第42話

 美結ちゃんは帰るという。お目付け役くんには連絡事項があるからといって残ってもらうことにした。

「愛音ちゃん、意識失ってるとき、お目付け役くんの名前呼んでたよ。わたししか聞いてないけど、そろそろ素直にならないと、あとで後悔するかもよ?」

 耳元に余韻を残し、ほっぺにキスして病室を出ていってしまった。

 それって、わたしが目を覚まさなかったとき、美結ちゃんがなにかしたとかいうやつ?なにしたの?教えてくれたっていいじゃない。もう。

 美結ちゃんのイヂワル。それに嘘つきだ。

 お目付け役くんの名前なんて呼ぶわけがない。

 わたしは美結ちゃんのことが、大好きなんだから。

「副署長と親友の方はすっごい似てるっすね」

「そうかもね」

「目をつぶって話を聞いてたら、副署長がひとりごと言いながら推理を進めてるみたいに聞こえるっすよ」

「子供の頃はいまよりもっと似てたんだよ」

「ほとんど双子じゃないっすか」

「子供の頃はずうっとふたりだけで話してたから、声の出し方も話し方も考え方も似てるんだね。ちがいといったら、美結ちゃんは科学の本をいっぱい読んでて、わたしは映画をいっぱい観てたってことくらいじゃないかな。わたしたちのお母さんは同じ分野の研究者だったし」

「なるほどっす。いまは研究者と副署長で、親友の方のほうがすこし断定口調が多いくらいっすね」

 中学くらいからは、暗記型と思考型というちがいがあらわれてきた。ちがいは、目標とする分野に必要な能力と合っていたから幸運だった。

「副署長へのレイプは未遂だそうで」

「やだ、そんなことまで調べたの?」

 痛いような気がして、布団の中で股間を押さえる。

「はあ、その、どこまでかを調べることは、あとの対処をするために必要という」

「わかった。それはもういいから」

「副署長はまだバージンすから、ご安おわぁ」

 果物ナイフを投げつけてやった。ベッドの横によくドラマの病室のシーンで登場する棚がある。ちょうどいい高さが台になっていてお見舞いの果物や花が置いてあったりする。その台の上にあるのに気づいていた。肩がグルグルだからうまく投げられなかったのが残念なところ。眉間にぶっ刺してやりたいところだ。

「あっぶないじゃないっすか」

「殺したい。頭を吹き飛ばして記憶を消してやりたい」

「大丈夫っす。これは内密ということで耳打ちされただけっす。おれしか知らないっすから」

「ひとり口封じすればいいわけね」

 あんな痛い思いをまたしなくてはって、する必要ないんじゃないか。男なんて滅びろ。わたしは一生バージンを通すつもりだ。

 気持ちを切り替える。お目付け役くんをベッドの横のイスにすわらせる。

「どうしてあんなことやったの」

「あんなことすか?」

「もうわかってる。緒沢くんがやったんでしょ、今回の事件」

「そっすか。副署長には気づかれる予感があったっす」

「認めるんだ。諦めがいいんだね」

「副署長はなにもわかってないのにカマかけるような人じゃないっす。どこで気づいたんすか」

「ひとつには、わたしがあのバーに行くように仕向けた。捕まっているときは生き残る方法を考えるのに必死で気づかなかったけど、いまならわかる。あきらかに、あのバーに行くように誘導していた。

 もうひとつは、わたしを救けてくれるとき、はじめに近藤のアゴを蹴った。あの場面ではじめにアゴを蹴りあげるって選択はない。近藤は緒沢くんの仲間だったから、よけいなことをシャベられて秘密がバラされるのを怖れた。だから、はじめにアゴの骨を砕いたんでしょ。それに、モデルガンをつきつけて撃ったのは、ショックを与えて心に傷害を負わせれば、まともに証言される心配を取り除けると思ったから。バーの店長や店員に対する脅しにもなるしね」

「ダメな仲間をもつとロクなことがないっすね」

「わからないこともあるの。はじめの護堂さんは、どうやったの?緒沢くんの前で実験室の台にうつ伏せになるなんて考えられない」

「当て身っすね。死体にあとが残るんじゃないかと心配したっすけど。あとが残らなかったのか、あの医者の先生が見逃したのか。とにかくバレなかったっす」

「そのあとは?どうやって密室から脱出したの?」

「そんなのは簡単なことっす。首を切って、片づけをした後、体をもって手をセンサーにつけただけっす。いそいで体を台に寝かせて荷物ごと外にでたっす。死んだら掌紋認証できなくなるなんて知らなかったっすよ」

「ごまかさないで。そんなことできるわけない。護堂さんは大人の男、緒沢くんなんて体力なさそうだもん、できるわけない」

「副所長、ヒントをあげたじゃないっすか、ロボットスーツっつうもんがあるんすよ。ロボットスーツを着ればなんてことないっす。重たい頭はないっすし」

「じゃあ、イさんは?」

「もっと簡単す。実験室で刺して、イさんを担いで手をセンサーにあてればオッケーす。護堂さんのコンピュータのある研究室に運んですわらせておけばいいっす」

「でも、護堂さんの証言は?」

「そんなもん、ちょろいっすよ。相手は体がないんすから。脳のデータ消すぞと脅せるし、家族は気を落としてますよと言えば脅迫になるっす。なんでもいうこと聞いてもらえるっすよ」

「クズ」

「申し訳ないっす。イさんの事件で、六時の巡回にやってきた警備員に対応したのは護堂さんす。イさんの声にしてはかわいすぎるっすけど、警備員は気づかなかったすよ。そのときはおれ机の下に隠れてたんすけどね。護堂さんの監視のために。もし気になるならっすけど」

「なんで桜井さんまで」

「実験用動物を運び込んだときに不審に思われたくらいで殺したりしないっす。そんなの困るのは護堂さんとイさんだけっす。

 桜井さんは気づいてしまったんすよね。夜巡回している警備員が事件に関わってるってことに。

 その警備員は、おれの知り合いなんす。もとは暴走族だったんすけど、いい奴だったんすよね。それで暴走族抜けさせて、課長に紹介してやって、いまは警備員すよ。知り合ったのは刑事になるまえ、交番勤務のときっすけど」

 課長というのは轟さんのことだ。退官したんだけど。

「夜研究所に忍び込むのに、窓を開けたり、忍び込むのを手伝ってもらったり、また戸締りしたりってことをやらせたんす。本当にいい奴っす。

 そうそう、護堂さんが泊まり込みで研究するって話をしてくれたのもそいつっす。おかげでターゲットを見つけることができたっす。計画を立てるのに本当に役に立ってくれたっすよ。エムブイピーをやるっす」

「警備員が仲間なら、なんで護堂さんにイさんの代わりに警備員の対応をさせたの。必要なかったんじゃない?」

「そのほうがシンプルだからっすよ。警備員に余計な知識を与えない方がいいと思ったんす。警察に取り調べをされても本当のことを話せばいいんすから。警備員は侵入の手伝いだけっす。

 そいつ、桜井さんとは朝引き継ぎで顔を合わせるだけだったんすけどね。桜井さん頭よかったんすかね。推理で気づいたとしか思えないっす。警備員から桜井さんに手引きのことバレたと聞かされたときはビビったっす。

 それで、仕方なしに近藤たちに桜井さんのことを頼んだんす。

 あ、でも、殺すなんて思ってなかったっすよ。裸にして写真撮れば、余計なこと言うなと脅すには十分すから。計画にないことをするから、手間が増えたんすよね。あいつらに任せるんじゃなかったっすよ。

 もちろん、バーのふたりも近藤と一緒で仲間っす。あいつら三人は中学の同級生っすね。いつもつるんで悪いことしてたっすよ」

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