第44話 魔神VS.竜王

 学園都市の中心部の広間にて、二機の祈機騎刃エッジオブエレメンタルが相対する。

 竜の姿をした【ヘキサリオ】は堂々と宙に君臨し、もう一方【ヴァルガテール】は地上からそれを見上げる。



  

 本来はこの二機が戦う必要などない。

 だが、既に賽は投げられてしまっていた。


 もはや、どちらかが負ける以外に止めることは出来ないのだ。


 


「魔をほふれ、ヘキサリオッッ!!」


 セナリスの叫びと共に、【ヘキサリオ】が頭上で振り回していた鎖を地上の【ヴァルガテール】目掛け振るった。

 先端には先ほど回収した部下の契霊杖ケイレイジョウである手斧がくくられており、その様はさながら鎖分銅のようだ。


 精霊の加護により契霊杖ケイレイジョウは破壊不能の硬さを誇り、尚且つ振り回されたことで遠心力による加速も得ている。


 直撃すればまず戦闘不能。


 迫る手斧に対し、ヒューグは回避行動を取ろうとした。だが。


「迂闊に動くのは危険です」


 リリオンがそう呟き、【ヴァルガテール】の左腕の操作が彼女に移る。彼女は左手の剣に魔力を満たすと、それを勢いよく地面に突き刺した。


地皇硬壁ジオウコウヘキ


 魔力に反応し、大通りの石畳を押し上げ巨大な壁が現れ、迫る手斧と激突した。


 単なる土くれによるものではない、魔力により押し固められたそれは祈機騎刃エッジオブエレメンタルの攻撃であろうと破壊には時間がかかるであろう代物だ。

 手斧は壁に深くめり込み、そこらじゅうにヒビを走らせている。だが、一先ずは防御に成功した。


 

 

業焔凰火ゴウエンオウカ

 銀骸氷牙ギンガイヒョウガ

 剛砕印地ゴウサイインジ 

 龍壊起嵐リュウカイキラン


 間髪入れず、リリオンは再び魔力の満ちた剣を宙に留まる【ヘキサリオ】目掛け振るった。


 猛火の鳥、巨大な氷塊、無数の岩石、強烈な竜巻が一瞬で生じた。


 四属性の上級魔法を連続で放つ。少しでも魔法を扱ったことのあるものであれば、それだけで使い手が凄まじい力量を持つと察するだろう。


四属性適正クアトロ・マジック……!?つくづく、面白いわね!」


 セナリスは興奮を隠さずそう言い放つと、壁にめり込んだ手斧に絡ませていた鎖を解いた。

 そのまま鎖を巻き取り縮めながら、【ヘキサリオ】の前方で高速回転させた。迫る四属性の魔法のいずれも、鎖によってかき消され、弾かれる。


「おいおい、どうなってんだあの鎖は……!」


 有効打を与えられなかったことにヒューグが驚く。

 



 その直後、鎖が【ヴァルガテール】に向け放たれた。


 先端のアンカーが鋭く軌道を変えながら空を裂き迫る。とはいえ、その動きはヒューグが見切れないものではない。

 片方の剣で鎖を弾き、そのまま【ヘキサリオ】目掛け一気に接近し斬りかかるつもりだった。

 

 だが、その動きは読まれていた。


「何っ!?」


 ぶつかる直前で、アンカーは軌道を変え一瞬で蛇のように剣に巻き付いてきた。剣を奪われまいと握る手に力を込めた───だが、剣だけではなく【ヴァルガテール】の全身が凄まじい力で引っ張られた。


「っ、ぐぅっ……!」


 【ヘキサリオ】との遭遇時を思い出す。


 地面スレスレを掠めながら迫る【ヘキサリオ】とぶつかった直後、ヒューグと【ヴァルガテール】は空中に放り投げられていた。それが可能なだけの強烈な出力パワーを【ヘキサリオ】は秘めている。


 無防備だったあの時と違い、出力パワーを上げて【ヘキサリオ】に対抗する。モニターに表示された機体の内蔵魔力が目に見えて減っていく。だが、それでもなお力負けしていた。

 踏ん張った足ごと引きずられ、【ヘキサリオ】に引き寄せられる。

  

「クソッ、どんな馬鹿力してやがる!」


 悪態を付きながらヒューグは鎖の巻き付いていない右手の剣を振り上げ、そのまま両者を繋ぐ鎖を断ち切るべく振り下ろした。

 

 契霊杖ケイレイジョウによる攻撃なら鎖を断ち切れるはず。彼はそう予想した。


 だが。


「無駄よ」


 セナリスの言葉通り、振り下ろされた剣は鎖を断ち切ることが出来ずに、甲高い音を立てて弾かれた。

 鎖自体も無傷ではなく多少欠けが入ってはいる。だが、本来なら切断されているはずだ。

 先ほど魔法を防御したことといい、この硬度は異常だ。


「恐らくあの手甲と巻き付いた鎖が契霊杖ケイレイジョウなのでしょう」

「この鎖は、魔法により複製した物……劣化はあるもののかなりの強度を持つようです。破壊するのは難しいでしょう」


「厄介なことを……、っっ!?」


 リリオンがそう推測した直後、コクピットの中でバチバチと電流が迸った。

 【ヘキサリオ】が発した電撃が鎖を通じて【ヴァルガテール】へと流れ込んで来る。

 電撃は機体の内部を通り、操縦者の身体を容赦なく焼いていく。


「ぐうぅぅッ……!」


 ヒューグは電撃の痛みに耐えながら機体の出力パワーを保ち、拘束されていない剣を地面に突き立て尚も【ヘキサリオ】との力比べに対抗した。

 剣を手放せば電撃と拘束から逃れることは出来る。だがそれでは手斧のように振り回され攻撃に利用されるだけだ。


 そうしている間にも機体の内蔵魔力は減り続けていた。

 内蔵魔力が尽きればそこからはリリオンの魔力を使うことになる。それは最後の手段だ。出来ることなら避けたい。


 はっきり言って、ヒューグとリリオンは窮地に追い込まれていた。


「流石は王女の専用機。ここまで追いつめられるとは」


 コックピット内を走る電流をものともせず、リリオンは冷静に呟く。


「ヒューグさん、手加減して勝てる相手ではありません。私のことは気にせず、全力を」


 その言葉にヒューグは振り返る。


「っ、いいんだな。ブチかますぞ!?」


「ええ。この機体の全力を、世界に見せつけてやりましょう」


 リリオンの力強い言葉にヒューグはにい、と笑みを浮かべた。

 実際のところ、ヒューグはまだ【ヴァルガテール】の全力を把握できていない。前回はリリオンが全力を出す前に使う魔力を抑えていたからだ。


 だが彼女自身が全力を出せと言ったのだ。


 ならば、遠慮はいらない。


迅雷閃ジンライセン


 リリオンが呟くと鎖の巻き付いた剣から電撃が放たれた。【ヘキサリオ】から流れるものと電撃同士が相殺し、コクピット内の放電も止まった。

 これで、容赦なく全力を出すことに集中できる。


「さあ行くぜ、ヴァルガテールッ!!」


 ヒューグの叫びに応えるように、【ヴァルガテール】が動きを見せる。力負けし引きずられていた体勢を立て直し、出力パワーを上げ腰を深く落とし構え直す。

 すると、ずり、ずり、と【ヘキサリオ】に引き寄せられていたのが徐々に対抗できるようになった。


「うおおおォォォッッ!!」


 ヒューグは激しい叫びをあげ、更に機体の出力パワーを上げる。内蔵魔力はとっくに尽きていた。限界が近づいているのかフレームがきしむような音を立て、踏ん張りを効かせる足元は道路に沈み込んでいた。


 その甲斐あってか堂々と宙に在り、回避動作すら見せず君臨していた

【ヘキサリオ】が、ついにぐらっと体勢を崩した。


「っ、コイツ……!」


 まさか、【ヘキサリオ】が力負けするとは。驚くセナリスの乗る【ヘキサリオ】をその鎖ごと【ヴァルガテール】は力づくで放り投げた。

 巨体が空を舞い、鎖の拘束が緩む。【ヘキサリオ】はかつての【ヴァルガテール】のように無防備な姿を晒していた。


 倒すなら、今しかない。


「ストームバーン・ウィングッ!」


 ヒューグの叫びと共に背面に翼が現れ、放り投げられた【ヘキサリオ】目掛け飛び掛かる。

 相手は無防備、今なら仕留めることが出来る。


 確かな自信があった。




 だが。


「……っっ!?」


 空中で【ヴァルガテール】の動きが急停止した。一瞬遅れて状況を確認すると左脚に例の鎖が絡みついていた。

 鎖は【ヘキサリオ】から伸びているのではなく、空中に浮いた魔法陣より生じていた。


「魔法陣を経由した鎖の転移ワープも行えるとは……罠にはまってしまいましたね」


 リリオンが呟いた直後、体勢を立て直した【ヘキサリオ】の突進に【ヴァルガテール】は吹き飛ばされた。更に左脚に巻き付いた鎖を振り回され、空高く打ち上げられる。

 翼で姿勢を制御しようとするが、機体を立て直すことが出来ない。


「クソッ!」


「さあ、仕上げよ。電磁鎖嵐チェイン・ストームッッ!!」


 悪態を付くヒューグに対し、セナリスは叫びをあげる。


 【ヘキサリオ】の背面から無数の鎖付きアンカーが射出された。


 アンカーはそれぞれ魔法陣を通過し、吹き飛ばされた【ヴァルガテール】を何重にも包囲する。更に鎖から迸る電流が結界を形成し、【ヴァルガテール】の動きを止めていた。


「っ、これは、マズい……!!」


 完全に動きを止められていた。剣による防御も出来ない。


 そうしている間にも【ヘキサリオ】はトドメの一撃を放とうとしている。

 契霊杖ケイレイジョウである鋭い爪を備えた手甲を構え、そのまま全推力を注ぎ身動きの取れない【ヴァルガテール】目掛け突撃をかける。


 手甲からは絶え間なく電撃が走り、その威力を物語っていた。


 なんとかしなければ、負ける。


「っ……姫さんッッ!!」


 ヒューグの叫びに、リリオンは頷く。




屠龍雷滅ドラゴン・ブレイクッッッ!!!」


 セナリスが叫び、拘束された【ヴァルガテール】へと手甲を振るう。爪が装甲をえぐり、電撃が装甲の内を尽く焼き払うはず───だった。


「おおおぉぉっ!!」


 再び機体の出力パワーを全開にし、電撃による拘束から逃れた【ヴァルガテール】が、剣で迫る手甲を斬り払った。体勢を崩した【ヘキサリオ】を蹴り飛ばし、拘束から完全に離脱する。




 危機は脱することが出来た。だが、未だ窮地にあることは変わりない。


 最も深刻なのは。

 

「姫さん、姫さんっ!大丈夫か!?」


「……言ったでしょう。私なら、平気です」


 口調では平静さを保っているものの、彼女の息は荒く顔色は悪い。

 【ヴァルガテール】の全力を引き出すのに、リリオンの魔力をかなり消耗してしまっていた。これ以上は機体を動かすことさえままならなくなるほどに。


 最悪の場合、魔力枯渇により彼女の命が失われかねない。


「っ、一体、どうすれば……っ!」


 



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