第41話
「で、なんでわたしは狙われなくちゃいけないの?やっぱりカクテルをつくってるときに睡眠薬をいれてたんでしょう?」
「愛音ちゃんがお店に行ったとき、近藤が店の奥の小部屋にいたって話したでしょ?小部屋からちらっと見て、研究所で見かけたのに気づいたんだろうね。ホワイトレディなんて、桜井さんと同じカクテルを注文する。桜井さんの事件のことがバレてるかもしれないって思うんじゃない?」
「うん、まあ、桜井さんが最後に目撃された店だからあそこで飲もうと思ったんだけどね。それにホワイトレディも桜井さんが頼んだって聞いて知ったカクテルだから頼んだ」
「愛音ちゃんの場合は、自宅を探る余裕がなかった。探ってたら警察関係者だと気づいただろうけど。持ち物に警察関係者だとわかるようなものはなかった。研究所で桜井さんやわたしと一緒のところを見かけたし、研究所の人だと思ってたんだろうね」
なるほど。名刺は警察手帳にいれてるし、警察手帳は署で保管されてるしで、持ち物に警察と関係あるものはなにもなかった。
もしあの場で桜井さんの足取りを教えろと言わずに連絡先を教えていたら、尾行されて官舎を割り出されていたってことだろう。
「近藤は会社の車庫に愛音ちゃんを監禁した」
「あそこ車庫だったんだ。それにしても、わたしを拘束してたやつ、あれどこから調達したんだろう」
「近藤は、自動車板金工場で働いていたことがあるんす。社長が心筋梗塞で亡くなって工場がつぶれ、いまの仕事についたっす。自作した可能性が高いと思うっすよ」
「ほかに犠牲者がいるかもしれない」
「被害届が出てないから、わからないっすけど。作るだけ作って、いつか使おうと思ってたのかもしれないっす。取り調べでわかると思うっす」
「そうだね。美結ちゃんたちはどうしてわたしが監禁されてることに気づいたの?」
「研究所の警備員から情報がはいったっすから、副署長に連絡したんす。電源がはいってないってメッセージが流れるんす。官舎に行ってみたっすけど、いなかったっす。副署長が行方不明だって報告したら、拳銃もてっていわれたっす」
うん、桜井さんの事件と同一犯ならナイフを凶器にもっている可能性は高いからね。
「それで、署にもどって、ついでに寮に寄ってモデルガンももったっす」
「それわからない。本物があるのに、なんでモデルガンをもつの」
「本物は危ないっす。それにモデルガンの方が慣れてるっす」
そういう問題か?
「自宅とアイス屋から追うのはほかの人たちにまかせて、おれはバーにまわったっす。車の中でバーの話したとき、副署長の様子が怪しかったっすから」
怪しかったかな。
「桜井さんと同じ目に会うかもしれないと思ったっすよ」
わたしはそこまで考えていなかった。いま考えても、そんな可能性があるなら捜査員が先に調べてるだろって思うけど。あのバーのこと調べなかったのだろうか。時間がかかっただけかな。まだ新しい店だったみたいだし。
そんなことより、限界だった。お目付け役くんの話をずっと聞いているとイライラしてしまう。わたしはまだ意識を取り戻したばかりで、本調子ではないのだ。しばらくお目付け役くんの話を聞き流すことにした。それでもたいしたもので、なんとなく話の流れは頭に浸みこんでくる。こんな感じだ。
お目付け役くんがバーへ上がる階段にやってきたとき、看板は出ていなかった。階段の電気は消えているし。でも、営業開始時間はとっくに過ぎている。それで、こっそりあがっていって、ドアを開けた。鍵がかかっていなかったのか?わたしの心の中で疑問は浮かんで消えた。上の空で聞いていたから。警察官が違法な手段でバーに侵入したとなると大問題だ。聞きたくないという意識も働いていたのかもしれない。
ドアを開けると、カランコロンと鐘が鳴る。窓にはスクリーンカーテンがおりていた。店内の照明がついているから明るい。窓際の床の上で、美結ちゃんが店員に押さえ込まれて襲われていた。気づいたときには、お目付け役くんは腕に衝撃を感じた。背後からバットで殴られたのだ。腕を押さえ振り向いたときには、美結ちゃんを襲っていた店員がローキックでお目付け役くんの足をしたたかに蹴った。お目付け役くんは床に倒れた。バットをもっていたのは店長。バットでお目付け役くんを小突いて奥の小部屋へ誘導する。美結ちゃんは店員に体を拘束されている。
美結ちゃんはというと、待ち合わせに遅れてやってきた。わたしがいないから、店員に訪ねた。知り合いと会ってすこし席をはずすといっていた、すぐに戻るから待っていてとメッセージを預かっていると店員が答える。じゃあといって、水を飲んで待つことにする。たぶんこの間に店員は看板を片付け、階段の照明を消した。鍵のことは忘れよう。それで、スクリーンカーテンをおろすや、美結ちゃんに襲いかかった。手首に手錠をかけられたらしい。そんなものを準備しているのだから、店員も変態の一員だ。あとは、お目付け役くんの話とつながる。
わたしのせいで美結ちゃんも危険な目にあっていた。救けてくれたとき、お目付け役くんも言っていた。
「美結ちゃんまで危険にさらして、ごめんなさい」
「そうだね、事件関連のお店だってわかったら、愛音ちゃんのこと止めたかもしれない」
「うん、バカだった。お店で桜井さんのこと話そうと思ってた。直接会って言わなくちゃって思って」
「今回は特別な事情が重なったから、しかたないよ。同じようなことは二度とないから大丈夫」
そうだね、副署長は事件に首を突っ込まないものだし、もっと出世したらさらに個々の事件に関わることはないのだろう。
お目付け役くんの説明がつづく。
美結ちゃんもお目付け役くんも襲われているところからだ。美結ちゃんは、お目付け役くんを助けなくちゃと思ったに違いない。それでスイッチが入った。
美結ちゃんは手錠を引きちぎり、店員を突き飛ばし、店長にタックルしてバットを奪った。お目付け役くんが店長を制圧する間、店員にしがみついて身動きを封じていた。店長のあと店員も制圧して、ふたりをまとめてラップでグルグル巻きにした。わたしの居場所を問い詰めて、口を割らせた。どんなことをしたのかは、聞きたくない。
「アイス屋の車庫だっていうから、店を出て車に乗り込んだっす。室井さんは、あとはまかせた、愛音ちゃんを助けてって言ったのを最後に、助手席で電池が切れたみたいに動かなくなったっす」
本当に電池が切れたのだろう。
「それで車庫に行って、めでたく副署長を発見したっす」
お目付け役くんのグダグダな話がやっと終わった。なかなかの大冒険じゃないか。わたしもヒドイ大冒険をしてしまったけれど。
「近藤たちの計画はどんなだったのかな。近藤はなにかを待ってるみたいだった」
「バーの店員じゃないかな。仕事が終わるのを待ってた」
「なるほど。わたしの意識がもどっていたってことは、二人がかりで襲うつもりだったんだ。ひとりでは抵抗されたとき押さえきれないかもしれない。あの近藤という男、やけに慎重だったからね」
「きっと桜井さんも同じだよ」
「そうだね」
しんみりしてしまう。
「店長は?店長は事件に加わってないの?」
「クスリの方だけっす」
「あとのことは、どうするつもりだったんだろう。桜井さんの事件があって、わたしがあのバーから行方不明になったら、完全にアウトだよね。美結ちゃんまで襲って」
「証拠がなければ逃げ切れると思ったのかもしれない。愛音ちゃんとわたしの場合は、お茶屋のおばちゃんにも会ってないでしょう?バーにはこなかったって言えば、それ以上追及できないんじゃないかな」
わたしはカチコチに凍らされて、シャーベット状にすりおろされ、川にでも捨てられたかもしれない。ぎゃー、だ。
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