第33話 エピローグ~せっかくの休み、振り回す伊月~
「……あ?」
目に光が入ってきた。朝だ。
確か、伊月にベッドに寝てみてと言われ、仰向けになって……いや、覚えている。忘れようがない。しかも、あの時元気でなかった方は、活力を取り戻している。
「って、えーと。あれ?」
待てよ。昨日日曜ってことは……月曜じゃん! やばい、遅刻してないか! まずは時計を……。
あれ、もう一回待てだ。昨日は十月九日だ。ってことは、今日は十月十日。
「……祝日じゃん……」
一人で焦って、バカみたいだ。とはいえ起きよう。伊月のベッドをいつまでも占領しているわけにはいかない。シャワーも浴びてない体で、不覚にも寝てしまった。まず謝らないと。
「――ほっといて、問題ないって言ってるでしょ」
戸に手をかけたところで、聞くからに不機嫌な声が耳に入る。
「急に母親面するのやめて」
相手は問うまでもなかった。さすがに、今は開けられない。
しかし戻ることもできず、ただ立ちつくす。
「……あのさ」
声のトーンが変わる。少し軽くなった。
「うち、幸せだから、大丈夫だから。誰かに暴力振るわれたり、お腹すかしたりしてないから。だから、心配しないで」
芯のこもった声。一直線で届く。それは電話口の相手も同じだろう。
「ん、それじゃ」
ぶっきらぼうな声とともに、静謐が訪れた。
「……伊月」
今、あいつなりに何かを変えようとしているんだ。向き合っているんだ。
一人にしてやろう。
俺はもう一度ベッドに横たわった。
と、思ったのも束の間。
「朝也さん! いつまで寝てるのさ、朝だよ!」
途端に戸が開けられた。眉をひそめた伊月が寄ってくる。
「いや、いいじゃん、祝日だし……」
「祝日だからこそ、普段できないことしよ。あのね、昨晩朝也さんの布団で寝たんだけど、カバーとかシーツとか洗ってないでしょ! 今日はコインランドリー行こ!」
「え、ええ……めんど」
ムッとした顔が近づいてきた。壁際に追い詰められて逃げ場がない。
「おっしゃる通りです」
「よろしい」
破顔一笑。ま、最初から分が悪かった。
朝食とシャワーを終える。洗濯をすませた伊月に命令されるがまま、布団のカバーとシーツ、加えて毛布をゴミ袋に入れた。入る袋がそれしかなかったのだ。赤い服こそ着ていないが、三割ほどサンタさん状態。
玄関口に立つと、軽くメイクした伊月に玄関のドアを開けてもらう。さすがに両手で持たないときつい。
「そうだ、午後はワイシャツ買いに行こ。朝也さんのシャツもう首回りとか汚いし、よれよれだし。それで出勤とかありえないって感じ。あと靴もぼろいね」
「え、午後もどっか行くのかよ」
ゴミ袋を引っ提げて、家を出る。コインランドリーの場所を知っている伊月が少し前を行く。
雲一つない暖かい日差し。涼しいよりも少し冷たさを帯びた、一陣の風。
もうすっかり秋だ。
「ちょ、ちょっと待って。伊月」
……などと季節に思いを馳せていたら、置いてかれそうになった。
「しょーがないな」
振り向く。その顔は、ささやかで、さわやかで、にこりと笑っていて。
「頑張っていきましょ、お疲れリーマン」
「はいはい……」
心地よい日和。なんだか今日は、疲れてもいい気がしてきた。
(終わり)
ねこギャルさんとお疲れリーマン 豊島夜一 @toshima_yaichi
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