第5話 護るものと護られるもの①
実技の授業を終え、ゼオとファンガルは学園内の食堂に居た。陽の光が差し込む、雰囲気のいい場所ではあったが、目立つのを避け端の席に座っている。
「しかし、さっきのはなんだァ?二刀流なんて使えたんだな、お前」
「……ああ、まぁね」
ヒューグが勝手に身体を乗っ取り、ゼオに変わって戦っていたことは本人から聞き出した。今は反省しているのか、リュックの中で大人しくしている。
「それより、これからどうすんだ?俺のお姫様探すにしても、どうする気なんだ?」
「心配すんな、ちゃんと考えてんよ」
ファンガルが言うには、学園は午後からは基本自由行動らしい。とはいえ、殆どの生徒は自分で目的を定め、行動している。
依頼や任務をこなしたり、訓練相手と特訓したり、或いは座学の勉強をしたり。
ファンガルはその時間を使って、まだ見ぬゼオの主人を探すつもりらしい。
「……で、どうやって探すつもりなんだよ?」
「そりゃあ、聞き込みしたりとかさァ……」
もっと具体的な案があるかと思ったらこれだ。ゼオは呆れながらため息を吐いた。その態度にファンガルは不満そうに唸る。
「そういうゼオは、考えてんのかよ?例のお姫様のこと」
うぐ、と痛いところを突かれた。実際、お姫様探しはかなりの難題だ。
何せ、自分から姿を見せようとしない相手を探すのだ。学園内にいるという保証はない。そもそも、実在するかすら定かではない。
「たぶん、貴族科にいるとは思うんだけど……」
「おいおい、貴族科は一般生徒は立ち入り禁止だぜ?」
「んなっ、マジか!?」
はぁー、とひときわ大きなため息が漏れた。確かに、この食堂も雰囲気はいいが雑多な感じがする。賑やかな町の大衆食堂といった感じだ。
貴族のお坊ちゃまやお嬢様には似つかわしくない。
そうなると、一般生徒から聞き込みするしかないのか。上流階級の横のつながりを利用できないのはかなりの痛手だろう。
「おいおいおい、そんなに落ち込んでどうした?」
声をかけてきたのは実技の教師のシラサだった。授業の時間外でも、相変わらずゆるい雰囲気をしている。
彼も昼食をとっているかと思ったが、おにぎり一つ手に持っているだけだった。
「先生ェ、それで足りんの?」
「言ったろ。金欠だって……で、どうした」
貴族科で主について聞き込みがしたいことを伝えると、シラサはあーと薄い反応を示しながら、意外な言葉を口にした。
「貴族科行きたいなら、許可出すぞ。教師の許可あれば通れっから」
「本当ですか!」
「ああ、マジマジ。誰でもってわけじゃねえが、まあお前らなら悪さはしねえだろ」
そういいながらシラサはコートの懐から一枚の紙を取り出し、それにサインし差し出した。
「これで通れる。一日だけだから、また行きたいときは要相談な」
「いや、助かります……ありがとうございます、シラサ先生」
「ゼオとの斬り合いで約束破ったときはなんて奴だと思ったが、やるじゃねェか!」
うるせえとファンガルを睨みながらシラサはくるっと背を向け去っていった。その背中に改めて感謝を伝えながら、ゼオはあることに気づいた。
「あ、領収書……代わりに払ってくれたのかな」
「へえ、結構律儀なとこあるんだな」
見た目によらない意外な一面に感謝しながら、ゼオとファンガルは残りの食事をたいらげた。
そして、謎多きゼオのお姫様の手がかりを求めて、貴族科の校舎へと向かった。
本校舎と分けられ別棟になっている貴族科の校舎は、やはりというか荘厳で豪華な外見をしていた。
入り口で警備員に許可証を見せ、重厚な門を通り中へと入る。
「……すごいな、これ」
「あァー……金かかってんなー……」
中は廊下まで絨毯が引かれ、絵画や壺が飾られていた。明らかに一般人が来るところではない。ゼオもファンガルも気後れする一方、ヒューグはもぞもぞ動きリュックから顔を出した。
(ほー……こういうとこは、三百年前と変わらねぇな)
ヒューグは逆にあまり気にしないタイプだった。長い間主人のランメアと二人旅してきたから、というのもある。
実際には礼儀知らずなだけだが。
ともかく、二人は案内板を見つけ校舎の構造を把握した。そして聞き込みのため人の居る場所へ向かおうと、ひとまず食堂へ向かった。
「あの、すみません……あっ」
「あら……ゼオさん。ふふっ、こんにちは」
貴族科の食堂にて、ゼオが聞き込みのため声をかけたのはよりによってランシアだった。
ゼオが護衛を務め、その実力を認め
だが、こんな形で会うことになるとは思っていなかった。気まずさを感じるより早く、彼女の傍にいた女生徒が席を立ちゼオの前に立ち塞がってきた。
「貴様、よくもぬけぬけと……!」
彼女の剣幕は凄まじくいつ剣を抜いてもおかしくない勢いだった。ゼオもファンガルもすっかり怯えてしまっていた。
「待ちなさい……!まったく、それが私の恩人に対する態度ですか」
ランシアの一声で、彼女は渋々と構えを解いた。だが、未だゼオを鋭く睨みつけてきている。
「ゼオさん、彼女のことは気にしないでください。それで、何か御用ですか?」
女生徒と裏腹にランシアはニコニコと朗らかに笑っている。視線が気になるところだが、ゼオは一先ず気にしないことにした。
「えぇーと……その、僕が仕える主のことなんですが……」
「っ、貴ぃ様ぁ゛ぁ゛あ゛っ!!馬鹿にしているのかあ!?」
怒鳴り声にびくっとしてしまった。彼女は髪が逆立つほどの怒気を放っていた。
「ランシア様の好意をォォォ……!使える主がいると言って、貴様は断ったのだぞ!!
「なぁぁのぉにっ、その主のことをランシア様に聞くとは……恥を知れぇっ!!」
怒りを込めすぎて唸るように叫ぶ女生徒に、ゼオはしゅんと縮こまるしかなかった。これはもう、大人しくしているしかない。一方、横で聞いていたファンガルが口を挟んだ。
「あのなァ、ゼオは記憶喪失で、そういうの……!」
「黙れ、犬」
冷水のような冷たい声音にファンガルもしゅんと縮こまってしまった。
あまりにも弱い。
「クラハ、いい加減にしなさい。ファンガルさんの言う通り、ゼオさんは記憶喪失なんですから」
「ランシア様、しかし……!はあっ……」
主からの二度の言葉で、ようやくクラハと呼ばれた生徒は怒りを収めた。いつまた地雷を踏むかわからないが、今のうちに話を進めるしかない。
「その……ランシア様の好意を断った際にもお話ししたのですが、私には仕える主がいたようなのです。しかし、その方は未だ姿を見せず、手がかりも女性ということくらいしかありません」
「……
「何か、ご存じではありませんか……?」
言い切ったあと、ゼオは頭を下げた。ファンガルも続いて頭を下げる。
「お二人とも、顔を上げてください」
「確かに、
ランシア様、とクラハが苦い顔をする。だが、ランシアは構いもしない。
「実は勝手ながら、あなたのことを色々と調べさせてもらいました。残念ですが、あなたの主人にあたる御方は我々も把握できていませんが……手がかりなら一つあります」
「もう少し情報が纏まってからお伝えするつもりだったんですが、急ぐようなら今ここで伝えましょう」
「ランシア様……ありがとうございます!」
「ふふふ、どういたしましてっ」
にこっとランシアは愛らしく笑った。その傍らでクラハがメモにサラサラとペンを走らせ、すっと差し出してきた。
「内容は口に出すな。見た後はすぐ処分しろ……お前の情報は高値で取引されていることを肝に銘じておけ」
しれっと恐ろしいことを伝えられ、冷や汗が流れた。有名人になることの恐ろしさを痛感した。
「あー、私も同行しようと思ってたのに」
「冗談はおやめください。この後の予定もあるんですから」
からかうような口調でいたずらっぽく言うランシアに、クラハが冷静に返した。
はあ、と一息ついてからランシアは席を立った。
「ゼオさん、我々は予定があるので失礼します。ご主人が見つかること、祈っています」
「もし、見つからなかった時は……ふふ、いつでも待ってますよ」
ぺこり、と頭を下げてからランシアは背を向け去っていった。後に続くクラハは、最後までこちらを睨みつけていた。
「……優しいよなァ、ランシア様。ゼオ、お前まだチャンスあるってよ!」
「いやー……あれはたぶん」
(逃がす気はない、って意思表示だろうなー……)
のんきなファンガルに対し、ゼオとヒューグはある種の危険を感じていた。もし少しでも誘いに乗っていれば、そのまま外堀を固められていただろう。
だが、彼女の情報が助けになるかもしれないこともまた確かだ。周囲に人がいないことを確かめ、クラハの記したメモを確認した。
「……」
「おい、オレも……」
すっ、とファンガルに見せる。
「字ィ汚……んー」
「よしよォし、把握した」
メモに書いてあったのは、学園内の場所だった。旧第三倉庫……そこに何か手がかりがあるのだろうか。
「一応、周囲に注意していこう。誰かに尾行されるかもしれないからな」
「んー、だなァ……」
ファンガルも頷き、きょろきょろと周囲を伺う。ヒューグもそーっとリュックから顔を出し辺りを見回した。
食堂に人はまばらで、話が聞こえる距離には誰もいない。
(俺も尾行されてないか探しとくか)
(……ん、ゼオ?)
ゼオの様子がおかしいことに、ヒューグは気づいた。首が横を向いたまま固まっている。口もぽかんと開いたままだ。
視線の先には、二人掛けのテーブルに座る女性がいた。
遠目ながら、常人とは雰囲気が違う。午後の温かい柔らかな日差しを受けて、色素の薄い神秘的な長髪がキラキラと輝いていた。静かに手元の本に目を落とす横顔も相まって、まるで絵画のようだった。
(美人だなー……)
ゼオが固まってしまったように、ヒューグもまた彼女に見惚れてしまった。
「ゼオ……おい、ゼオ?」
ファンガルの声でゼオはふと我に返った。
「どうした、ボーっとして。何かあったか?」
「あぁ、いや……何も」
まさか美人に見惚れていたなんて言えるわけもなく、ゼオは適当にごまかした。顔が熱くなっているのを自覚しながら、再び彼女の居た場所に目を向けた。
そこには、はじめから誰もいなかったかのようにテーブルとイスが置いてあるだけだった。
(……気のせいだったのかな)
もちろん声をかけたりするつもりなどなく、もう一度見れたら程度の気持ちだった。だが、それが叶わず意外とショックを受けている自分がいることに、ゼオは驚いていた。
(……)
一方、リュックの中でヒューグはただ一人神経を張り巡らしていた。ゼオが見惚れていたあの女性から視線を外し、再び視線を戻しいないことに気づいた直後、鋭い感情が突き刺さるのを感じていた。
経験から言えば、敵意に近い感情。それをあの消えた女性が発していたかどうかは分からない。だが、確実に何か起こることになるだろう。
(……穏やかじゃねぇな、まったく)
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