第6話 護るものと護られるもの②
「この学園には、
「当然、表沙汰にはできないから地下を使うことになって……そういう場所が、今も残ってんだとよ」
ファンガルの話を聞きながら、二人は地下深く続く階段を下りて行った。目的地の旧第三倉庫は現在は使われておらず、封鎖はされていないもののほとんど人は寄り付かない。たまに魔法の練習に使うものがいるくらいだそうだ。
何かを秘密裏にこなすにはうってつけの場所と言えた。
ガチャ、と扉を開け中に入ると、巨大な空間が広がっていた。打ちっぱなしのコンクリートが剥きだしの無機質な空間は、まるで時が止まってしまったかのようだった。
中央に設けられた広く大きな天窓から差し込む陽の光で、照明もないのに中は意外と明るい。
「それにしてもデカいな……なあ、ファンガル」
「……あァ」
ファンガルのあまりに適当な返事を、ゼオは聞き流した。
コツコツと乾いた足音を響かせ進みながら天井を見上げる。
ゼオの
この場所に、何か手がかりがあるのか。広大な空間には所々置き忘れたゴミがあるくらいだ。
(でも、ランシア様のくださった情報……きっと何かあるはず)
はやる気持ちを隠そうとせず、ゼオは倉庫の中央に向け進んでいく。
「……」
その様子を、ファンガルは何も言わず後ろからじっと見ていた。
この場所に来てから、どこか様子がおかしい。
彼はそっと、忍び寄るかのように静かにゼオに近づいていく。
手には、いつの間にか得物の大剣が握られていた。
ずっしりと重く、獣人の
ヒュンッ、と風を切る鋭い音がした。
ガギンッッッ!!!
「……オイオイ、どうなってやがる」
冷たく抑揚のない声音だった。
「……テメェ、何しやがる!?」
ゼオの身体に憑依したヒューグが叫ぶ。
尾行を警戒し、リュックの中から背後を見張っていなければ回避できなかっただろう。ついさっきまでゼオがいた場所の床は砕かれ、穴が開いていた。
本気で振り下ろしている。冗談では済ませられない。
「完全に死角から殴っただろうがよォ、ケツに目ェ付いてんのか?あ゛?」
ヒューグの問いに答えずダルそうな声を出しながら、ファンガルはまた剣を振る。
「っ、いい加減にしやがれッ!!」
手を伸ばし、指先に意識を集中させる。魔力の流れをイメージし、指先に留め一気に解放した。
目を開けていられないほどの突風が吹き、ファンガルの動きが止まる。
その隙にとん、とんと距離を取り、ゼオのネックレスを手に取った。
見よう見まねで握りしめ、念を込める。剣がなければ対抗できない。幸い思いが通じたのか、ネックレスはふっと剣に形を変えてくれた。
次の瞬間、ファンガルの剣先が迫る。それを最小限の動きで躱す。剣があれば、やりようはいくらでもある。
「デカブツ相手は、慣れてんだよッ!!」
全力で突進した。
ファンガルの太刀筋は大振りなものばかりで、ヒューグからすれば見切るのは容易い。身を屈めた直後、自分の頭があった場所を剣が薙ぎ払う。髪が数本巻き込まれたが気にもならない。
あっという間にヒューグの間合いになった。ヒューグの一撃をファンガルは受け止め、鍔迫り合いになる。
全力で体重を込め押し込むが、まるでびくともしない。大木を相手に相撲を取っている気分だった。
「……テメェ、何者だ?」
「はあぁ!?いきなり、何を……」
「杖なしで魔法を使える人間なんて、そういねぇだろうが。そのガキは絶対に違う」
「誰か、別の奴が身体借りてんのか?」
思わぬ質問の後に図星を当てられ、思わず怯む。だが、それを気取られては崩される。
「雑な太刀筋しやがって……!テメェの方こそ何者だよっ!!」
声を荒げ、掛けられるプレッシャーに対抗する。
ファンガルの太刀筋は、一度実技の授業で目にしている。
それに比べれば、さっきの剣の振りは雑だ。特に剣の返しが遅い。自分の力に振り回されているような、手足に糸を付けられ誰かに操られているかのような、そんな印象を受けた。
(こいつも、誰かに操られている……!)
ファンガルの左手が迫った。鋭い爪を飛び退いて避ける。
仕切り直しだ。
更に後ろに下がり、十分に距離を取った。
(しっかし、どうする?操ってる相手を見つけて倒すか……?)
生憎、そういう絡め手の相手は姫様が務めてきた。俺は考えず斬ることしかできない。
面倒だ、動けなくなるまでボコボコにするか。
「……面倒だなぁ」
ちょうど、ファンガルの中にいるそいつも同じことを口にした。ふと気づくと、奴の大剣が光を放っている。
ぞっ、と鳥肌が立った。嫌な予感がする。
昨日、ゼオと初めて会った時のことを思い出す。
剣が光を放ち、粒となって散り、そして、
その光景をなぞるかのように、ファンガルの大剣が光の粒になって消えた。
空間が
亀裂が生まれ、次第に広がっていく。
十分な大きさまで広がると、内側からそれが姿を見せた。
「フフフフ……ハッハハハハハハ!!!」
それも、ゼオが呼び出したものと同じ、【ヴァンドノート】と呼ばれる機体が顕現した。
唯一、手に握る得物はファンガルと同じ大剣になっている。
「おいおいおい、冗談だろ……!」
20メートルある機械の巨人と戦う方法なんて想像がつかない。
踏みつぶされたらそれでお終いで、こっちの攻撃が効くはずない。
既にファンガルはコックピットに乗り込んでしまっていた。
となれば、逃げるしか。
ヒューグは背を向け走り出した。ここに入ってきたドアは【ヴァンドノート】を挟んだ向こう側だ。とても向かう気にはなれない。
『おぉっとォ、逃がすかよ!』
ファンガルの声が響く。全速力で走りながら、ヒューグは後ろを振り返り戦慄した。
【ヴァンドノート】が大剣を持ち上げ、まさに振り下ろそうとしていた。
ただでさえ重く、コンクリートの床に穴を開ける威力があった大剣が、10倍の大きさに拡大されている。
それを
『一撃で死ぬんじゃねぇぞぉッ!楽しませろォォーーっ!!』
大剣が振り下ろされた。風が巻き上がり、凄まじい質量が近づいて来るのを感じた。
その瞬間、ヒューグは走る向きを直角に曲げ、なるべく剣から離れようとした。
そして。
ズズゥゥン、と学園中に地響きが聞こえた。
舞い上がる突風と衝撃波にヒューグは足を浮かされ、なすすべなく床を転がった。轟音と衝撃で耳鳴りがする。頭が回らない。
それでも、立ち上がらなければ。このままでは死ぬ。ゼオもヒューグも、二人まとめて。
(せめて、ゼオだけでも……)
必死の思いで立ち上がり見上げると、既に【ヴァンドノート】は大剣を持ち上げていた。
今度は、逃げられない。
『どぉしたァ!まだ来ねェのか!!あぁあ!?』
何を言っているか理解できない。
そもそも、誰に対して言っている?
『チッ……もういい』
大剣が、振り下ろされた。迫る殺意を、ヒューグは見上げながら睨み続けた。逃げられないならせめて、最後の瞬間まで、そうしてやろうと。
故に、ヒューグは気づかない。
床に、小さな亀裂が走っていた。中から淡い光が漏れている。
ヒューグが睨みつけている間に、
床が割れているのではない。床の上の、空間が割れていた。
そして、亀裂の中から【それ】が姿を見せる。
勢いよく飛び出した【それ】は、【ヴァンドノート】の首を掴み突き上げた。【ヴァンドノート】の両足が床から離れ、宙に浮く。
「……こいつは」
突如現れた新たな巨人に、ヒューグは見覚えがあった。
昨日、ゼオと共に
【ヴァンドノート】や、オレイアの【レプテンツァール】とは違う。騎士を模したものではない、悪魔のような姿の巨人。
【ヴァンドノート】の首が鈍い音を立てる。凄まじい力で掴まれ、金属が捻じ曲げられているのだ。装甲やフレームごと握り潰されている。
まるで生身の人間の首を絞めているかのように。敵意と、殺意が込めれていた。
そのまま、無防備な【ヴァンドノート】の腹に乱入機の拳が叩き込まれた。
腹部に拳がめり込み、紙切れのように吹き飛ばされ、倉庫の壁に叩きつけられる。
あまりの衝撃に倉庫全体が揺れた。
「……っ、まさか」
あの時もそうだった。こいつは、俺たちを助けてくれている。
ふと、乱入機がこちらを向いた。悪魔のような恐ろしい
そのままずしん、と膝をつくと、胸のあたりにあるハッチが開いた。やはり、誰か乗っている。
中から現れたのは、女だった。
貴族科の食堂で、ゼオもヒューグも美しさに目を奪われた、銀髪の女性。
冷たく見下ろすその顔から、どんな感情を抱いているのかは読めない。
「あんたは……」
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