第45話 彼女たちに出来ること

 【ヘキサリオ】のコクピットから、セナリスは所属不明機アンノウンを見下ろす。


 突如学園都市に現れたこの機体は、獅子奮迅の活躍を見せた。


 祈機騎刃エッジオブエレメンタル【グリンデン】二機を寄せ付けず、セナリスの【ヘキサリオ】とも互角に戦った。




 だが、それもここまでだ。


 セナリスが見ても分かるほど、あの機体は消耗している。動きからは精細さが欠け、機体越しでも感じていた威圧感も薄れ、消えかかっていた。


 無理もない。

 王族専用機としてトップクラスの性能を持つ【ヘキサリオ】ですら残存魔力は半分を切っているのだ。【グリンデン】二機との連戦をこなし、【ヘキサリオ】を放り投げるほとの出力を発揮すればどんな機体でもガス欠になる。精霊の力は膨大だが、無尽蔵というわけではない。


「ここまでね」


 よくやった、と賞賛の意味を込めセナリスは呟く。






「ここだな」


 遠く離れた山の中腹から学園都市の様子を伺っていた男は呟く。

 

 この戦いを仕掛けた張本人であり、二機の祈機騎刃エッジオブエレメンタルを戦わせた男は最初の一撃から身を潜めじっとその戦いを観察していた。


 魔神と竜王の戦い───祈機騎刃エッジオブエレメンタル同士の戦いでもここまで派手なものはそうそう見られはしない。

 見ごたえのあるものを見せてもらったこと。そして、自らの意図する通り互いに消耗してくれたことに感謝しつつ、男は再び動き出す。


「やるか、飛鶴ヒカク……!」


 その声に従い、男の乗る祈機騎刃エッジオブエレメンタル飛鶴ヒカクは魔法による迷彩効果のあるマントを振り払った。


 祈機騎刃エッジオブエレメンタルの通例とは外れた、白備えの鎧武者の如き外観を露わにすると、左手に握る弓に矢をつがえた。

 

 青く透き通った氷の結晶で作られたような弓は、それだけでただならぬ威圧感を放っている。


 弓を引き絞るたびに、その威圧感は増していき───放たれる瞬間、最高潮に達した。

 放たれた氷の矢が、凍てつく冷気を放ちながら学園都市へ向かう。





『セナリス様!遠方から狙撃が!』


 部下の報告が入るとほぼ同時に、セナリスは攻撃を察知していた。

 前回の不意打ちとは違う、正々堂々と正面からの攻撃。


 姑息な真似を捨てた、その意気や良し。

 こちらも正々堂々撃滅してくれる。


 セナリスが闘志を露わに、狙撃手のほうへ機体を向けた瞬間。




 彼女の背後で、突然爆発が起きた。

 

 祈機騎刃エッジオブエレメンタルに匹敵するほどの凄まじい魔力が放たれていた。

 だが、それも一カ所だけではない。学園都市を包囲するように八つの地点で魔力の爆発が起きていた。

 弾けた魔力は何かに引き寄せられ、龍のように上空へ昇っていく。


 こうして雲のように上空に滞留した魔力の塊に、飛鶴ヒカクの放った氷の矢が撃ち込まれる。

 矢の魔力と滞留した魔力が反応を起こす。


「これは……!?」

  

 さながら雷雲のように、青白い光が放たれていた。


 やがてそれが収まると、街一帯を覆いつくすほどの魔力の塊は、青白く淀んだ冷気に姿を変えていた。冷気は内に細かい氷塊を抱いており、その氷塊一つでさえ大きさは人ひとりを超える。

 冷気の帯は重力に引かれて自然と落下していく。その大きさゆえにゆっくりと緩慢な動きにしか見えない。


 だが、冷気が街に達すれば一瞬で街は呑まれ凍り付いてしまう。

 人も、建物も、全て。




 なんとかしなければ。




「プラズマ・ピュートーンッッ!!」


 【ヘキサリオ】が電撃の咆哮を放つ。

 ジグザグに稲妻を描きながら放たれたそれは冷気を構成するやや大き目な氷片を一つ二つ砕いて、消えてしまった。


「チィ……ッ!」


 武装を切り替える。本来重砲撃戦を想定して作られた【ヘキサリオ】にはより大きな破壊力を持つ魔導兵装もある。だが、そのことごとくが調整中ゆえに使用不能だった。


「ユーガリオ!ガゾート・カノンをありったけ撃ち込みなさい!」


 部下に命令するが、彼らは既に上空へ攻撃を始めていた。

 しかし【グリンデン】十機以上の魔導兵装ガゾート・カノンの連射すら有効打にはならない。 

 松明が何本あろうと、巨大な氷山を溶かすことはできない。


(どうすれば……)


 進退窮まり、思考が鈍化する。どんな窮地も乗り越えてきたセナリスにとって、初めての経験だった。




 そんな彼女の隣を、一陣の風が駆け抜けた。


 先ほどまで沈黙していた所属不明機アンノウンが翼を広げ飛翔していた。


 逃げる気か、と声をあげるより早くその機体は上昇し冷気の帯と距離を縮めていく。


 


「そのまま上昇を」


 【ヴァルガテール】の中でそう告げるリリオンの呼吸は未だ落ち着いてはいない。


「本当にいいんだな、姫さん!?」


 そう言いながらも、ヒューグは全速力で機体を上昇させていた。街へ仕掛けられた攻撃を阻止できるか、その瀬戸際だった。


「街中に仕掛けを施し、タイミングを見計らって大規模な攻撃を行う」

「これが、この戦いを仕掛けたものの奥の手でしょう……

 ならば、打ち砕かねばなりません」

「私のことは気にせずに。どうか全力を」


「……っ!」


 ヒューグは迷いを振り切った。


 邪念は魔法に悪影響を及ぼす。魔法を使うことで彼女の魔力が枯渇すれば、命が危うくなる事実は頭から追い出した。


「以前と同じ要領で頼みます。あなたの主を思う気持ちを、見せてください」


「応ッ!!」


 言われた通り、ヒューグは目を閉じ意識を集中させた。


 【ヴァルガテール】に最初に乗った時───砂漠で数百体の魔龍を一撃で葬り去ったあの時と状況は似ている。

 だが、今度は攻撃しなければならない範囲が桁違いだ。街一つ覆う冷気を吹き飛ばさなければならない。




 だが、自分ならやれる。姫様が守った平和を、守り抜かなければならない。

 その役目は、姫様の騎士である自分がやらなければ。

 自分にしかできないことだ。


 分厚い雲のように陽光を遮り影を落とす冷気の下で、【ヴァルガテール】の両手の剣が太陽の如く街を照らす。




「っ……所属不明機アンノウンに攻撃は当てるな!援護を!」


 その輝きを見てセナリスが叫ぶ。

 この瞬間だけは、あの機体を味方だと信じることが出来る。彼女はそう感じていた。




 そしてリリオンは、ヒューグの準備が整ったのを確認するとシートからゆっくりと立ち上がり機体の外に転移した。 

 横を向けば、ヒューグの乗る【ヴァルガテール】が並んでいる。


 その身体に宿る魔力は殆ど【ヘキサリオ】との戦いで使ってしまった。残る魔力も契霊杖ケイレイジョウの起動に使い、今となっては掌に集めるだけの分しかない。


 だが、不安や恐れはなかった。


 むしろ、こうして守るために戦える自分に誇らしささえ感じていた。


 全ては自分の全てを投げうつ覚悟で尽くしてくれる、大事な騎士のため。


(ゼオ……あなたをもう弱いとは思いません。

 ですが、せめてあなたの日常くらいは……私に守らせてください)


 【ヴァルガテール】が剣を振り上げた。冷気の中心部へ向け魔力を放とうとしている。

 リリオンも同じ方向へ向け、残った魔力を集めた手を突き出した。




龍壊轟起嵐リュウカイゴウキランッッッ!!!」


 二振りの剣が十字に空を裂き、魔力を迸らせる。凄まじい竜巻が何重にも生み出され、冷気を吹き飛ばさんとしている。

 それに続けて、リリオンも静かに呟いた。


「───テンペスト・エンド」


 掌の魔力が一瞬で雷を纏った巨大な嵐となった。嵐は風を巻き込みながら更に大きくなり、次なる嵐を呼ぶ。

 その威力は【ヴァルガテール】の放った魔法にも負けてはいない。




 竜巻と嵐は共に風を呼び、勢いを強めながら冷気の中心へ向かう。雷が氷塊を砕き、割り冷気そのものも吹き飛ばしていく。

 ものの数秒。曇天を撃ち抜いたかのように風は冷気の中心に風穴を開け、そのまま冷気の全てを空の彼方へと散らしてしまった。


 僅かに残った氷片が陽の光を受けきらきらと輝きながら散っていく。それを除けば後には先ほどまでの危機を少しも感じさせない、穏やかな青空だけが残った。






「……ふーっ」


 流石に肝が冷えた。ヒューグが一息ついた途端、背後に人の気配が戻ってきた。


「姫さんっ!?……っっ!」


 ガクン、と機体が力を失う。翼がその機能を失い、【ヴァルガテール】は垂直に落下した。


「ク、ソッ……!」


 残る1%にも満たない魔力を使い、バランスを整え地面に激突する寸前で翼により衝撃を打ち消す。

 二本の脚で着きはした。だがそれでもなお着陸とは言い難く、墜落と言ったほうが相応しい有様だった。


「姫さん、姫さんっっ!!」


 ヒューグはシートから立ち上がり、リリオンの方へ振り返った。


「はあ、はあっ……」


 彼女の顔は青白く、呼吸は浅い。見るからに弱っている。彼女の強さを知っているだけに、衰弱したその姿を見るだけで心が不安でいっぱいになっていく。

 もしくは、憑依したゼオの身体が反応しているのか。


「姫さん、もういいだろっ!後はセナリスに任せて、俺たちは逃げるぞっ!」


「……いえ」


 リリオンが掠れる声でそう呟いた途端、コックピットを衝撃が襲った。


 【ヴァルガテール】の首に、鎖が絡まっていた。鎖の主は言うまでもない、セナリスの【ヘキサリオ】だ。


「街を救ってくれたことには感謝してる。でも、それで帳消しにはならないわ」


「クソッ……!」


 【ヴァルガテール】の魔力はリリオン自身の分も含め空っぽになってしまった。もう戦うことは出来ない。


「なんとか、逃げる方法は……」


「……逃げる必要などありません」


 焦るヒューグに、リリオンは告げる。呼吸こそ荒いが、焦りを隠そうともしないヒューグと対照的に彼女は落ち着いていた。


「言ったでしょう。ここは勝つと」


「だから、どうやって……!」


 ヒューグが苛立ちに声を荒げた瞬間、目の前のリリオンの姿がふっと消えた。


 そして、その代わりに。


「お疲れ様、リリオン。選手交代よ」


 かつてヒューグ自身を死に追いやった炎を操る幻魔候───ヴァーミリアが座っていた。


「っ、アンタ……」


「ふふふ、どうしました?私だってリリオンと同じ幻魔候なんですよ?」


 確かに、リリオンと比べれば劣るとはいえ、彼女も人知を超えた魔物の最精鋭、幻魔候であることは確かだ。


 彼女の炎の威力なら、自分が身をもって経験している。


「さあ、席について。ヴァルガテールのを見せましょう」


 ヒューグをシートに座らせ、彼女はぐっとリリオンの握っていた操縦桿を握りしめた。

 魔力が吸い取られていく。生命力を直接注ぎ込んでいるようなものだが、覚悟は出来ていた。


「行くわよ、ヴァルガテール……皆を守るために!」


 



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