第42話 キリング・ドラゴン⑤
時間をかけていられない。
決着を付けるべく、ヒューグは構えをとり意識を集中させた。
「仕掛けてくるか……!」
相対する【グリンデン】に乗るユーガリオも、
僚機と合わせ絶え間なく攻撃を続けて来たが、未だ
外見に違わず、この機体は紛れもない怪物だ。
(このままむざむざやられるくらいなら、
建物に被害が出れば非難の声がセナリス様に及ぶ可能性もある。もしそうなっても、自分の騎士の地位を返上すれば話は済む。
それだけの覚悟が彼にはあった。
「貴様は牽制しつつ隙を見て一撃を狙え。近づいて俺が撃つ!」
了解、と副隊長の声を聴きながらユーガリオは
「突撃ッッ!」
叫び声と共に、ユーガリオの【グリンデン】が突撃した。その斜め後方に副隊長の乗る僚機が続く。
(姫様……姫様の勝ち取った平和を、護り抜く力を……!)
【グリンデン】が迫る中、ヒューグは全神経を集中させた。
相手は二機、それも防御の巧みな油断ならない相手だ。倒すには一撃で決める必要がある。
雑音が消え、周囲の動きが遅くなっていく───。
極限の集中による静寂の中、ヒューグは待った。
相手の隙を。一撃を叩き込むに相応しい、千載一遇の好機を。
───だが、その静寂は意図せず破られた。
「後方!攻撃が来ます!」
リリオンの声よりやや遅れて
「!」
ヒューグははっと我に返り【ヴァルガテール】の翼を広げ、その場から離れた。
その瞬間、感覚に突き刺さるような鋭く冷たい敵意が迫ってきた。
それは青白く透き通った氷の矢だった。凍てつく冷気を放ち、陽の光を乱反射するそれは先ほどまで【ヴァルガテール】の居た場所を通り抜けた。
そして、そのまま勢いを失うことなく突進する【グリンデン】へと向かう。
「ッッ!?」
突如現れた謎の攻撃にユーガリオは驚きながらも何とか機体を回避させた。
だが、矢が狙っていたのは彼ではなかった。初めから狙いを付けていたかのように、真っすぐ射線上に居た副隊長の乗る【グリンデン】は矢を回避する間もなく、真正面からぶつかった。
『ッ、な、何だっ……!?』
副官の声が途切れた直後、彼の乗る【グリンデン】は矢に込められた魔力によって一瞬で凍結した。
機体の全身が氷に覆われ、身動き一つ取れなくなった。冷気はそれに留まらず、空を伝わり地を走り周囲の建物や地面を凍てつかせる。
氷の彫像と化した【グリンデン】の腕から得物の手斧が滑り落ち、轟音を響かせ地面に転がった。
「野郎、仕掛けて来やがった!」
ヒューグは機体を着地させると、【ヴァルガテール】の首を矢の放たれた方角へ向けた。
この攻撃は間違いなく一連の事件を陰で糸引いている黒幕によるものだ。奴を倒さなければ戦いは終わらない。
索敵をするもののモニターに映るのは山と木々ばかりで、センサーも黒幕の姿を捉えることが出来ない。
「発射直後に私の感覚でも捉えきれなくなりました。敵は高度な潜伏機能を持っているようです」
攻撃を仕掛けてきたタイミングからして相当な手練れであると予想はつく。探すのにも骨が折れることになるだろう。
「まんまと乗せられちまったってことか……クソっ!」
そう吐き捨てると、ヒューグは間近に迫った【グリンデン】の振り下ろした
僚機を失っても、攻撃を止めるつもりはないらしい。むしろ僚機を失った怒りの込められた攻撃は荒々しく激しさを増していく。
「おのれ、伏兵とは姑息な真似を……!」
【グリンデン】に乗るユーガリオが怒りの叫びが聞こえてくるような怒涛の攻撃。相手からすれば、あの氷の矢はヒューグたちの味方によるものに見えただろう。
実際はヒューグとユーガリオが争うことなどなく、共通の敵を前に協力すべきなのだがそう伝えても信じてはもらえるはずがない。
「コイツ……!」
攻撃を躱し続けるヒューグに対し、強引に攻めの姿勢を絶やさないユーガリオは操縦桿を握る手に力を込め叫んだ。
「これで決めてやるッ!」
後はトリガーを引くだけでいい。街に多少の被害は出るだろうが、止むを得ない。
【グリンデン】と【ヴァルガテール】の距離が必殺の間合いまで縮まっていく。
そんな二機の戦いを、セナリスは教会の展望台から見つめていた。
部下の一人が機体を氷漬けにされ戦闘不能に陥ったにも関わらず、その瞳は興奮の色を示していた。
(ああ、ダメ。ダメよ、セナリス……分かっているでしょう?)
理性を働かせ自らに落ち着くよう言い聞かせながらも、同時にそれが無駄なことだと彼女は理解していた。
欲しいものがあれば、手に入れないと気が済まない。自分はそういうお姫様なのだ。
そして今、彼女が惹かれて止まないものは正に部下を相手に大立ち回りを演じている
初めはどこの誰が乗っているのか興味本位で知りたい程度だった。だが、その悪魔を模した風貌に相応しい強さと存在感はすぐに彼女を夢中にさせた。
(これだけ暴れたんだもの……その首を取れば、
(機体は解体し部品一つまで調べさせてもらうわ。その代わり、乗っているのが誰であれ私の下で働かせてあげる───)
心底嬉しそうに、楽しそうに、獰猛な笑みを浮かべ彼女は笑う。
「セヴァイト」
通信魔法を介し、配下の名前を呼ぶ。
先日、ゼオに
『セナリス様、こんな非常事態に何の用ですか』
いつも不機嫌そうな彼は王女が相手でも態度を改めない。セナリスもそれを咎めるようなことはしない。
「アレを出すわ。準備なさい」
は?と困惑した声を無視し彼女は通信を打ち切った。もう誰も止められない。彼女自身さえも───。
戦いの気配をたっぷり含んだ乾いた風に自慢の黒髪をなびかせながら、彼女は両腕を胸の前で重ねた。
すると、彼女の右手、細い指にはめられた指輪がふっと形を変えた。
鋭い爪を備え、鎖が巻き付けたられ
「───
彼女の足元の空間に引き裂いたような傷が現れ、そのまま砕け散った。
そして、そこから巨大な黒い影が現れ、飛翔する。
それは誰の目で見ても、紛れもなく竜の姿をしていた。
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