幕間

幕間 特別講義『祈機騎刃の誕生とその歩み』

 ※本エピソードはある種の設定ノートのようなものです。

 物語の主軸とは無関係ですが、世界観を深める一助になるかと思います。




*****




 祈機騎刃エッジオブエレメンタルに乗る騎士の育成を目的とした教育施設、アストレリオ学園。


 あなたはその学園の生徒の一人であり、座学の授業に備え教室で席についている。


 隣に座る友人と雑談を済ませ、あなたは机の上に教科書とノートを広げた。教科書の表紙には巨大な鋼鉄の騎士が描かれていた。

 それが【ヴァンドノート】という名であることを、あなたは知っている。




 コツコツという足音に顔を上げると、初老の男性が教壇にあがっていた。

 歴史を担当するギュンター先生とは別の教員だ。厳格な雰囲気のギュンター先生と比べ、雰囲気や服装はかなり緩い。

 

「えー、時間になりましたので講義を始めます。本講義を担当するフズマです」

「今日の内容は、祈機騎刃エッジオブエレメンタル、EOEの歴史についてでしたね」


 静まり返った教室の中ではフズマのさほど大きくない声も十分に聞き取れた。雰囲気と裏腹に話し方ははっきりしており聞き取りやすい。


 あなたはフズマの板書を要点をまとめながらノートに写していく。




「皆さんご存じの通り、祈機騎刃EOE魔導人形ゴーレムから発展し、開発されたものです」

「ではこの魔導人形ゴーレムが何を目的に作られたかというと、魔物に対する防衛です。

 例えば魔竜なんかがそうですし、最近は減りましたが大怪鳥による被害も昔はひどいものでした」


 カッカッと黒板にチョークの当たる音が軽快に響く。


「攻撃用の魔法を打ち出す大砲を背負い、魔力で動く鋼鉄の人形……魔導人形ゴーレムはおよそ百年前には実用化されたと言われています」

「とはいえ、最初は五メートル程度の大きさでゆっくりと歩くことしかできない、

移動砲台のようなものでした。現代の祈機騎刃EOEと比べるとかなり心もとないものですが、それでも獣人なんかの小型の魔物退治には十分役立ったそうです」


 黒板に『約百年前、魔導人形ゴーレム実用化』と書き込まれる。


 あなたはそれをノートに書き写す。


魔導人形ゴーレムの持つポテンシャルに注目した当時の人々は、より大型の魔物にも対抗できるよう改良を始めました」

「もっと強力な魔法を撃てるように、もっと魔力をたくさん詰めるように、もっと速く動けるように……そうした願いを詰め込んでいった結果、魔導人形ゴーレムはより強く、大きくなっていきました」


「この時期の魔導人形ゴーレムの在り方は『加重砲甲主義』と言われます」

「攻撃手段である大砲も装甲も前より重く、強力なものへ……それを何十年も繰り返してきましたが、ついに限界が訪れました」




 『加重砲甲主義』




 黒板に赤いチョークでいかにも重要そうに書かれたその言葉を、あなたはノートに赤いペンで書き写した。


「今から約四十年前、人魔共同主義連邦デモニガイズにて開発された魔導人形ゴーレム、グリンデン……

 今運用されている祈機騎刃EOE、グリンデンの原型に当たる機体ですが、この機体は過去の魔導人形ゴーレムすべてを時代遅れにする名機であり、同時に魔導人形ゴーレムの発展を止めてしまった機体でした」




 【グリンデン】




 魔導人形ゴーレムとしても、祈機騎刃エッジオブエレメンタルとしても有名な機体だ。数年前までは、祈機騎刃エッジオブエレメンタルと言えば【グリンデン】を指すものだったくらいだ。

 それがあなたの印象だが、恐らく世間一般もそう変わらないだろう。




 『三十年前、グリンデン完成』



 

「天才的な設計と無駄を省いた効率的な魔力配分によって優れた性能を示したグリンデンはあっという間に普及しました。その優秀さから人魔共同主義連邦デモニガイズ以外の他二国も自国で生産を始めるほどだったと言います」

「実際に魔物退治に投入されたグリンデンは大きな効果を発揮し大怪鳥など多くの魔物の駆逐に貢献してきました」


 しかし、とフズマは話を止める。


「グリンデンをもって魔導人形ゴーレムの加重砲甲主義は限界を迎えました。

 当時量産できた魔力機関の性能をギリギリまで使っていたからです」

魔導人形ゴーレムを構築する鋼の身体や攻撃用の武装は進歩を続けてきた一方、動力源である魔力機関の進歩は遅々として進みませんでした。グリンデンの完成後も状況は変わらず、細々としたマイナーチェンジが繰り返されるばかりでした」


「この状況を打破するきっかけとなったのが、皆さんも扱う契霊杖ケイレイジョウの存在です」


 ピタッ、と手を止める。


 契霊杖ケイレイジョウ

 騎士がその手で扱う武器であると同時に、祈機騎刃エッジオブエレメンタルの武器にもなる精霊の力を宿した神器。


契霊杖ケイレイジョウを媒介として精霊の持つ膨大な魔力を取り出せるようになった魔導人形ゴーレムは今までの停滞を吹き飛ばすような進化を遂げました。

 その発展ぶりは、時代を百年は進めるようなものだったとも言われています」

契霊杖ケイレイジョウを持つ魔導人形ゴーレムは新たに精霊の刃『エッジオブエレメンタル』という名を与えられました」


「希代の名機であるグリンデンも魔導人形ゴーレムではなく、契霊杖ケイレイジョウを持つ祈機騎刃エッジオブエレメンタルとして再生産が始まりました。

 契霊杖ケイレイジョウにより出力に余裕が出来た以上、伝統の『加重砲甲主義』による重武装化、重装甲化が進むと誰もが思っていました」


「しかし、契霊杖ケイレイジョウの持つ力がその予想を覆したのです」


「昨年行われた祈機騎刃エッジオブエレメンタルの性能試験会にて登場したヴァンドノートは模擬戦で重装甲化、重武装化が施された改良型のグリンデンを瞬殺しました。

 続く戦いでは五対一という数の不利をものともせず、傷一つ負うことなく勝利したと言います」


契霊杖ケイレイジョウを用いた接近戦では、優れた乗り手が乗った祈機騎刃エッジオブエレメンタルはまさしく一騎当千の力を持つと証明したわけです」

「こういったヴァンドノートの活躍もあり、現在の祈機騎刃エッジオブエレメンタル開発は従来の『加重砲甲主義』は鳴りを潜め、接近戦を重視する『白刃剣戟主義』が主流となっています」




 あなたは熱心にノートにペンを走らせている。


 板書はとっくに移し終えている。フズマの話も頭に入ってこないまま、ペンは止まることなく何かの姿を描き出していく。


「……というわけで、『加重砲甲主義』を進めたグリンデンと『白刃剣戟主義』を一気に広めたヴァンドノート。この二機が祈機騎刃エッジオブエレメンタルの歴史で特に重要な機体と言えるでしょう」


 フズマがそう言い切った途端、見計らったかのようにタイミングよく授業終了を知らせるチャイムがなった。

 フズマは礼をすると早々に教室を去って行った。




 それでもなお、あなたの手は止まらない。


 生徒たち続々と席を立ち教室を後にする中、隣の席の友人に声をかけられようやくあなたはペンを止めた。

 

 一心に書き続けたノートには、祈機騎刃エッジオブエレメンタルが荒いスケッチで描き出されていた。周囲には事細かにメモが書き加えられている。

 

 それは今はどこにもない、あなたの頭の中にのみ存在するものだ。想像の中でのその機体は巨大な魔物の群れを次々と斬り捨て、人々を救い出して見せた。


 今は旧型の訓練機しか扱えないあなたの、あなただけの専用機。

 騎士なら、誰もが夢見て止まない存在だ。


 状況を呑み込めていない友人に拳を突き上げ、それがどういう機体なのか嬉しそうに語りながら……。




 いつか必ず、こんな機体に乗ってみせる───と、あなたは強く誓うのだった。

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