第39話 キリング・ドラゴン②
暗い空間に、男が一人佇んでいた。
服装も髪型も整ってはいない、粗野な風貌のその男は何が楽しいのかニヤニヤと
『先生、奇襲は失敗しましたが……』
『……先生?』
男の居る空間に若い声がした。
まだ声変わりもしていないような幼い少年の声。
先生と呼ばれたその男はああ、と答えてから改めてふっと鼻から息を漏らした。
「
男の目と耳には襲撃を受けたセナリスたちの様子がその場に居るかのように伝わっていた。
セナリスが襲撃者たちに向け
「シュド、予定通り進めろ。ただし先走るなよ、役者が揃うまで待て」
(予定通り……)
先生からの指示を頭の中で繰り返し、小麦色の肌の少年シュドは隣の建物から、目標の様子を伺った。
そこでは、彼の召喚した
*****
退路は抑えられ、敵の数は見えるだけでも二十以上。
だが
「ゼオくん、君は無関係だし……一人で逃げる?」
「ご冗談を。護衛を任された以上、セナリス様は僕が守ります」
そう言いながらゼオは一歩前に出た。
彼女の護衛を任されている以上、一人で逃げ出すつもりなどさらさらない。もちろん護衛であることを抜きにしても、女性を一人置いて逃げ出すつもりもなかった。
期待通りの返事にセナリスは今日一番の満面の笑みを浮かべた。
「ふふふっ、期待してるよ」
その直後、小さな声で
「私が合図したら伏せて」
何か考えがあるのだろう。ゼオは頷き、剣を構え直した。
そうしている間にも、襲撃した
「3……2……」
「1……」
その時だった。
「姫様ァァァァーーーーーーーッッッ!!!!」
地鳴りのような大声と共に、退路である塔の扉を封鎖していた
片手には身の丈を超える長さの柄に分厚い刃と鋭い矛を備えた
「姫様、ご無事で!」
「ここは任せてご友人とお逃げください!さあっ!」
セナリスの無事を確認すると、ユーガリオは二人の盾になるように襲撃者たちの前に立ちはだかった。
正規の軍人が来てくれたなら心強い。ゼオはセナリスと共にこの場を離れようとした。
だが。
「ユーガリオ、魔龍への対処は?」
セナリスはその場から動くことなく、街中に出現した魔龍への対処状況をユーガリオへ聞いた。
問いかけられたユーガリオは一瞬面食らいながらも、正面の襲撃者から目を離さず応える。
「出現確認後、部下たちに対処に当たらせました。我々が一番だったようで、他二か国は静観しています」
その言葉通り、街中では既にユーガリオの部下が駆る
「私もこの敵を片付ければすぐにでも参戦します。ですから───」
「ダメよ。今すぐ向かいなさい」
王族らしい威厳を持った声音で、彼女はそう命じた。
「魔龍の被害を最小限に食い止めなさい。
「ハッ!」
セナリスの命を受け、ユーガリオは振り返り駆け出すとそのまま手すりを乗り越え飛び降りた。
その直後、巨大な機神がこちらに背を向けたまま下からせり上がるようにその姿を見せた。
ユーガリオが飛び降りながら召喚した
余りの出来事に呆気に取られたゼオに対し、セナリスはニコニコと笑っていた。
「さあ、魔龍はユーガリオたちに任せて……私たちはこの雑魚どもを片付けましょうか」
はっと我に返ったゼオが剣を構え直すのと、
ユーガリオに蹴散らされたとはいえまだ十体以上残っている。
二人が居る場所は狭く回避は難しい。
だが今の自分なら何とかできる。
何かを守ると決めた時、自分は強くなれると知った。ゼオのその自信に応えるように
剣を振り抜き、叫ぶ。
「
中級、風の魔法が発動し突風が
「いいよ、ゼオくん」
「あとは任せて、伏せて」
魔法の威力を確かめる前に、セナリスの
言われるままゼオは顔を下げ身を屈めた。
その直後のことだった。
頭上を何かが
それが何か確かめようとゼオが顔を上げた時には、全て終わっていた。
今まさにゼオとセナリスへ向け襲い掛かってきた
塔の壁や教会の屋根にも、何かに破壊されたような跡が残っている。
「終わったね」
振り返ると、セナリスは何事もなかったかのような涼しい顔をしていた。パンパンと軽く手を払うと微かに金属の擦れる音が聞こえた。
「……お強いのですね、セナリス様は」
何をやったか定かではないが、彼女が襲撃者たちを排除したことは確かだ。襲撃を受けようと動じず、ユーガリオを魔龍の対処へ向かわせたのも自分の実力を知ってのこと。
セナリスは他の二国の───ランシアやシャルティナのような、守られるだけのお姫様ではない。
ゼオがふと漏らした言葉は皮肉と受け取られてもおかしくないものだったが、彼女は気にしないようにニコニコと笑う。
「ふふふふっ、こんなに強いなら護衛して損した……なんて思ってる?」
「そんな、まさか」
冗談なのか分からない彼女の発言にゼオは一応真剣に答えた。ふふふと笑う彼女に釣られてゼオも思わず笑ってしまった。
襲撃の危機が去った安心感が、場の雰囲気を和やかなものにしていた。
「ゼオ、油断すんな。まだ魔龍が残ってんだ」
リュックの内のヒューグに諭され、ゼオはふと我に返った。
確かに、街中に見える魔龍はその数を大きく減らしたとはいえ未だゼロにはなっていない。
セナリスへの襲撃は退けた。彼女自身、護衛がいらないほど強いことは分かった。
なら、次に自分がすべきことは……。
「セナリス様、自分は下に降りて怪我人がいないか探してきます」
「……早速救助活動?もっとじっとしてられないの?」
呆れたように呟くセナリスだが、止めるつもりはないらしい。
はあっ、とため息を吐いて彼女は続けた。
「私はここで部下を指揮しなきゃいけない。出来れば最後まで護衛をお願いしたかったけどここでお別れかな」
「……今更謝っても遅いかもしれないけど、振り回しちゃってごめんね。でも、本当に楽しかったよ」
そう話す彼女の表情は真剣なものから一転して、いつもの愛嬌のある底の見えない笑みに変わった。
「冗談でもそう言っていただけて光栄です」
それでは、とゼオは背を向け駆け出した。去る背中にセナリスは気を付けて、と呟き……誰もいないことを確認してから、手すりに肘をつき不機嫌そうに呟いた。
「───楽しかったのは、冗談じゃないんだけどなあ」
同年代の異性と二人だけで街を巡るのは、王族である彼女にとって初めての体験だった。
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