第4話 実技の時間


「ゼオ」


 ファンガルの後を追い廊下を歩いているとリュックからヒューグの声がした。座学の間にかなり落ち込んでいたようだが、立ち直ったらしい。


「さっきは、その……悪かったな。迷惑かけて」


「いいんですよ。気にしないで」


 下手な注目を浴び、気疲れはしたがまあその程度のことだ。

 ヒューグはゼオの優しさに感謝しながら問いかけた。


「で、今から何するんだ?お姫様探しか?」


「まだ授業があるんですよ。今度は外で、実技の授業です」


 実技か、とヒューグは呟いた。

 もともとロクに学校に行ってないヒューグからしてみれば、座学は退屈でしかなかった。だが実技ならそれなりに楽しめそうだ。一人の剣士として、三百年後の剣術がどんなものなのか興味もある。

 

「……その割にはお前、剣持ってないじゃないか」


「持ってますよ。今は形が違うだけで……」


 光ったり大きさを変えたり、ゼオの持つ剣には秘密が多い。座学の最後の方で、確か契霊杖ケイレイジョウと呼ばれていたのは覚えている。


(……杖じゃないだろ。どう見ても剣なのに)


 


 制服のまま校庭に向かうと既に三十人ほどの生徒が集まっていた。生徒は座学の時と同じく4つに分かれて固まっており、ゼオはファンガルの後に続いて端のほうに向かった。


「なあファンガル、これもしかして派閥なのか?」


 そう聞くとファンガルはああ、と頷いた。


「親が三大国家の騎士とかだと、子供も将来跡を継ぐだろ?自然と派閥が出来てんだよ」


 そうなると、一際睨みつけるような視線を感じる集団が聖領守護騎士団リッターヘイムだろうか。ゼオは彼らの王女の誘いを断ったのだから、恨まれていても当然だ。

 もちろん、他の生徒たちもじろじろとこちらを見ている。落ち着かないが、慣れるしかない。


「よー、全員集まってるか?」


 声のしたほうを向くと、くたびれたコートを着た若い男性が立っていた。実技の教師なのだろうが、なんというからしくない。喋り方も間延びしていて、口元はへらへらと笑っている。真剣さに欠けているという印象だった。


「おっ、有名人。怪我したばかりだろ~?大丈夫かあ?」


 声をかけられると思わず、驚いて固まってしまった。大丈夫です、と返したものの、まさか教師にまでイジられるとは。心配してくれるのはありがたいが、やはりどうかと思う。


 チャイムが鳴ると、男はダルそうに首や肩を回しながら話し始めた。


「実技の教師のシラサだ。ひとまず、安全装置セーフティ外していいぞ」


 生徒たちの手に次々と剣や刀、槍と言った武器が現れた。ファンガルも得物の大剣を握っている。


「ゼオ、教えた通りにな」


 ファンガルの言葉に頷きながら、首から下げていたネックレスを外し手に取る。十字架の形をしたそれに目を閉じ意識を集中させる。

 目を開くとそれは剣に変わっていた。


(なるほど。流石にいつも剣を持たせとくワケないか)


 リュックの中から様子を伺うヒューグは既に実技の授業に興味津々だった。


「よぉし、よし、よし。問題ないな」


 シラサの手には、細身な体格に似合わない大ぶりな刀が握られていた。あれが彼の契霊杖ケイレイジョウなのだろう。


「まず言っとくが、騎士には色んなり方がある。ガンガン斬り込んで言ったり、魔法主体で援護に回ったりな。それは別にいい。素質もあるし、適材適所ってもんだ」

「だが、契霊杖ケイレイジョウ持ってるからには最低限自分の身は守らにゃあイカン。自衛も出来ないと、マジで傭兵でも雇ってくれないからな」


 これは実体験だからマジだぞ、と付け足す。


「そういうわけで、今日の授業では実戦形式で全員オレと斬り合ってもらう。もちろん、保護魔法付けるから安心してくれ」

「斬られると多少痛みはするが、その方が覚えが早いんだ。我慢してくれや」

「あ~……ソレと、魔法使うのはナシな。オレも使わないから」


 いきなり教師と実戦形式で斬り合うことになると知り、生徒に緊張感が走った。

 

「じゃ~、入学試験の実技の点数低かった順に行くからな。入学できてる時点でエライんだから、恥ずかしがらないように」

「待ってる連中も、ちゃんと観察しとけよ。もしオレに勝てたら、昼飯おごってやるよ」


 それじゃ、と名簿を手にしたシラサが名前を呼び、呼ばれた生徒が前に向かう。

 点数順で言えば、実技二位のゼオはほぼ最後だ。もしかしたら、一位がどんな人なのか分かるかもしれない。きょろきょろと見回すと、ファンガルが察した。


「ゼオ、実技一位は別の授業に出てるからいないぞ」


 ということは、ゼオが最後というわけだ。注目を浴びている中、大トリを任されるのは気が進まない。


「ゼオ、ゼオ」


 リュックからヒューグの声がする。


「俺も試合見たい。何とかしてくれ」


 何とかって……。


 呆れつつもゼオはノートとペンを取り出しながら、リュックを地面に置いた。ぬいぐるみの頭が半分見えているが、端の方にいる以上、そう見つからないだろう。


 前に出た生徒がシラサに向かい剣を構えた。腰を落とし、安定感のあるしっかりした構えだ。対してシラサは特に構えることもなく、刀を鞘に納めたまま自然体で立っていた。


「いつでもいいから、かかってきな」


「っ……!うおおおぉぉぉっ!」


 生徒が踏み込み、体重を乗せた一撃を上段から振り下ろした。恐らく彼に出せる、最速にして最大の一撃をシラサは身体を回転させた勢いであっさりと弾いて見せた。


「あっ!」


 倒れまいと脚を出し踏ん張りながら、勢いをつけ再び斬りかかる。シラサはそれを後方に飛び躱す。追い打ちをかけるように突き、払い、振り下ろすもそのことごとくが躱されるかあっさりと防がれる。


「くそっ……!」


 彼からしてみれば、あと一歩の繰り返しだった。今まで欠かさずやってきた鍛錬の通りに剣を振るっている。なのにどれもあと少し足りない。もう少しすれば届くはずなのに。


 もういい。

 半ばヤケになり、叫びながら斬りかかったその瞬間、シラサの刀が彼の胴体をすり抜けた。

 抜刀したその瞬間は、早すぎて見えなかった。


「……! いっ、痛うぅ……っ!」


 不意に襲ってきた痛みに生徒はうずくまった。すぐに痛みは引いたが、本当に斬られたかのような余韻が残っていた。


「基本が良くできてるなぁ。速さも威力もある。課題は攻めのリズムと、カウンターってトコだな」


 シラサは生徒に手を差し出し立ち上がらせると、彼を生徒たちの元へ戻した。肩を落とした様子の生徒を、周りの友人が励ましている。


「どんどん来な、次ぃ」


 呼ばれて前に出た生徒は身の丈を超える槍を手にしていた。リーチで言えばシラサの刀より圧倒的に優位だ。


「行きます!」


 踏み込んで光を受け輝く穂先を鋭く突き出す。一度だけでなく何度も、小刻みに突きを繰り出す。

 それをシラサは風に舞う木の葉のように躱していく。ならば、と勢いをつけ振り回すと、後方に飛び避けられた。

 距離が開き、生徒はふうと一息つく。槍のリーチを活かし一方的に攻められているが、決め手がない。持久力勝負をするしかないのか。

 そう考えた瞬間、とんっとシラサが踏み込み距離を詰めてきた。


「っ!?」


 慌てて槍を構える。突きで迎撃するには遅すぎた。腕を引き、シラサの刀を槍で受け止める。

 密着していては槍のリーチを活かせない。距離を取ろうと押し返し、槍を身体に引き寄せ身体ごと回転し薙ぎ払いを放った。


「おっと」


 シラサは退くことなく、柄の部分を横っ腹で受け止め腕で槍を固定した。得物を止められ、動きの固まった生徒にとどめを刺す。

 

「いぃっ……!っっっ~~~!」


「距離が開いてるからって油断するなよ。踏み込んで来たら、自分も退いていいんだからなぁ」


 痛む身体を抑えながら生徒が集団に戻った。二度にわたってかすり傷も加えられない。生徒たちの緊張が一層強まった。


「あいつ、強いな……」


 ヒューグが何気なくつぶやいた言葉にゼオもそうですねと返す。だがヒューグの目線は生徒たちのものとは違う。


 あの教師は生徒のレベルに合わせるのが上手い。攻撃を出すスピードやテンポを最初の数回で把握し、それに合わせて回避している。生徒からすれば工夫を凝らせば一太刀浴びせる、そう思わされている。

 圧倒的実力差を痛感させられると普通の人間は考えるより早くあきらめてしまうだろう。それを避け、生徒たちの努力を促しているのだから教師としては最高だろう。


 もちろん、相当の経験がなければできないことだ。

 最初の生徒は剣、二人目は槍、そして今戦っている三人目は剣だが一人目と構えが違う。同じ剣だが攻撃のスピードやテンポは全く違う。

 それでも彼は難なく対応してみせている。

 

 三人目、四人目、五人目と、どの生徒も善戦しながらも一太刀も浴びせられずにいた。

 生徒の使う武器も多種多様だ。圧倒的に剣が多いが、槍、細剣、長斧、メイス……はたまた鎖鎌のような変わり種まで。

 そのどれも、シラサに傷をつけることはできない。ひょうひょうとしながらも圧倒的な実力を感じさせるその男に、ヒューグはある気持ちを抱いていた。


(……戦いてぇ)


 騎士として、剣を振るうのは主であるランメア様のためだけと決めていた。だが、彼女に捧げた剣が三百年の時を経てなお通用するか、確かめたい気持ちもあった。


「よォし、いってくらァ!」


 だいぶ経って、ファンガルが呼ばれた。声を出し気合を入れながら、背中の大剣を引き抜きシラサの元へ向かう。


「ファンガル、頑張れよ!」


 ゼオの声援にファンガルは手を振って返し、低く身を構えた。

 次の瞬間、彼は3メートルほど上空にジャンプしていた。落下の勢いと振り下ろした剣の威力で土煙が巻き起こった。それをファンガルの振るう大剣が切り裂く。土煙で姿の見えないシラサの位置を正確に捉えた一撃は、刀によって防がれた。


「さすが、鼻が効くじゃねぇか……!」


 ファンガルは唸り声をあげながら、体重をかけシラサを追い込んでいく。それに腕力も加わる以上、シラサはかなり追い詰められていた。

 あとはそのまま、圧し潰される……かに見えた。


「……っ、ふんッ!」


 一瞬身を屈めたシラサは、全身の力でファンガルの剣をほんの少しだけ押し返した。

 そうして生まれた隙にファンガルの下に潜り込みながら刀を滑らせ、無防備な腹に刀を突き刺した。


「うがっ!うぅぅ……っっ!」


 刺されたファンガルを支えながら、シラサは息を整えていた。流石の彼も獣人との力比べには疲れたようだ。

 

「あっぶねぇ~……実戦なら牙や爪でヤられてたろうな。自分の強みを押し付けるのはいい戦法だぜ」


「んで、次は……お~、次で最後か。ゼオ、出てこい」


 その名が出た瞬間、全員の視線がゼオに集まった。

 噂の張本人の実力がどんなものか確かめてやろうという気持ちが視線に乗って痛いくらいに突き刺さってくる。

 その視線に思うところはあるものの、今の自分はやれることをやるしかない。


 そう覚悟を決め、ゼオは前へ進んだ。

 

(……ゼオ、すまん!)


 ぬいぐるみからこっそり抜け出したヒューグは、無防備なゼオの背中にするりと入り込んだ。


「!」


 ぴたっ、と一瞬不自然に動きが止まった後、彼は何事もなかったかのように再び歩き始めた。

 だがシラサだけは、妙に雰囲気が変わっていると感じていた。表情や歩き方も、先ほどまでとは少し違っている。彼はそのまま校庭の隅に生えている木へと向かうと、そこに落ちている枝を一本手に取り、戻ってきた。


「では、やりましょうか」


 左手に枝を持ち、右手でくるくると剣を回しながら、自信ありげにゼオは笑う。一応、念のためシラサは聞いてみた。


「ゼオ~……その枝は何だ?」


「いやあ、ちょっと二刀流に目覚めまして」


 生徒たちの方からくすくすと笑い声が聞こえる。ファンガルもゼオが何を考えているのか分からず唖然としていた。教師との真剣勝負に枝切れを持ち込んで二刀流と言い張るなんて、馬鹿げているとしか思えない。


「記憶喪失で頭おかしくなったとかじゃないといいんだが……」


 そういいながらシラサも構える。二刀流は現代ではかなりマイナーな剣術で、彼も未だに戦ったことはない。だが数回打ち合えば対応できる自信があった。


 ゼオが斬り込んできた。左手の枝の打撃、踏み込みも速度も甘い。

 問題なく躱す。見た目通り手数で押す戦術か。次いで右手の剣撃を刀で受け止める。

 絶え間ない攻撃をシラサは次々と捌いていく。確かに攻撃のスピードと量は凄まじい。打ち込みが軽いため弾かれたり躱されても影響が少ないのだろう。だがそれは守る側にとっても同じことだ。攻撃のテンポも一定で、反応さえできればそう崩されることはない。

 そう思っていた。


「……っ!?」


 ガツン、と予想外に強い一撃に身体が揺らいだ。素早い攻撃に合わせるため軽く防御していたところに、想定外の威力で打ち込まれたからだ。それだけではない。

 今までの攻撃とテンポがずれていた。やや早い攻撃を、防御が整いきらないうちに受けてしまった。間違いなく、揺さぶりをかけてきている。


「……そこだッ!」


 シラサが崩れたのを、ゼオの身体を借りたヒューグは見逃さなかった。

 一段とギアを上げた連撃を叩きこんでいく。その一連の攻撃でも、テンポと威力をずらした攻撃を混ぜていく。


「っ、チッ……!」


 生徒たちの目にも、シラサが押されつつあるのがわかった。

 速度で押し、反撃を許さない。距離を取れば踏み込み、踏み込めば退く。一度崩れた体勢を戻すことを許さないまま、ヒューグはシラサを圧倒していく。

 

「勘弁、しろよ……っ!今月金欠なんだぞぉ!」


 死んでも昼食をおごりたくない。

 その一心で、シラサは刀を振り抜き枝を弾き飛ばした。ヒューグの二刀流が崩れ、攻撃の手が止まる。

 反撃の好機を逃さず、シラサの刀が武器のなくなった左手側から迫る。


 ガキン、と金属同士がぶつかる甲高い音がした。


 枝が弾かれた瞬間、武器のなくなった左手側を攻めてくると読み、ヒューグは剣を右手から持ち替えていたのだ。

 

「いけぇーーーっ!!ゼオぉぉ!!」


 生徒たちからも歓声があがり、ファンガルが大声で背中を押す。無防備なシラサの胴体へ、剣の切っ先が迫った。


「っ……!」


 スカッ、と手応えはなかった。そこにあるはずのシラサの身体が消えていた。

 どこに、と探す間もなくとん、と背後から肩に手を置かれた。


「本気出すことになるとは、やるじゃねぇか……」


 直後、ゼオの身体をシラサの刀が貫いた。


「い゛ぃ、ったぁぁ~~~……っっ」


 痛みに身体を抑え、ゼオはうずくまった。


「いててて……何が、どうなって……」


 ゼオはうずくまり、不思議そうにきょろきょろと見回している。何が起きたのかさっぱりわからない。

 シラサが背後にいたことではない。自分はこれから戦うはずだったのに、なぜかシラサとの戦いが終わっている。混乱した様子のゼオにシラサは手を差し出した。


「さすが、聖領派のお姫様に選ばれるだけのことあるな……今時二刀流で、あれだけやるなんてな」


 ゼオははあ、と返すことしかできなかった。だが、周りの生徒は口をそろえてブーブーとブーイングしていた。


「おいおいセンセェ、魔法は使わないんじゃなかったのかぁ?」


 ファンガルが代表してシラサを非難した。確かに、魔法は使わないというルールだった。言い出した本人が破ったのだからなお悪い。

 いやあ、と笑ってごまかそうとしたシラサをなおも生徒が責める。

 その時、ちょうどチャイムがなった。


「おっ、これで授業終わり!じゃあな!」


 そういうと彼は逃げるように走り去っていった。その背中をゼオと、ぬいぐるみに戻ったヒューグはじっと見つめた。

 

(まさか、負けるとはな……あそこまで追い込んで、情けない)


 確かに、シラサはルール違反の魔法を使った。だが実戦で経験を磨いてきたヒューグからしてみれば、ルールなどないのが当然だ。追い込まれれば魔法を使うのが普通なのだ。

 だから、あの時も警戒していた。魔法を使う予兆があれば対応するつもりだったのに、できなかったのだ。


(俺もまだまだだな、姫様……むぎゅう)


 感慨に耽っていると、リュックの上から強く圧し潰された。


「ヒューグさーん……また、何かやりましたね……?」


 ゼオは明らかに怒っていた。言い訳する暇もなく、リュックごと人気のない方へ運ばれていく。


「あっ、おいゼオ!」


 ファンガルは一人残され、やれやれとため息を吐いた。そして、彼の見事な戦いを思い返した。

 彼だけではない。その場の生徒のほとんどが、ゼオの、ヒューグの戦いを目に焼き付けていた。

 彼らの中で、ゼオ・オークロウという噂の人物への印象が少しだけ、変わった。

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