第43話

「わたしを拉致して三人を殺す計画だったんでしょ?」

「すごいっす。副署長はなんでもお見通しっすね」

「バーで美結ちゃんと一緒に捕えられる計画だった。美結ちゃんを目撃者にしてから意識を失わせる。そのあと解放されて、バーのマスターと店員を殺す。すぐにわたしが拉致されている車庫にきて、近藤は殺して見つからないように処分してしまう。わたしは一度目を覚ましたあと、近藤に睡眠薬で眠らされる予定だった。バーにもどって、縄を抜けたといって美結ちゃんを起こす。近藤が仲間を殺して逃亡したようにみえるものね。緒沢くんが疑われることはない」

「おれってそんなワルだったんすね」

「でも、計画は狂った。美結ちゃんが緒沢くんを助けてしまったから、ふたりして捕らわれることができなかった。近藤は近藤で、わたしのこと意識のあるままにしていたから、出てくるに出られなかった。

 手を出すなっていわれてたから、近藤はおとなしく緒沢くんを待っていた。でも、わたしにそそのかされて足の拘束を解いてレイプしようとした。カゲに隠れて様子を見ていたのが、姿をあらわすハメになった。

 計画を変更して美結ちゃんとわたしも殺そうとは思わなかったの?近藤たちにはそういう計画を話してたんでしょ?」

「そんなことしたら、自分が生きてるのがおかしなことになるっす。それに、副署長や友達を殺すなんてできないっす。そんなことするくらいなら、あいつら逮捕して関係がバレて、警察にいられなくなったほうがましっす。護堂さんとイさんの事件は自殺と自殺未遂で片付けたとしてっすけど。あいつらは研究所の二件のことなにも知らないんす」

「そう、ありがとう。だったら、なんで近藤にはあんなヒドイことしたの」

「近藤はバカだからっすよ。副署長に手だすなっつったのに。指示通りにしていれば、あの場面では逮捕するだけでよかったんす」

「クスリのことにも関係してたの?」

「あんなのは、やつらがちょっと忍び込んでくすねてきただけっす。別に押収物を流したとか、そんなドラマみたいなことはしてないっす。警察にはいってからは、悪さには加わってないんすよ。知っていて黙ってただけで。今回の件まではってことっすけど」

「わたしとずっと一緒だったのは、動向を探るのには好都合だったでしょうね」

「はい、楽をさせてもらったっす」

「これからどうするつもり。わたしを殺すの?」

「副署長、一緒に逃げてほしっす。いまならまだ誰も気づいてないっすよ」

「なんでわたしが緒沢くんと逃げなくちゃいけないの」

「愛してるんです。離れたくありません」

 真剣なまなざしで見つめてくる。

 沈黙。

「ぷっ」

「あっ、ひどいっす。それにツバ飛んだっすよ」

 ほっぺを拭いている。失敬な。わたしのツバ貴重なのに。

「だって、愛してるんですって」

 わたしはもう我慢の限界。笑いだしてしまう。

「心こもってたじゃないすか。これから感動的ないいシーンになったはずっす」

「いやー、ムリムリ。クサすぎて映画のセリフでも今どきないよ。愛してるんですって、男が。急に口調変わっちゃってるし。

 でも、たいしたものだよ緒沢くん。あんなにうまいこと事件の説明できるなんて。本当に緒沢くんが真犯人だったかと思うくらい」

「やっぱりそっすか、自分でも、あれ?やったかなって思ったっすもん」

「でも、残念でした。研究所の敷地にはいるには監視カメラのついた門を通るしかないんだな。あそこをクリアするトリックを思いつかないといけない。門以外のところは防犯センサーついてて、警備員室で警報が鳴っちゃう。警備員が共犯でも、記録が残っちゃうからね。その記録を警備員が消せればいいけど、そんなことじゃ記録の意味がないから、警備員には記録を変更できないようになってるんだ。昼間のうちに誰かの車でいれてもらうしかない。緒沢くんには仕事があるから無理だもんね。

 ほかにもあるよ。護堂さんの殺害のために実験室にはいるには、警備員の場合と同じようにイさんに協力してもらわないといけないんだよ。イさんに協力してもらうような関係がないからダメ。いや忘れてた、護堂さんの知り合いでもいいんだ。やあどうもなんていって、実験室にはいって行けば。どっちみちダメだけど」

「そうだったっす。おれは真犯人じゃなかったっす。っていうか、はじめから無茶なフリだったってことっすよね」

「まあね」

「あ、でも。イさんとデキてたかもしれないっすよ、計画の一部として」

「ふーん」

「なんすか?」

「最後のセリフとの整合性はどうなるのかと思って」

「なにがっすか」

「イさんが共犯なら、警備員をもちださなくていいんじゃない?べつにいいんだけど。護堂さんが作ったマイコンは?出番がない」

「趣味で作ったんすよ。今回の事件とは関係ないんす」

「おお、やるね。脳のスキャンのことはイさんから知らされていたわけだ。おそろしく切れ味のいい刃物はダイヤモンドナイフである必要もないし、緒沢くんが用意できる刃物で十分だね」

「そ、そっす。っていうか、本当に犯人にしようとしてないっすか」

「大丈夫だよ。イさんが実験したからデバイスが完成したんでしょ?マイコンは本当に使われたんだよ。敷地にはいることができなかったんだし」

「イさん、ナイスっす。敷地にはいるにはヘリコプターがあったっす。研究所の屋上にはヘリポートがあるんすよ」

「そうだった。知ってる」

 中学のとき美結ちゃんがヘリコプターで研究所に搬送されたのだ。

「ヘリコプターから完全に足がついちゃうけどね」

 ヘリコプターでド派手に忍び込むアホはいないという盲点を突けるかもしれないけれど。

「ロボットスーツは気に入ってたみたいね」

「そっすよ。ひとつ欲しいと思ってるんす。カッコいいんすけど、使い道がなくて思い切れないんすよね。部屋に置いてたら邪魔なだけっすし」

「そうだったんだ。ロボットスーツ着てサバイバルゲームしたらいいんじゃない?」

「やっぱりいらないっす」

「なんだー。被害者じゃなくて犯人が使うってところは検討しなかったから、着眼点としてはよかったね」

「で、どうだったっすか。いいコントだったんじゃないすか」

「あのね、わたしは美結ちゃんと物心つくころからずっとコントしてきたの。わたしたちの高みから見たら、緒沢くんなんてひよっこ同然。いいコントなんておこがましいってものだよ」

「そっすか。じゃあ、今後ともご指導いただきたく」

「やだ」

「なんすか、それ」

「男とコントなんて、やだ」

「いまやってくれたじゃないっすか」

「だって、すっごいネタだったからガマンしたんだよ。わたしには美結ちゃんがいるからいいの。あんたなんてお払い箱。しっしっ」

 ちょうど看護師さんが病室にはいってきた。

「食事の時間です」

「待ってました」

 お目付け役くんは尻尾を股の間にはさんで立ち上がった。

「あの、明日もお見舞いにきていっすか」

「バカ。刑事にそんな暇はないでしょ」

 今度は、しかられた子犬のようにシュンとしてしまった。まったく。

 わたしより重傷だっていうのに、休みもとらずに。バカだからしかたない。

「退院の日は休み取って、朝面会開始時間から顔を出しなさい」

 子犬なら尻尾を思いっきり振りそうな勢いでうれしそうにする。

「はい。明日っすか」

「そんなわけあるかーい」

 そういえばわたし、いつまで入院してるんだろ。せっかくだからいろいろ検査してもらおう。

 もう行けと手で合図して、お目付け役くんを追い払う。

「心臓の精密検査ってしてもらえます?」

「はい?ああ。男嫌いも治療しちゃいますか」

「お断りします」

「もう治っちゃいました?」

 うっさいわ!

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