第43話 君臨する竜王女
───
今から二百五十年ほど前、かの地は六体の悪竜に支配されていた。
魔軍が去り五十年が経ち、他の地域がようやく復興の成果を微かに感じつつある中、その国だけは未だ地獄に囚われていた。
神などいないことがとっくに証明された世界で、人々は祈りを捧げる相手すら見失っていた。
そんなある時、若き竜が立ち上がった。
人魔問わず弱きものを奮い立たせた彼は常にその先頭に立ち、遂に悪竜の全てを打ち滅ぼした。
彼は人と魔物の平等を
しかし、人の数倍を生きる竜も老いには勝てなかった。
彼は次第に
そのまま国が乱れ始めようと彼がかつての勇姿を見せることはなく、在りし日の雄々しき竜の姿は子供だましの昔話に語られるだけとなった。
そんな竜の血を引く王族の一人として、セナリス・レーヴェラルトは生まれた。
当時は王族を
だが、腹違いの兄姉を含め民衆の殆ども彼女を王族とは認めなかった。
竜の血を引く証である鱗も、翼も、牙も角も、彼女は何一つ有していなかったからだ。兄や姉は偉大な父の竜の威容を受け継ぎ、人と変わらぬ姿のセナリスを見かける度に
ただ、生まれ持った威容を見せびらかすしかしない
それは、かつて父が人々を解放した際に掲げた──闘争心とも言えるものだった。
その後、彼女はわずかな手勢と共に正面から堂々と王城に乗り込み、
王位継承はあっさりと成り、彼女は表向きは王女の身分ながら大国、
今から一年前、セナリスがわずか十五歳の時のことであった。
そんな彼女が自身の駆る機神の姿に【竜】を模したものを選んだのは当然のことだった───。
*****
【グリンデン】と【ヴァルガテール】。
二対の
出現の予兆を感じ取り、その方向へ顔を向けると教会の屋根から巨大な黒い影が飛び立った。
その脅威を感じ取り、彼女は声を荒げた。
「ヒューグさんっ!!」
空高く飛び上がった影は大通りに急降下し、地面すれすれを
「ぐうッッ!?」
あまりの衝撃に周囲の建物の窓が割れる。
リリオンに注意されたこともあり防御自体には成功した。だが、凄まじい力に防御が崩されてしまった。
巨大な影の正体を確かめようとした瞬間、機体の右腕が凄まじい力で引っ張られる。
ふわっ、と身体が軽くなった。
「……ッ!?」
次の瞬間、ヒューグの視界で天地が逆転していた。一拍置いて凄まじい力で空中に放り投げられたのだと悟った。
「一斉射、構え」
影の口に当たる部分が開き、
それに従うように、魔龍の対処を終えた周囲の【グリンデン】数機が背面の
「プラズマ・ピュートーンッッ!!」
激しい電撃が咆哮と放たれると同時に、周囲の【グリンデン】も
収束した炎と激しく迸る電撃、そのどれも直撃すれば致命傷となる。
「っ、舐めるなッ!」
ヒューグは【ヴァルガテール】の翼を広げ加速した。炎を置き去りにし、迫る電撃を剣でいなすと空中で待ち構える影に斬りかかる。
見た限り、剣や斧のような
だが、影は巨大な手であっさりと剣を受け止めた。押しても引いてもビクともしない。
「空中にいては的になります」
「分かってる……っ!」
リリオンの声に従い距離を取ろうとしたが相手はがっちりと剣を掴んで離そうとしない。
近くで見ると、影のように見えた相手はマントを被るように巨大な布に全身を覆われていた。ただ、それでもその機体の大きさや体格の異様さはよく分かる。
「クソッ、何なんだテメェは!」
機体の
その直後、影がその正体を現した。
先ほどの攻撃で放った電撃からマントのように全身を覆っていた巨大な布に火がついていた。
本来は整備の際に機体を保護する目的で使われていたシートはあっという間に灰になり、その奥に秘められていた機体が露わになった。
鎖が巻きつけられた巨大な手甲とやや簡略化された脚部。
翼を思わせる背面左右六期の板状のユニット。
そして、雄々しく力強い竜を模した頭部。
「
ドラゴンはかつての旅で何度か見かけたことがある。そして目の前の竜は鋼の身体ではあるが、その迫力は負けてはいない。
「
「なっ、あのお姫様が乗ってんのか!?」
ヒューグの脳裏に愛嬌のある笑みを浮かべたセナリスの顔が浮かぶ。
まさか、王族が
「貴方のかつての主、ランメア様の影響もあり各国の王族は自身の乗機となる
「莫大な国家予算をかけ建造された国家の象徴、国宝とも言える機体は性能面でも侮ることはできません」
「まさしく、強敵ってわけか……」
「相手が王族でも、やるんだな?」
リリオンは静かに頷く。
「確かに、強敵ではあります。ですが、我々がこの先人間界と協力するにあたってはこういった相手とも戦わねばならないこともあるでしょう」
「ここは勝ち、我々の力を示します」
「そう言うことなら、任せろ……!」
リリオンの言葉に、ヒューグは操縦桿を握る手に力を込めた。
顔見知りを相手にするのはやりにくいが、そうはいっていられない。この戦いを裏で操る黒幕を倒すには、突破するしかないのだ。
『せ、セナリス様……まさかヘキサリオを出すとは』
コックピットの中でユーガリオの通信を聞きながら、セナリスは深く息を吸っていた。
【ヘキサリオ】に乗るのは初めてではない。試験用に何度か試し乗りはしている。
だが、実際の戦場で感じる興奮は過去のものを優に超えていた。気を抜けば、力の赴くままに暴走してしまいそうな───。
しかし王女である自分がそんな失態を晒すわけにはいかない。助けに入った部下の手前もある。
加えて、目の前の相手はそんな生半可な覚悟で倒せる相手ではない。先ほど部下を戦闘不能に追いやった都市の外からの狙撃もある。
「ユーガリオ、この
『はっ、しかし……』
「都市防衛用のグリンデンは街中じゃ役に立たないわ。大砲の射程を活かし狙撃に対処しなさい。いいわね?」
『……ハッ!』
これである程度の横やりは防げる。一対一で、
その悪魔に似た姿の機体を見つめながら、彼女はふっと笑みを浮かべた。
「初めての実戦の相手がこれとは……まるで父上のお伽噺ね」
セナリスは【ヘキサリオ】を宙に留めたまま、その指先を先ほどの氷の攻撃で凍結した部下の【グリンデン】へ向けた。
すると【ヘキサリオ】の手甲の内側、袖口に当たる部分から鎖付きのアンカーが打ち出された。
射出したアンカーが凍り付いた【グリンデン】の足元に転がる手斧を絡め取ると【ヘキサリオ】は鎖を振り上げ、それと繋がった手斧を頭上で勢いよく回転させ始めた。
ヒュンヒュンと風切り音がする。
遠心力を乗せた手斧はただぶつけるだけで、恐ろしい破壊力になるだろう。
「さあ……魔を
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