第40話 キリング・ドラゴン③


 建物が揺れる度、不安そうな声が室内に響く。


 平和な学園都市に現れた魔龍の影響は、路地裏にひっそりと佇む『Café de la Paix』にも及んでいた。

 

「お客様、ここは安全ですから。このまま建物の中に居てください」


 恐怖で身体を震わせる女性客を店の主、ヴァーミリアは優しい声でなだめた。


 このカフェには彼女の保護魔法が掛けられている。いくら魔龍に襲われようとビクともしない。

 もちろん、幻魔候である彼女が出れば魔龍など百体居ても相手にならない。だが、人間界で目立つような真似は避けるべきだ。


「何か温かいものでも用意しましょうか。落ち着きますよ」


 そう言いながら、彼女はキッチンへ戻った。手伝いをしていたリリオンの姿はそこにはない。


(……頼んだわよ、リリオン。ゼオを守って)

(そして、もしもの時は……)




*****




 一方、セナリスと分かれたゼオは教会前の大通りを駆けていた。


 塔を下りた先の教会には避難してきた人々が集まり、神父やシスターたちが怪我人の手当てに当たっていた。

 今の自分には治癒の魔法は使えない。手当ては教会の人員に任せ、ゼオは怪我人の捜索に回っていた。


 ユーガリオら人魔共同主義連邦デモニガイズの騎士たちの駆る祈機騎刃エッジオブエレメンタルと魔龍の戦いも終息しつつあるのか、街は静けさを取り戻しつつあった。




 だが、ゼオは背後から忍び寄るような不安を拭えてはいなかった。それは彼の背のリュックの中に居るヒューグも同じだった。


 魔龍の出現とセナリスを狙い現れた襲撃者たち。あまりにもタイミングが整いすぎている。

 

 ゼオ、注意しろよ。そう口にしようとした瞬間だった。


「あ……君っ!」


 ゼオの声がした。彼の視線の先には少年がぽつんと立っていた。こちらに背を向け顔は見えない。

 その少年はゼオの声が聞こえなかったのか、ふらっと角を曲がり建物の影に消えた。親か兄弟とはぐれ、探しているのかもしれない。


 親切心から、ゼオは彼を追いかけた。


「っ……!ゼオ、待て!」


 嫌な予感がする、注意しろ───そう言い切る前に、ゼオは少年を追って角を曲がった。




 そこに少年の姿はなかった。


 代わりに居たのは、魔龍だった。

 芋虫に似た姿の歯を剥き出しにしたグロテスクな怪物が、ゼオを獲物として見下ろしていた。

 

「え……?」


 驚きと困惑で身体が硬直する。

 

(これが魔龍、教科書で見た───僕はこの化け物からランシア様を守って)

(何でここに、まだ倒されていなかったのか……?)

(あの男の子はどこに……まさか、食べられ───)


 走馬灯のように様々な思考が脳裏を駆け巡った。その直後。


「ゼオ、借りるぞ!!」


 ヒューグはぬいぐるみからゼオの身体に乗り移った。


 既に魔龍は獲物が現れたことに歓喜の咆哮をあげ、大口を開けゼオを呑み込もうと迫って来ている。


「っ……姫さんっっ!!」


 ヒューグが叫んだのと殆ど同時に、彼の背後の空間に亀裂が走りガラスのように砕け散った。




 砕けた空間の内から巨大な腕が伸び、魔龍の顔面を捉えそのまま殴り飛ばした。殴られた魔龍は無人の通りを転がり、そのまま動かなくなる。


 腕の主はそのままズシン、ズシンと歩を進め、大通りに堂々とその姿を現した。






「あれは……」


 教会の展望台に残ったセナリスが呟く。

 王女である自分も知らない、未知の祈機騎刃エッジオブエレメンタルの姿を捉えて。


 彼女だけではない。


 戦況を見守る各国の兵士、そして学園都市の住民の多くが突如現れた祈機騎刃エッジオブエレメンタルを茫然と見つめていた。




 そして、その祈機騎刃エッジオブエレメンタルのすぐ傍の建物にも一人。


「先生、これが依頼にあった……」


 小麦色の肌をした少年、シュドは通信魔法で呼びかける。

 間近で見るその姿は恐ろしく、冷や汗が浮かんでくる。外観の威圧感だけではなく、内側にも凄まじい力を秘めていると肌で感じる。


 シュドの報告に、彼が先生と呼ぶ粗野な風貌の男も暗い空間から応えた。


「こっちでも見えてる……とんでもねえ機体だな、俺も直で見たかったなァ」

 

 そう言いながら、男は舌なめずりした。口調は落ち着いていたが、表情には獰猛な笑みが浮かび、興奮に髪が逆立っていた。


「シュド、ご苦労だったな。安全な場所に逃げてろ」

「役者は揃ったんだ。後はこっちでやる……重要なのはタイミングだ」


 そう言いながら男は手元のスイッチを入れた。


 暗い空間に光が差し、室内が明るくなった。男の座るシートの周囲のモニターが起動し、周囲を囲む木々が映し出された。

 正面に据えられたメインモニターに拡大して映された祈機騎刃エッジオブエレメンタルを見据え、男は一人静かに笑みを浮かべ続けた。






「……ったく、遅かったじゃないか」


 悪魔の如き姿を持つ祈機騎刃エッジオブエレメンタル【ヴァルガテール】を見上げヒューグは呟いた。あと一歩遅ければ魔龍に食われていたかもしれない。

 【ヴァルガテール】の首が動き、足元のヒューグを捉えた。次の瞬間、ヒューグの身体はそのコックピットのシートへ移っていた。


「申し訳ありません。

 なるべくなら、この機体を秘匿したままでいたいと考えていたのですが」


 背後から聞き慣れた声がした。振り返ると、ゼオの主である幻魔候イクシオリリオンがもう一つのシートに座っていた。

 

 【ヴァルガテール】に乗ったリリオンに助けてもらうのはこれで二度目だ。ゼオが窮地に陥れば彼女は助けに現れる。ヒューグはそう確信していた。


 だが同時に、彼女がなかなか現れなかった理由も分かる。


「前と違ってこんな街中じゃ目立つだろうからな……」


 リリオンたちの現在の立場は詳しくは知らないが、公にしてはマズイのは確かだろう。人間界との信頼関係を築く前にリリオンたち幻魔候が人間界に訪れていることが人々に知られればパニックが起こってもおかしくない。

 そうなればリリオン達が目的としている人間界との協力は難しくなる。


「……それもありますが」


 リリオンがそう呟いた直後、再び激しい揺れが起きた。


 ヒューグは操縦桿を握り、気持ちを切り替えた。もう何度も経験している。この揺れは、魔龍出現の兆候だ。


 予想通り視界の各所、都市の至る所に魔龍が地中から姿を見せた。


 ヒューグの正面、大通りにも魔龍が三体まとまった数で現れた。


「面倒なことになる前に、速攻で終わらせてやる……!」


 両手を広げ念を込める。


 【ヴァルガテール】の頭上後方で光がきらめき、流星のように【ヴァルガテール】向け迫る。

 直後、勢いよく剣が二本【ヴァルガテール】の前方の地面に突き刺さった。


 片方はゼオの剣、もう片方はヒューグが主ランメアから送られたものとよく似ている。以前乗り込み二刀流を振るった時と同じ組み合わせだ。


 剣を引き抜き、魔龍を斬り伏せるべく構えを取ったその直後。




 こちらを捉え、いつ攻撃を仕掛けるか様子を伺っていた三体の魔龍。

 その右側に居た個体が、横から放たれた渦巻く炎に身を焼かれ瞬く間に消し炭になった。

 残った二体の魔龍が驚き、そちらに顔を向けると丸っこい装甲に身を包んだ巨大な騎士が重斧槍ハルバードを振り回しながら魔龍目掛け迫っていた。


「ムゥゥンっっっ!!」


 雄々しい唸り声と共に、重斧槍ハルバードの分厚い刃が魔龍の身体を縦に真っ二つに切り裂いた。残った最後の一体も、重斧槍ハルバード持ちに続いて現れた同型の機体の持つ手斧に首を切り飛ばされた。

 

「こいつは……」


人魔共同主義連邦デモニガイズ製の祈機騎刃エッジオブエレメンタル、グリンデン。乗っているのはセナリス様の護衛を務めていた騎士達ですね」


「あの角の生えたゴツいムキムキか……」




 一方、ヒューグにそんな呼び方をされたと知る由もないゴツいムキムキことユーガリオはコックピットの中で唸っていた。


 結界が貼られている都市内への魔龍の侵入。それと期を同じくして起きた姫様セナリス様への襲撃。

 そして、目の前に現れた見たことのない祈機騎刃エッジオブエレメンタル


『隊長。やはり精霊の反応がデータベースと一致しません。間違いなくアンノウンです』


 僚機に乗る副隊長の落ち着いた声が聞こえた。

 祈機騎刃エッジオブエレメンタルのデータは重要部品の管理、生産を行う教会が管理している。

 その教会から提供されたデータに一致しない機体とは、どう考えても怪しい。

 

「下級騎士向けの量産機安物じゃないな。となれば聖領守護騎士団リッターヘイムの刃隠陣衆が怪しいが……それにしては外見のシュミがいいな」


『ええ。ああいう外観は人魔共同主義連邦我々っぽいですね』


 副隊長とそんな軽口を叩きながら、ユーガリオは重斧槍ハルバードの穂先をアンノウンである【ヴァルガテール】へ向けた。


『そこの不審機!速やかに武装解除し投降せよっ!!』




「……やっぱり、こうなるよな」


 大音量のユーガリオの通信を聞きながらヒューグははあ、とため息を吐いた。


 リリオンとヒューグ、二人の懸念が当たってしまった。街に被害を及ぼす魔龍を倒すだけならよかったのだが、正規軍の祈機騎刃エッジオブエレメンタルに捕まってしまうとは。


「どうするよ、姫さん。コイツのスピードなら逃げられるだろ?」


 【ヴァルガテール】が背面に有したストームバーン・ウィング。


 そのスピードならこの場から一気に飛び去り、離脱することも可能なはずだ。

 最大国家所属の正規軍を相手に戦ってもいいものだろうか。戦闘さえしなければ、今なら取り返しはつくはずだ。


「いえ、ここは戦って切り抜けます」


 リリオンの意外な言葉に、ヒューグは驚き目を見開いた。


「本気か?」


 確認の意味を込め問いかける。リリオンは迷いなくうなずいた。


「我々には逃げられない理由が二つあります。既に賽は投げられています」


 それに。

 

 ふっと頬を緩めながら、どことなく誇らしげに彼女は続けた。 


のヴァルガテールは、決して負けることはありませんから」




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