【テーマ】季節の変わり目

 朝の独特の静けさが漂う俺の部屋に無機質なアラーム音が鳴り響く。

 俺はもぞもぞと芋虫になって布団の中で無意味な抵抗をしてみるが、アラーム音は規則正しく一定のリズムを刻みながら俺を急かしてくる。

 数秒間の抵抗の末、馬鹿馬鹿しい、と思い直し、俺は渋々眠気まなこを擦りながら布団から出た。


「寒っ」


 微睡む意識が冬へと変わりかけの気温に無理やり覚醒させられる。

 ついこの前、紅葉が綺麗だ、とカメラを抱えて近くの公園で撮っていたはずなのに、今はもう外に出る時は寒がりな俺にはマフラーがないと厳しいほどになっていた。

 祖母からのお下がりのどてらを羽織り、パタパタとスリッパを鳴らしながら洗面所へと向かう。





 今日は日曜日。部活に所属していない学生の俺は特にやることもなく、だらだらと休日を楽しむ予定だ。


 「課題も昨日のうちに終わらしたし、今日は何するかな」


 慣れた手つきで朝食を作り、テレビを見ながらトーストを頬張る。テレビではニュースのキャスターが今日の最低気温は例年より低めになる模様です、と伝えていた。


「マジか。そりゃ寒いわけだ」


 入れたてのコーヒーを啜り、あちち、と舌を出す。その時んなー、と飼い猫のタマが俺の足元に擦り寄ってきた。


「おはよ、タマ。はい、朝ごはんね」


 用意してあったご飯を置いてあげると、タマは緩慢な動きでもそもそと食べ始めた。こいつも朝弱いよな、と笑いながら、もう一度テレビへと目を向ける。気象予報士によると今日は一日快晴のようだ。


 「洗濯物は外に干せそうだな」


 テレビからいってらっしゃい、という声と共に俺は朝食を食べ終わり、タマと一緒にグッと伸びをする。そのままタマは指定席へと向かい、クルンと丸まってまた寝始めた。

 マイペースなやつ。けど二度寝ってのも悪くないか。まあ、まずは洗濯機回さないと。

 俺は食器を片付け、洗面所へと向かった。





 「洗濯、よし。掃除、よし。あとは……こんなもんだろう」


 俺が一人暮らしをしだして、一年半ぐらいが経とうとしていた。高校に通うため近くのマンションを借りて住んでいる。

 家賃や食費、光熱費、教育費等々は両親から出してもらいながら今までなんとかやってきたわけだが、最近は一人暮らしも板についてきたのでは、と思い始めていた。

 一人暮らしを始めて、自炊をするようになり、今まで卵焼きぐらいしかまともに作れなかった俺からしたら、我ながらだいぶと進歩したと思う。


 簡単に昼食を済ませ、時刻は午後一時。ここからは自由な時間なんだが。


「やることないな」


 最初は二度寝もありか、と思っていたが、今から寝るというのもせっかくの休日が勿体無いような気がしてくる。

 椅子に腰掛け、ぼーっとしていると俺の視界に愛用しているカメラが映った。


 けど、外寒いし……。


 うーん、と頭を捻りながら考えること数秒、よしっ、と気合を入れて俺は出かける準備を始めた。





 コートを羽織り、クルクルとマフラーを巻いていると、どこに行くのか、とでも聞きたげにタマが近づいてくる。


「ちょっと、そこら辺を散歩してくるよ」


 タマはにゃー、と一鳴きし、またいつもの場所へと戻っていった。


 いってらっしゃい、ってことかな。そんなことないか。


 俺はカメラを持ち、いってきます、と告げてから静かにドアを開けた。

 家の中にいた時よりも更に研ぎ澄まされた冷気が頬を刺すような感覚にブルっと体を振るわせる。

 まだ冬にすらなっていないのにこれだ。一体、真冬の時はどうなってしまうのだろうか。

 カイロ買い溜めしとかないとな、と考えながら俺はいつもの公園へと足を運んだ。





 カメラは一人暮らしを始め出した頃、父から持って行けと言われたお下がりのカメラがきっかけで、今では立派な趣味の一つになっている。

 自分の心が揺れたものを一枚の写真へと収める。その行為は簡単に見えて、難しく、そしてとても尊いものだ。


 カシャリ


 散り残った紅葉に向かってシャッターを切る。

 最初の頃は写真の上手な撮り方なんてわからなかったが、何十枚も撮っているうちに感覚が掴めてきた気がする。

 それでもまだまだ下手なのは変わりないんだけど。


 近くのベンチへと腰掛け、空を見上げる。気象予報士の言うとおり、今日は雲ひとつない快晴。澄み渡った青がとてもよく映えていた。


 この空が見れたなら、寒い思いをして外に出た甲斐があったな。


 マフラーに顔をうずめながら写真を確認する。どれもこれもその時の風景を切り取ったみたいで、その時の匂いや俺の感情まで思い起こされる。

 時間を忘れて見てしまいそうなので、俺は数枚に留めてまた視線を前に戻す。


 ここは綺麗な池を背景に、様々な草木たちが季節によって色を変えていく。人も通らないので勝手に俺の中での穴場スポットになっている。


 このベンチから撮るのが一番いいんだよな。


 俺はピントを合わせ、カシャリ、ともう一枚シャッターを切る。

 ふ、と将来のことについて頭をよぎった。

 この先、俺は一体何をしているのだろう。進学をするつもりでいるが、その後は?写真家にでもなるのだろうか。

 いや、多分、写真はこのまま趣味として続けていると思う。


 学校でもそろそろ進路希望取るみたいだし、考えとかないと。


 季節の変わり目。それは気温や周りの変化だけでなく、自分自身の変わり目でもある。


「なーんてね」


 さあ、早く帰って温かいコーヒーでも飲もう。

 俺は席を立ち、来た道をゆっくりと歩いていった。

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短編小説集 943 @_943

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