第36話 その王女、危険につき

 人魔共同主義連邦デモニガイズの王女セナリス・レーヴェラルトについてゼオが知っていることは少ない。


 だが彼女が王女という立場に見合うだけの人物であることはよく分かっている。

 美しい外見と愛嬌のある笑顔と裏腹に、彼女の瞳は人間とは思えないほどの冷徹さを見せることがあった。

 初めて彼女と会った時、ランシア様が会わせたがらなかったのもよく分かる。






 そんな彼女が今、カフェのカウンターでゼオの横に座っている。今までにないくらい近くに居る。


 恐る恐る表情を伺うとニコッと微笑みかけてきた。何も知らないなら照れて顔を逸らしていたかもしれないが、今のゼオはとてもそんな気になれない。

 隙を見せたら食われかねない。そんな気がしていた。


「ふふふっ、そう警戒しなくてもいいのに」


 身構えたままのゼオを見て彼女は笑う。そのまま彼女は視線を空になったゼオの皿へと移した。


「すみません、私にも彼と同じものを。あと、コーヒーを二つ」


 かしこまりました、とカウンターの女性が応えた。


 すぐにコーヒーが出て来て一つはセナリスの元に、もう一つは当然ながらゼオの前に置かれた。

 セナリスが自分のコーヒーを手に取り口を付け、ゼオにも飲むように促す。御馳走してくれたのだから、いただくしかない。


「い、いただきます」

「……っ、苦」


 想像以上の苦みに思わず口を離してしまった。どうやら記憶を失う前の自分はコーヒーが苦手だったらしい。

 そんなゼオの様子を見て楽しそうに笑うセナリスの元に、ゼオと同じホットケーキが置かれた。


「どうぞ、彼と同じホットケーキです」


「これは美味しそう……いただきます♪」


 あむっ、とホットケーキを口に含むと彼女は幸せそうな笑みを浮かべた。


 彼女に対する心境は複雑なゼオだが、自分と同じものを食べて喜んでいるのを見ると少し嬉しく思ってしまう。

 緩んだ気を引き締めようと、ゼオはコーヒーに砂糖を入れ口を付けた。相変わらず苦いままだが少しはマシに感じる。


「ところで、ゼオくんは街に何か用事があるの?」


 ホットケーキを口に運びながらセナリスがゼオに問いかけた。


「そういうわけでは……記憶喪失になってから街に出たことはないので、少し見て回ろうかと」


「そう。一人で?」


「えっ……まあ、はい」


 嫌な予感がした。


「じゃあ、私が案内してあげようかっ♪一人で見て回っても、つまらないでしょ?」


「い、いえ!そんな、お忙しいでしょうし……」


「いいのいいのっ♪決まりね、ふふふっ♪」


 彼女は満面の笑みを浮かべて残るホットケーキをぱくっと口に含んだ。

 そのまま懐からカフェの代金をゼオの分も含めカウンターに置くと、ゼオの手を引きカフェの出口へ向かった。


「せ、セナリス様っ!」


 ゼオは彼女を止めようとした。それこそ、無理やり腕を振り払うくらいには。


 だがそんなゼオの抵抗は全くの無意味だった。全力で抗ってもなお彼女に引っ張られてしまう。

 そのまま、ゼオはカフェの外まで連れ出されてしまった。


「セナリス様、お待ちを……っ!」


 息を荒くしながら絞り出すようにそう言うと、セナリスはやっと手を離してくれた。


「はあ、はあ……セナリス様、いくらなんでも……」


 膝に手を付き荒れた呼吸を整え顔を上げると、セナリスとその後ろに居る軍服を着た大柄な男性たちの姿が目に写った。恐らく、王女であるセナリスの護衛だろう。


 彼らは総じて筋骨隆々の身体をし、頭には角を生やしていた。

 亜人───蛮鬼オーガの血が流れているのだろうか。


「今日は彼と一緒に居るから、護衛はいらないわ。ユーガリオ」


 彼らの中でも一際屈強で強面な男性に向けて、セナリスはそう告げた。


 ユーガリオと呼ばれた男は何も言わず、ぬっと身を屈めその強面をゼオに近づけた。近くで見ると一層威圧感のある顔だっ。小さな子供なら泣いてもおかしくない。

 

 彼は恐らくセナリスの護衛部隊の隊長……なら、きっと反対してくれる。


 そう思っていたのだが。


「……申し訳ない、少年」


「え……?」


「姫様が決めたのであれば、我々は従うしかない。何を言っても聞いてくれんのだ」

「そういう訳で恐らく振り回されるだろうが、どうか姫様のことをよろしく頼む」


「えっ、ちょ、ちょっと!?」


 強面を申し訳なさそうな苦笑いに変え、ユーガリスはゼオにセナリスのワガママに付き合うよう頼み込んできた。

 ゼオが何か言う前に、彼はそのまま部下を引き連れぞろぞろとその場を後にした。




 後にはゼオと、楽しそうに笑うセナリスだけが残された。


 唖然としたゼオの顔を、セナリスがすっと覗き込んだ。


「ふふふっ、そんなに怯えないで……デートだと思って、楽しみましょ♪」


 



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