第44話
事件の詳細を緒沢くんの頭に叩き込んで、正規のルートで上に報告させた。ちぇっ、あの本部の、名前もおぼえていない先輩に手柄を貢がなければならないなんて、いまいましい。事件解決は副署長の仕事ではないから、しかたない。どのみちわたしの実績にはならないのだ。つまり、所長が言ったように一肌脱いだということだ。全裸にされてレイプまでされそうになったわけだけれど。
とにかく、事件は解決、合同捜査本部は解散になった。あとは担当になった緒沢くんがこつこつやる。いやー、よかったよかった。
報道発表をおこなって、奇抜な自殺の方法が話題にもなった。イさんの意識が回復して、自殺に使った装置の詳細も明らかになっていた。謎がなにもなければ、話題は長持ちしない。すぐに事件は忘れ去られた。
発表では、護堂さんの首が密室の外で冷やされていたこと、それ以前に自殺の現場が密室だったことに触れなかった。自殺の現場が密室であっても、不自然なことはないからだ。
桜井さんの事件に関しても、猟奇的であることが話題になったけれど、護堂さんの事件と一緒に忘れ去られた。切られた頭部が凍らされていたことは伏せられた。護堂さんの事件の模倣犯であるという流れだ。
一般には脳のスキャンという要素は隠されたということだ。ややこしいことには蓋をしてしまった。わたしに説明しろと言われても困るから、そういうことになってよかった。記者対応は副署長の仕事なのだ。
退院した日のこと、美結ちゃんとわたしは研究所に護堂さんを訪ねた。
「わたしはほとんど研究所の人間といっていいと思うんです」
「そうだな。副署長の娘で、共同研究プロジェクトに関わった。だが、そっちの子は警察だろ」
美結ちゃんが指を唇に当ててこちらに顔を向けている。抱きつきたくなってしまう。
「誰のことですか。わたしひとりですよ」
「いまの反応速度で説得力をもたせようと考えているなら大失敗だな。足音が二人分していたんだ。いつも警察の子と行動していたからな、予想はつく。あまり他人をバカにしないほうがいい」
「テヘ?」
「体があったら殴ってるところだ」
「体はまだまだかかりますよ。一箇月やそこらかかるもんです」
「わかってる」
「イヂワルしないで本当のことを教えてください」
「本当のことってなんだい」
「首を切ったときのことですよ」
「忘れたのか?死んだときにぼくの短期記憶は失われた」
「そんなことはどうでもいいんですよ。護堂さん、脳データってバックアップがないんですよ」
「もちろんだ。セキュリティのためでもあり、その人の尊厳のためでもある」
「ここでわたしが護堂さんのデータ消しちゃったら、もう終わりなんですよ」
「おいおい、ぼくを脅迫するのか?そんなことしたら殺人に当たるんじゃないか?なあ、警察の人」
「もう死んでる人をもう一度殺すことはできません。法律では」
「ほう。それで、要求はなんだね」
「ただの確認です。護堂さん、自殺ですよね」
「でも、脳のスキャンしたとき記憶が消えちゃったんじゃないの?」
まえ美結ちゃんが言っていたことだし、いま護堂さんだって同じことを言った。
「しばらく前から計画を練ってたんだから、ここにいる護堂さんもちゃんと長期記憶に残ってるはず。消えたのは首を切るほんの一時間か二時間くらいの記憶だけなんだよ」
「記憶というのは繊細なものでね、人はよく記憶喪失に陥るものなんだ。特に首を切るなんていうショッッキングなことがあるとね」
「ほほう。まだ往生際悪く、そんなたわごとを抜かすんですか。警察が出てきて大騒ぎになってるのに、タダで済むわけないんです。別の殺人事件まで起きて」
「それこそ、死んだ人間にタダで済まないとか大騒ぎになってるとか言ってもしかたないんじゃないかね?」
「それはデータ消去の運命を受け入れるって表明してるんですか」
「わかった。悪かった。いま消えてしまったら死んだ意味がないからな」
「本当ですよ。大人なんだから常識をわきまえてください」
「いや、アンドロイドの体が手に入るなんてすごいじゃないか。鉄郎の気持ちが美結くんにはわからないのか」
よく古いアニメの主人公を知っている。アニメに憧れて研究者になるという人もいるらしいから、護堂さんも似たようなものかもしれない。
「わたしにそれを聞くんですか。なにがいいんですか、アンドロイドの体の」
「だって、疲れを知らないだろ。ずっと研究してられるじゃないか」
「そんなわけありません。アンドロイドになっても脳は睡眠が必要です。体は充電するし」
「ふん。技術は進歩しているのだ。いまなら睡眠なんて時間はいらないはずだ」
「そうなんですか」
「マルチプロセッサだな。睡眠の処理をさせるためにプロセッサを今の倍積めばいい。プロセッサの小型化省エネ化が進んだおかげで可能になった。美結くん以外の人間だってしっかり研究しているのさ。テクノロジーはまさに日々進歩しているのだよ」
「ひどい。わたしって進歩から取り残されていたの?」
「どんなに最高性能を誇る最新パーツも、すぐに古臭くなる。コピーはつくれない。さっき自分で言ってたじゃないか。ハードウェアだってコピーになってしまう。そういうことなのさ」
「そうだったのか。ちぇっ」
わたしだけ話についていけてないようだ。
「それで、自殺の話はどうなったんですか?」
軌道修正が必要だ。
「テヘ?」
「削除しますよ」
コンピュータの席に着く。護堂さんのアイコンがあるわけではないから、操作方法がわからないけれど。
「わあ、ごめんごめん、ごめんなさい。いいます。全部いうから削除しないで」
「ったく、はじめから素直にしてればいいのに」
ハッタリが効く。護堂さんの扱いは理解した。
自殺だったとしても、いまさら脳のスキャンをなかったことにはしないという条件で護堂さんは自殺を白状した。
「護堂さん、わからないことがあるんですけど」
「質問コーナーかい」
「今回のことって、デバイス開発のための人体実験だったんですよね」
「ちがうよ」
「えっ?ちがうの?」
「ちがうね。デバイスの試験機はとっくに完成していたからね」
「うそっ」
「本当だよ。ノイズがとか言ってたのが、ウソ」
「なんでそんなウソつくんですか」
「頭のいいやつが密室トリックを見破ったときの保険だね」
「なぜ首を切って自殺したのかっていう?」
「そうそう。脳のスキャンのために自殺したなんて言ったら、脳のスキャン自体があやうくなるだろ。人体実験も人聞きは悪いが、自分の体だからね、許されるかなって。重要性だって脳のスキャンの方が断然高い。だから、これはここだけの話ね」
「でも、イさんが刺されたときノイズ対策の報告をうけてたって」
「もちろん嘘だ。次の研究の計画を話していたんだ。うっかり本当のことを話しそうになって慌てたけどね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます