第33話 街へ出かけよう
数日後、早朝。
学生寮の裏手、いつもの鍛錬場にゼオはいた。そばにはヒューグがぬいぐるみの姿でリュックから顔を覗かせている。
ゼオは眼を閉じ剣を構えていた。数分間はこのまま身動き一つしないでいる。
その正面には訓練相手代わりの小さな丸太が縦に置かれていた。
彼は今、己の内の魔力に意識を向けていた。波のように寄せては返し、一定しない魔力が安定するのを静かに待ち続けていた。
サクラシアに教わった、魔力を扱う感覚に身体を浸していると──。
前触れなく、その瞬間は訪れた。
内に宿る魔力をかき集め
「『
淡い光を纏った剣が振り下ろされると、剣の軌跡から突風が放たれた。
突風は丸太へ突き進みぶつかると、バリバリと表面の皮を削り取り、そのまま数メートル上空へ打ち上げた。
「……ふう」
「ヒューグさん、時間は?」
集中力が途切れ、額ににじんだ汗を拭いながらゼオはヒューグに問いかけた。
「ジャスト3分。適正属性の下級魔法なら、このくらいで使えるようにはなったな」
────魔法を構成する要素は二つある。
一つは属性。魔法には基本となる火・水・地・風の四大属性があり、このうち誰でも一つは身体に馴染み、扱いやすい属性があると言う。この属性を適正属性と言い、どの属性から魔法を修めていくかの指針になるそうだ。
大抵の人間は適正属性を一つ持つだけだが、複数持つものもいないわけではない。大魔法使いとして史書に載るような人物ともなれば、四つすべてに適性を持つこともあるそうだ。
もう一つは
これらはヒューグが三百年前に主のランメアから教わったものだが、現代でもそう変わっていないらしい。
ヒューグが蘇りゼオと戦った時、ゼオは風の魔法と光の魔法を使っていた。
『
どちらも四文字級、上級魔法だ。
「……先は長そうですね」
「なーに言ってんだ。普通ここまで覚えるのに3か月はかかるぞ」
下級魔法ですら使うのに三分かかるのに、上級魔法を使えるようになるのはいつの日か。
表情を曇らせたゼオを励ますようにヒューグは言う。
実際、ゼオの修得のスピードはかなり速い。
記憶を失っただけで、感覚的な要素は身体が覚えているのだろう。
だが、ゼオはそれで納得はしない。
いつもは温厚な彼だが、かつての強さを取り戻すことに関しては驚くほど貪欲だ。
記憶喪失による不安や孤独を、強さを取り戻そうと努力することで誤魔化しているのかもしれない。
この数日、ゼオの様子についてあれこれ考えているヒューグを置いて、ゼオは鍛錬を続けようと剣を構えた。
「──待った!」
ヒューグの声に、ゼオは構えを解いた。
ヒューグはぬいぐるみの姿のまま眉をひそめている。
「ヒューグさん、何ですか?」
「何ですか、じゃねえよっ。お前、今日が何の日か忘れたのか?」
何の日?
パッと思いつかない。特に何かの記念日ではなかったと思うが──。
「今日は学園が休みの日だろっ!!お前、休みまで朝から晩まで鍛錬する気か?」
えっ……。
「いや、休みだからこそ好きに鍛錬できるんじゃ……」
「好きに鍛錬って何だよ……あのな、お前今まで学園と寮の行き来で外出てないだろ」
確かにそれはそうだ。
だが、特にそれを悪いこととは思わない。
「アホっ!」
「ただでさえ記憶喪失で世の中を知らないくせに、貴重な休みに街に出ないでどうすんだ!このまま世間知らずを加速させる気か?」
う゛っ……。
確かに、それはマズい。
「それにな、鍛錬するのが悪いとは言わんが、世の中を知らないで鍛えてばかりだと考えが
「あと、アレだ。オレは鍛錬飽きたし、何か甘いものでも買ってくれ。アップルパイとか」
……。
一番最後のが本音のような気がする……。
とはいえ、ヒューグの言い分も分かる気がする。ゼオとしても、街の様子が気にならないわけではなかった。
「あと、ホラ。お前のお姫様も探さないとな?」
「はあ……わかりましたよ。食堂も閉まってますし、今日は食事は外で済ませましょうか」
ヒューグが最後に思い出したように付け足した言葉に呆れながら、ゼオは出かける準備のため鍛錬を終え部屋に戻った。
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