第38話 キリング・ドラゴン①
セナリスの後に続き、ゼオは階段を上っていた。
彼女に連れられ訪れたそこは街中にある教会であり、二人はその中にある塔を上っていた。
会話は無かった。先ほど聞いたセナリスの統一宣言について、ゼオはまだ受け止め切れていなかった。
三人の王女たちは同じ学園に通い、お茶会を開くくらいには仲が良いはずだ。なのに何故、世界を統一する必要があるのか。
やり切れない気持ちで沈んだ空気のまま、しばらく黙々とほの暗い階段を上っているとセナリスの声がした。
「ここだよ」
彼女は踊り場にある小さな木製の扉を引き、外に出た。後に続くと、眩しい光が目に差し込み、爽やかな風が頬を掠めた。
そこは手すりに囲まれた吹きさらしのこじんまりとした空間だった。
「人混みだと落ち着かないでしょ?ここなら、少しはゆっくり出来ると思って」
彼女の言う通り、そこからの景色は今までの鬱屈とした雰囲気を吹き飛ばすように爽快なものだった。
目下の大通りを埋め尽くす人混みから、顔を挙げれば青く澄み切った開放的な空が広がっている。そんな空をじっと見つめていると、今までまとまらなかった思考が少しずつまとまり始めた気がした。
少しの間景色を眺めた後、ふうっと息を吐きゼオは気を引き締めた。
「……セナリス様」
「うん、何かな?」
ゼオは振り向きセナリスの名を呼んだ。
彼女はいつもの愛嬌のある笑みを浮かべ、真剣な表情のゼオを見つめ返している。ゼオが何を話すか、期待しているらしい。
その期待に応えられるかどうかは分からない。ただただ率直に、ゼオは彼女に問いかけた。
「セナリス様が世界を統一すると宣言したのは、自分の欲望のためなのですか?」
あまりに正直すぎる質問だとゼオ自身も思う。だが、彼女を相手に下手に取り繕っても仕方ない。正直に応えてくれるのを祈るし、彼女は嘘を吐くような人ではないはずだ。
そんなゼオの質問に、セナリスはやや迷ったような素振りを見せ……一拍置いた後、答えた。
「いいえ」
「私が君臨するのは、全て私を慕ってくれる民のため。民あってこその王、王あってこその民……」
「世界の全てを統べると宣言したのも、私欲に駆られてのことではない」
まっすぐ、ゼオの瞳を見つめ返しながら彼女はそう話す。真剣そのものな表情だった。
ゼオもセナリスも、目を逸らすことなくじっと見つめ合い続けた。じっと、何も言わず腹の底を探り合っている。セナリスの放つ王女としての風格にも、ゼオは怖気づいてはいなかった。
「……なんて、ね」
結果として、先に音を上げたのはセナリスだった。ふっと顔を下げ、
「今までのことを思えば、信じられるわけないか。今日だけでも随分君のことを振り回しちゃったし」
「君もよく知ってる通り、私は強欲なお姫様だよ。欲しいものがあったら、手に入れないと気が済まない……そんな
彼女はクククと笑った後、改めてゼオに向き直った。愛嬌のある、心の奥底を見せない笑顔のまま、お返しのようにゼオに質問を返す。
「で、ゼオくんはどうなの?」
「私のこと、信用してくれる……?」
「信じます」
そう即答すると、セナリスは目を見開き驚いた。
「確かに、振り回されはしましたけど……楽しくなかったわけではないです」
「ここに連れて来たのも、僕のことを考えてくれてのことだと思いますし……」
「それから何より、セナリス様には王族としての品格を感じます。私欲のまま贅沢を尽くし破滅するような方には思えません」
ゼオの言葉をじっと聞いていた彼女は、驚いた素の表情をいつもの笑顔で隠した。
「……参ったな」
「ますます部下に迎えたくなっちゃったよ」
そう言いながら彼女は王族らしい冷酷さを秘めた瞳でゼオを見つめた。
絶対に逃がさないという意思を込めて。
少し前のゼオなら緊張で身体が強張っていただろうが、彼女の優しさを知った今では少しは楽に感じた。
「……どうかお手柔らかにお願いします」
そう言うと、彼女はふっと圧を緩め───ニコッと笑みを浮かべ、フフフと笑った。
その直後のことだった。
突然、激しい揺れが二人を襲った。二人の居る塔が、教会が激しく揺れている。
いや、それだけではない。大通りでも揺れに店先に並んだ商品が倒れ、人々が悲鳴を上げていた。
「っ……!」
いきなりの地震に動揺し動けないゼオに対し、セナリスはそれが何を意味するのか察知し手すりをじっと掴み周囲を伺う。
───本来ならゼオも察していいはずだ。だが記憶を封じられた彼にはそれができない。
揺れが収まり、人々が己の無事を確かめ神に感謝した瞬間───それは現れた。
石畳の敷かれた大通りの下から、頑丈な煉瓦造りの建物の内側から。
三百年前から連綿と続く、災害の象徴、『魔龍』。
それがセナリスの視界に映るだけでも十体は出現していた。
「
悪態をついても意味はないと分かっていながらも、口に出さずにはいられなかった。
一刻も早く止めなければ。
そして同時に、魔龍とは別の脅威がセナリスを狙っていた。
風を切る僅かな音と共に、矢が彼女の無防備な背に向け放たれた。
「セナリス様ッッ!」
間一髪、ゼオが矢を
ヒューグがリュックの内から周囲を見張っていたために出来た芸当だった。
暗殺に失敗した襲撃者は、観念したように姿を見せる。
ゼオとセナリスの居る空間の隣、教会の屋根の上に影から染み出すように人型の黒い影が現れた。同時に、二人がここに来るまでに使った塔の扉の中からも同じ影が現れる。
その数、見えるだけで二十体以上。恐らく塔の中には更に敵が潜んでいるはずだ。
大勢の敵に囲まれ、退路を断たれている。
紛れもない窮地を前にゼオはセナリスを庇うように
いざとなれば自分がどうなろうと……セナリスだけは守らなければならない。
ゼオがそう覚悟した直後のこと。
セナリスはスッと足を踏み出し、自らを庇うゼオの前に立った。
そして並み居る襲撃者たちに全く怖気づくことなく、言い放った。
「……この程度?」
「質も量も、策も足りない。首謀したのが誰かは知らないけど、国家総軍を動かせるようになるまで待っててあげましょうか?」
「覚えておきなさい。
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