第46話 『極焔』
「……?」
【ヘキサリオ】のコクピットでセナリスは違和感を覚えた。
首に鎖を巻き付けられ、全てに絶望した奴隷のように
とっくに魔力が尽きたことは分かっている。もはや些細な抵抗すらできないはずだ。
だが、気のせいと断じることは出来なかった。微かな違和感は次第に大きくなり、傍観はマズいと警鐘を鳴らしていた。
「っ……!」
鎖を引き、
ぐらり、と引っ張られた勢いのまま機体が前に倒れる。
だが、倒れる直前で足が動き踏み留まった。そのまま両脚で倒れまいと踏ん張り再び【ヘキサリオ】に対抗しようとしている。
間違いない。魔力を得て、復活している。
「ふふっ、ははははっ!いいわね、何度驚かせてくれるのっ!?」
興奮の赴くままに、セナリスは叫ぶ。例の機体が空になったはずの魔力を一体どこから調達したのか、まったく想像がつかない。
いずれにせよ、鎖を首に巻き付け動きを封じている以上、今はセナリスの【ヘキサリオ】が圧倒的に優位だ。
自分の優性を疑わないセナリスは構わず機体の
だが、彼女は再び驚かされることになる。
「
例の
関節や装甲の隙間、機体の内側から真っ赤な炎が噴き出した直後、機体全体が燃え盛る炎に覆われた。
火柱が立ち上り、周囲の建物の数倍の高さ、遥か上空まで昇っている。
まさか自爆する気か?セナリスの脳裏をそんな考えがよぎった。
その間も炎は収まることなく勢いを増していく。
炎の奥で、機体の姿が揺らめく。
輪郭が溶けるようにぼやけ曖昧になりつつも、睨みつけるような鋭い眼だけが炎の中でもしっかりと残っていた。
「……何を」
困惑する声を漏らした直後、右手に違和感が走った。黒い影という姿でしか捉えられなくなった
「……っ!?」
信じられないものを見た。
鎖が高温に耐えきれず融解していた。
破壊不能の
この複製した鎖は火竜の
だが事実、真っ赤に染まりドロドロに形を失った鎖はそのまま蒸発し跡形もなく消えた。
首に巻き付いたままの残った鎖も、炎の揺らめきの中に消えていく。
そして、炎が晴れた。
後に残っていたのは、例の機体とはまったく別の外見をした
全身の装甲は鮮やかな
力強さを象徴するかの如く太くマッシブだったシルエットは細く滑らかな曲線を描くものへと変わった。すらりと細長く伸びた足、更に腰にはくびれがあり女性的な印象さえ与えてくる。
唯一共通点があるとすれば、全身に施されたディテールくらいのものだ。
得物は二振りの剣のうち一つを腰の鞘に残し、代わりに巨大な
前の機体が悪魔なら、今の姿はさながら女騎士か。
「……これは」
変身を遂げた機体……いや、姿を変えたヴァルガテールのコクピットでヒューグは呆然としていた。
機体の変化はコックピットからでも見て取れた。機体が凄まじいエネルギーに包まれ、変化していくのを間近で感じていた。
「換装完了……
これが、私の力で変化したヴァルガテールの新しい姿『極焔』」
「……これが、幻魔候の力か」
なんとなくの理屈ならヒューグにも分かる。
魔法の神髄である、支配し意のままに操る力。
彼女は機体の装甲や材質を支配することで、自らの意のままに変化させたのだ。
似たような例は一度目にしている。【ヴァルガテール】が初めて戦った相手、バレオスという魔物は【ヴァンドノート】の頭部や右腕を変形させていた。
ただの魔物でこれなのだ。凄まじい力を持つ幻魔候であれば、機体全体を変化させることすら容易いのだろう。
間近で変化のエネルギーを体感したからこそ納得も出来る。
「もちろん、こんなことは並みの機体にはできませんよ。
魔界で造られたヴァルガテールの、正真正銘のとっておきですから」
そう話しながら、ヴァーミリアは正面の【ヘキサリオ】を睨みつけた。
「注意してくださいね。私はリリオンみたいに、加減は効きませんから……!」
背後から炎を吹き出し、新たな姿となった【ヴァルガテール】が飛翔する。
翼を用いた繊細な動きではない、炎の放射による単純だが、それ故の圧倒的な推進力。ヴァーミリアの言葉の意味をヒューグは初めて理解した。
右手の構えた
上空へ飛び上がり、ジグザグに軌道を変えながら【ヴァルガテール/極焔】は
【ヘキサリオ】へ突進する。
「ッ……!」
転移魔法陣で死角からアンカーを発射したが、速度を上げた【ヴァルガテール】を捉えることが出来ない。
転移を完全に読まれ紙一重で躱され続けていた。
「ならば……ッ!
背面から無数の鎖を発射する。
一度は包囲、捕縛に使った技だが今度は全て機体の前方に出現させ、盾に使う。鎖が何重にも張り巡らされ、壁となって【ヴァルガテール】を阻んだ。
それでも、ヒューグは速度を落とさない。炎を纏い真っ赤な流星となった【ヴァルガテール】を突撃させる。
複製品の鎖が弾け、散る。
鎖が何本も断ち切られたが、鎖自体が僅かながら緩衝材となったことで、
【ヘキサリオ】は
無防備になった【ヴァルガテール】へ向け、電撃を纏った手甲が迫る。
「
必殺の威力を秘めたはずの一撃は呆気なく空を切った。【ヴァルガテール】の姿は蜃気楼のように揺らめいてそのまま消えていく。
「幻影……!?」
レーダーで追い、本体の居場所を探す。
「危ないな、あのまま突っ込んでたらやられてたぞ」
「流石は王女様、侮れないわね。
私は剣を使った戦いは不得手ですから、あなたの勘が頼りです」
【ヘキサリオ】の後方上空に回り込み様子を伺っていたヒューグとヴァーミリアに危機を告げる
地上の【グリンデン】が【ヴァルガテール】に
「代わりに、ああいうことは任せてくださいね」
迫る炎に【ヴァルガテール】が掌を向ける。
「───属性掌握・火」
【ヴァルガテール】を飲み込まんとした炎はふっと痕跡もなく消えてしまった。
正確に言えばヴァーミリアにより支配、掌握されただの魔力へと還元された。
遥か格上が得意とする属性の魔法で攻撃しても逆効果。
騎士なら誰もが知ることだ。
だが、まさかここまでとは。想像を遥かに超えて来た相手にセナリスは苛立つと共にますます興奮していた。
「あなたたちは下がってなさい!
今度こそ、決める……ッ!」
闘志を露わに、セナリスは目を見開く。鎖もほとんどが断ち切られ、残りは
だがそれでも、彼女の闘志は戦いを放棄しようとはしない。
【ヴァルガテール】も
【ヘキサリオ】と【ヴァルガテール】二つの機神が互いに動き出し、そして───。
「───もらったァッ!!」
遠く離れた地点からこの一件黒幕である【
「居た!」
「おおおおおッッ!!」
それをヒューグとヴァーミリアは見逃さなかった。
突撃をかけていた機体を方向転換し、真っすぐ黒幕である【
「逃がすかァッ!!」
ヒューグは速度を更に上げていく。
ヴァーミリアと【ヴァルガテール】もそれに応える。
レーダーによる反応でしか捉えられなかったその姿が徐々に大きくなっていく。白い装甲の鎧武者のようなその機体を、ヴァーミリアは鋭く睨みつけた。
「
私の炎の前では蒸発するだけ」
【ヴァルガテール/極焔】は真っ赤な流星となり野を越え空を裂き、【
その引き絞っていた弓が【ヴァルガテール】へ向けて放たれた。
だが、それは直撃すらせず熱気だけで蒸発し、消えてしまった。
そして。
「ブレイクダーク・ブレイザーーーッ!!!」
闇切り裂く流星のように【ヴァルガテール】が
衝突の衝撃と熱量で爆発が起こり、山肌が抉れ吹き飛んだ。周囲の木々にも火が付き、燃え広がる前に尽く炭化し崩れ去った。
圧倒的な破壊力だった。
威力だけで言えば、【ヴァルガテール】の今までのどの技をも上回るだろう。
勿論、その分消耗も大きい。巻き上がった土砂によって煙が立ち込める中、ヒューグはゆっくりと膝を付いていた機体を立ち上がらせた。
───その瞬間、背後から【
無傷ではない。弓を握っていた左手は吹き飛び、全身の装甲が熱に歪み土砂に汚れている。
だが機体は難なく動き、振り上げた右手には本来の得物である
無防備な背中目掛け、刀が迫る───直前で、ヒューグは腰の鞘から剣を引き抜き、振り下ろされた刀を弾いた。
「!」
体制の崩れた【
が、胴を狙った剣は残る右腕の前腕を切り飛ばしたに過ぎなかった。
「チィ……ッ、やるな」
【
両腕を失った以上、ここは退くしかない。
「また会おうぜ、怪物さんよ」
離脱用の魔法陣を起動しその場を去る相手をヒューグは追わなかった。
ヒューグたちの方もギリギリだった。初めての実戦ということもあるが、少々無理をし過ぎたようだ。
ヴァーミリアの消耗振りがそれを物語っている。
「はあ、はあ……ふう」
「おい、大丈夫か?ヴァーミリアさんよ」
ヒューグがそう聞くと、彼女は呼吸を落ち着けはい、と答えた。
そして。
「私達、やったわよ。リリオン。ちゃんと街を守れたもの」
『……ええ。大勝利と言って、差支えないでしょう』
通信からリリオンの声が聞こえた。その報告に、ヒューグもふーっと息を吐いた。
そして後方のシートに座る、かつて自分を殺した相手と───コツン、と拳を合わせた。
残されたセナリスは【ヘキサリオ】のレーダーで二つの反応を追っていた。
一つは氷の矢による狙撃を仕掛けてきた機体。
もう一つは常識を超える性能を幾度となく見せたあの
一つ目の反応は消え、そして二つ目も……一つ目が消えた地点のすぐ近くで消息を絶った。
───逃げられた。
「はあ……」
思わず落胆の声が漏れた。出来ることならこの手で仕留めたかったのに、何一つ情報を得られず逃げられてしまった。
狙撃を仕掛けてきた機体のほうもそうだ。
「……完敗ね」
そう口に出し、気持ちを切り替えようと頭を振った。まだやるべきことは残っている。
「ユーガリオ。
「三か国共同で負傷者の救護に当たるわ」
ハッ、とユーガリオの声が聞こえた。
通信を切り、浮遊していた【ヘキサリオ】を着地させる。
「……」
「絶対に、私のものにしてみせる」
ふっと静かになったコックピットの中で、一人と一機のことを浮かべながらセナリスはそう呟いた。
こうして、後に『学園都市襲撃事件』として語られる戦いは幕を閉じた───。
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