第41話 キリング・ドラゴン④

 ほんの少し前まで大勢の人が行き来していた学園都市の大通り。


 今、そこに人影はなく、代わりに十倍近い背丈を持つ祈機騎刃エッジオブエレメンタルが睨み合っていた。

 構えを取るため軽く足を踏み出しただけで石畳が砕け、破片が巻き上がる。


「武装解除には応じず、か……」


 【グリンデン】に乗るユーガリオは苦々しい声で呟いた。

 

 目の前の不審機アンノウンの只ならぬ雰囲気からして投降するとは思っていなかったが、やはりそう簡単には行かないようだ。


 となれば、選択肢は一つ。力づくで排除するしかない。


「セナリス様、所属不明機アンノウンと交戦します」


 一拍置いて、主人であるセナリスの返答が届いた。


『許可するわ。必ず打ち倒し、その首を私に献上なさい』


 

 口調こそ落ち着いてはいたが、声音には興奮が混じっていた。彼女もまた所属不明機アンノウンに興味津々のようだ。


 我が主ながら、強欲なものだ。

 ともかく、交戦の許可は得た。部下に命令を下そうとした瞬間、目の前の所属不明機アンノウンは翼を広げ大きく跳躍した。


『飛んだ!?』


狼狽うろたえるな!あり得ないわけでもないだろう!」


 動揺した部下を叱責しながら、所属不明機アンノウンを目で追う。

 飛翔し離脱するかと思ったそれは、ユーガリオ達の頭上を飛び越えくるりと一回転しながら街の一角にある大きな広場に着地した。




「……ここなら、建物への被害も少なく済むでしょう」


 【ヴァルガテール】のコクピットでリリオンが呟く。正規軍と戦うことを選びはしたが、街への被害は抑えるつもりのようだ。


 想えば、かつてヒューグが戦ってきた幻魔候は人間を羽虫と同じか、それ以下に扱うような者ばかりだった。


 だが、リリオンは違う。やはり彼女は信頼できる。


 心の内でリリオンに感謝しながら、ヒューグは敵である祈機騎刃エッジオブエレメンタルを観察した。


 ゼオやファンガルの乗る【ヴァンドノート】やレヴンの【ラデンバリオ】は細身の体型をしていたが、その機体はそれらに比べかなり太ましい。

 丸っこい装甲と合わせるとずんぐりむっくりという言葉がぴったりだ。両肩に背負った大砲も外見だけでその威力が伝わって来る。


「グリンデンは拠点防衛に向いた機体です。二機のうち、角のある方が隊長機でしょう……設計こそ古いですが、出力と装甲は侮れません。」


 そこにリリオンの説明が入ってきた。同時に、モニターの【グリンデン】の背後にある巨大な筒状のユニットが拡大して映された。


「背面の魔導兵装、ガゾート・カノンは高威力かつ長射程、精度にも優れています。拡散しての発射も可能で、接近戦での適正も有しています」

「先ほど接敵した際、もし離脱しようとしていたなら、すかさず撃ち落されていたはずです」


「なら、援護射撃も飛んでくるってことか?」


 ヒューグたちが相対している【グリンデン】は正面の二機だけだが、周囲にはまだ十機近い数がいる。

 今は魔龍の対処に当たっているとはいえ、それが片付けばこちらに攻撃してくるかしれない。


「いえ、それはないでしょう」

「白兵戦を主軸とする祈機騎刃エッジオブエレメンタル同士の戦いで無暗な援護射撃は誤射の危険があります。街への流れ弾も考えると、あの二機含め使って来ることはないでしょうが……気に留めておいてください」

「とにかく、集中すべきはあの二機のみ。連携して白兵戦で仕掛けて来るはずです」


 リリオンが言い切った直後、【グリンデン】が動きを見せた。二機のうち角のない方が手にした手斧を構える。


「来ます」


焔凰火エンオウカッッ!!』


 手斧が振り下ろされた。


 迸り、放たれた魔力は空中で鳥のように翼を広げた炎へと姿を変え、【ヴァルガテール】目掛け迫った。


 火属性の中級魔法。

 相手は正規軍、契霊杖ケイレイジョウによる魔法も使えるようだ。


 目前に迫った炎を剣で振り払うと、炎を目くらましに重斧槍ハルバードを振り上げたもう一機の【グリンデン】が至近距離まで近づいていた。


『ハアァァァっ!!』


 振り下ろされる重斧槍ハルバードを二本の剣で受け止める。


 衝撃を吸収しきれず、【ヴァルガテール】の立つ地面が浅く陥没した。


 魔法が目くらましとは予想していた故に防御出来たが、【グリンデン】の力は想像以上に強く押し返すことが出来ない。


「っ、この野郎……ッッ!」


 出来ることなら力比べを避け、無暗な消耗は抑えたかった。


 精霊の持つ膨大な魔力を動力とする祈機騎刃エッジオブエレメンタルだが、【ヴァルガテール】には動力となる精霊がいない。


 今は後方のシートに座るリリオンが自らの魔力を注ぎ込むことで動かしているが、人知を超えた力を持つ幻魔候と言えど祈機騎刃エッジオブエレメンタルを動かすには魔力が足りない。

 思うがままに力を振るえば、リリオンの魔力を使い果たしてしまう可能性があった。


 そんなヒューグの迷いをリリオンは見抜いていた。


「ヒューグさん、私の心配はいりません」

「前回の反省から機体の炉心に私の魔力を充填しておきました。私が制御する必要があるのは変わりませんが、前回よりは余裕があるはずです」


「そうか、それは……、ッ!!」


 安心しようとしたのも束の間。


 隊長機と鍔迫り合いする中、僚機の【グリンデン】が背中側へ回り込み斧を振り上げてきた。


 両手の剣を鍔迫り合いに使っている今、背中側は完全に無防備だ。


「チィ……ッ!!」


 【ヴァルガテール】の出力を上げ、重斧槍ハルバードを持つ隊長機との鍔迫り合いを押し返した。

 好機を逃さず、体勢の崩れた無防備な胴体を横薙ぎに切り裂く。


 その勢いのまま機体を回転させ、カウンターのように斧を振り上げた【グリンデン】に十字に剣を振るった。




 上手く行けば、二機同時に倒せていたであろう攻撃。


 だが、そのどちらも巧みに防御されてしまった。隊長機は重斧槍ハルバードの柄を、僚機は手斧を的確に使いかすり傷一つ負っていない。


 倒した自信は確かにあったのだが、こうも防がれるとは。


「……やるな。姫の護衛を任されてるだけはあるか」


 三百年前、魔王を倒すための旅で磨き続けてきた剣技には自信があった。多対一など日常茶飯事だったあの頃を想えば、二対一でも瞬殺できると踏んでいた。


 だが、そうはいかなかった。ヒューグは冷静に相手の強さを予想より引き上げた。


 既に相手は再び構えを取り攻撃の体勢に入っていた。ヒューグも剣を構えながら、同時にリリオンに問いかける。


「この精鋭が大砲持ちに乗ってんだ。飛んで逃げられないのは分かったが、もう一つの理由ってのは?」


 突きの連続を飛び退き、剣で制す。僚機が時折牽制を兼ねた魔法を放ってくるが、十分に対応できた。


 二機の繰り出す連携攻撃を【ヴァルガテール】とヒューグは軽々と躱す。相手が主力武器である大砲ガゾートカノンを使うのを自制しているのもあるが、それ以上にヒューグの実力も大きかった。


 こうして話をしながらも、相手の隙を伺っている。油断しているわけではないと安心したリリオンはふっと気を抜きヒューグの問いかけに答えた。


「今日起きた一連の出来事……魔龍の出現にセナリス様の襲撃、そしてこの戦いも何者かに仕組まれたものだからです」


「やっぱり、姫さんもそう思うんだな……っと!」


 両断する勢いで振り下ろされた重斧槍ハルバードの一撃をひらりと躱す。直後に素早く斬り付けたが、僚機に庇われ有効打には至らない。


「先日の戦闘から、私は魔龍を操る方法を調査していました。まだ具体的な方法は掴めていませんが、特定の波動により魔龍を操っていることは分かりました」

「その波動を今日、幾度となく確認しています。魔龍を操作する者がいる以上、背後に魔界の反乱軍がいるのは確実です」


「つまり、あのセナリスって娘の所に襲撃者が現れた時も、奴らの本命はゼオだった訳か!」


 静かにリリオンが頷く。


「敵の狙いはゼオ、ひいては私です。もし、私がゼオと共に隠れ姿を見せないのであれば、大量の魔龍を呼び寄せ街を破壊し尽くすつもりだったのでしょう」

「姿を見せたなら、三大国家の正規軍をぶつけ消耗させた隙に漁夫の利を得る……そんなところでしょうか」


「この街全体が人質ってことか……クソッタレが!」

 

 敵の策にはまっている事実より、相手の非道さに怒りが込み上げてきた。この街がどんなに平和で賑やかで、人々の活気に満ちているかは今日一日でよく分かった。


 この平和も、全ては三百年前自分とランメア様が戦い、その上で勝ち取ったものだ。簡単に奪われていいものではない。


「……私も、同じ気持ちです」


 ヒューグの怒りを感じ取り、リリオンもそれに同調する。


「為政者として、市井しせいの人々を巻き込むような真似は許せません」

「卑劣な策謀を討ち砕き、この街を守り抜く……私とゼオの【ヴァルガテール】なら、それが出来ます」


「応!」


 ヒューグは力強く応えた。黒幕を引きずり出すためにも、まずは目の前の【グリンデン】を倒さなければならない。

 彼らもまた利用されている立場ではあるが、他に選択肢はない。


 剣を構え直し、ヒューグは覚悟を決めた。


「相手にしてる時間はねえ。次で決めてやる……!」






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