
二人が礼を言うと、リリオンは微かに頬を赤くし目を閉じた。照れ臭いのを隠しているのが、短い付き合いのヒューグにも分かった。
「……申し訳ありませんが、私は休ませていただきます。
その前に、ヒューグさん」
やや早口なリリオンにそう言われ、ヒューグははいはいとゼオへの憑依を解きぬいぐるみに戻った。
ゼオはすうすうと穏やかに眠っている。リリオンはゼオに近づきそっと抱き上げると、そのまま店の奥にある階段を登っていった。
「……」
その様子を、何とも言えない表情でヒューグは見つめていた。
そんなに大事なら正体を明かせばいいのに、とか。
まさか、万が一にもないとは思うが……妙なことはしないだろうな、とか。
……仮に万が一のことがあってもヒューグに止める権利も、そうするつもりもないのだが。
「リリオンはゼオのことも褒めてあげたいだけですよ。
あの子もセナリス様の身をちゃんと守ったんだもの」
「……そうだな」
確かに、自分たちもそうだがゼオも頑張っていたことは間違いない。
自らの周囲で起きた大事件について何も知らず、知らず知らずのうちに守られていた立場ではあるが、それでも彼がやれることを最大限やったのだ。
三大国家の王女と友好関係を築くというリリオンの目標についても大きく前進しただろう。
(たくさん褒めてもらえよ、ゼオ)
ヒューグを褒めてくれる主はもういない。
ゼオが羨ましくないわけではないが、今は彼の幸せを祈るだけだった。
「……さ、小腹が空きましたね。何か作りましょうか?」
その言葉にお、とヒューグはぬいぐるみの身を乗り出した。
腹の減らない幽霊の身ではあるが、ゼオの食べる様子を見て羨ましいと感じていたところだ。
「じゃあアップルパイ焼いてくれっ!好きなんだ、頼む!」
「ふふ、はいはい」
今の彼にはそれで十分だった。
*****
カフェの二階にある自室。
ベッドとテーブル、僅かな荷物以外はカーペットも敷かれていない殺風景な部屋のベッドに、リリオンはゼオをそっと寝かせた。
彼の眠りは深い。
「……」
やや端に寄せたゼオの隣に、寄り添うようにリリオンも横になる。
一人用のそう大きくないベッドだ。二人で寝るには狭い。
そう言い訳しながら身を寄せ、彼の腕をぎゅっと抱きしめる。
ゼオの腕は細いながらに筋肉がつき、ごつごつとした感触をしていた。
この十数年、自分の力になると誓い鍛え続けてくれた努力の結晶のようなその感触が、彼女にはたまらなく愛おしかった。
「ゼオ」
名前を呼び、腕を抱く力をほんの少し強めた。
こうして彼とじっくり触れ合うこと自体、最近は叶わない。何が嫌なのかゼオはすぐに逃げ出してしまう。
ゼオの寝息が変わらないことを確認すると、そっと自らの手をゼオの手と重ね優しく握りしめた。
深呼吸し、耳を澄ますとゼオの鼓動が伝わって来る。
赤ん坊の頃と変わらない、とくんとくんという小さな脈動。
それに耳を傾けると、どっと疲れが襲ってきた。
とっくに魔力が枯渇し限界ぎりぎりにあった身体を気力でもたせていた。
だがこうしてゼオに触れたことで、ぷつんと緊張の糸が切れてしまった。
こんなに疲れたのは彼女としても初めてのことだった。
だが、決して悪い気分ではなく、むしろ心地いい感覚だった。ゼオを近くに感じ、その寝顔を眺めながら眠りに就くことが出来る。
それだけではない。
彼の日常を守ることが出来た。
彼の生きる場が踏みにじられるのを防ぐことが出来た。
そして、この子の主として恥ずかしくない自分で居られた。
今はそれが嬉しくてたまらなかった。
今までにないほど、こんな自分を好きになれた。
「ゼオ……」
続きの言葉を言う前に、リリオンの意識は投げ出された。
静かな寝室に、二人の立てる寝息だけが重なって聞こえ続けた。
第二章『三王女』 完───。
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