第29話

「緒沢くん、起きてたの」

「バッチリ目が覚めたっす」

 お尻をなでながら立ち上がる。イスをもどして、ひとつにすわる。

「それで、実験室の方はどうだった?」

「むづかしっす。例の実験台の横にナイフが落ちてたっす。床に落ちたときにナイフの血が飛び散ってしぶきが残ってたっす。指紋はイさんの指紋がついてたっす。ほかには指紋がないっす。ナイフを拭いてから刺し、イさんが自分で抜いたと思われるっす」

「イさんはアメリカで医者の免許もとってるのに、ナイフを抜いたの?」

 やっぱり目つきが鋭い。

「抜いたんじゃなければ、刺したっす。それか、犯人が抜いてイさんに渡したとか」

「まあいいや。手のひらの登録は?新しく登録したんでしょ?」

「グループリーダーっす。課長みたいな位置づけらしっす」

「手のひらを登録した人が狙われるって話はないだろってことだったんだっけ」

「それから悪いお知らせっす」

「もういい知らせは期待してないから大丈夫」

「ナイフはほぼ真上から床に落ちたと思われるっす。実験室と研究室をつなぐ引き出しに血はついてなかったっす。ロボットアームにも血ついてないっす」

「そうきたか。誰かが実験室にはいって、ナイフを床に落とさないといけないのか」

 引き出しを引き抜いておいてシュッと投げ入れる方法は却下だ。

「そうなんす。でも、やっぱりイさんだけが宿泊申請をしてたっすから、ほかに人間がいないんす。護堂さんの時と同じっすよ」

 やっぱりそうか。予想はしていた。

「掌紋認証の記録は?」

「警備員がはじめにイさんを四階の研究室で見かけたのが六時すこし過ぎっす。最後の掌紋認証はそのすこし前っす。内側から認証してるっすよ」

「じゃあさ、そのナイフ凶器じゃないんじゃない?ついてた血はイさんのじゃないんだよ。イさんがなにかの用でナイフを使って、その時に血がついたんだ。実験室を出るときに服にでも引っかけてナイフが落ちる。イさんは掌紋認証しちゃってドアが開いたから、メンドクサイと思ってあとまわしにして、四階に行ったあと刺された」

「そうなんすかね」

 反応が悪いな。わたしにしてはいい思いつきだと思ったのに。

「あとは、警備員がウソをいってる」

「警備員が六時に巡回で自動ドアを通ったのは監視カメラに映ってたっす」

「どの部分をウソにすればうまくいくかわかってないか」

 お目付け役くん実はけっこういろいろ聞いてまわっているようだ。居眠りは大目に見てやろう。朝早く起こされたこともあるし。それはわたしも同じだけれど。

 イさんが刺された事件はどう考えればいいんだろう。今回は三十分くらいの間に全部が収まっている。

 イさんが実験室からでる。

 護堂さんの部屋で警備員に目撃される。

 刺されて、倒れているところを警備員に発見される。

 ナイフはイさんが運び出されてから発見されたんだった。すこし余裕がある。

 そうか。引き出しを引き抜いておいて、マジックハンド的なものでつかんだナイフを落下地点の上まで運び、放す。それで、とりあえず現実の状況を再現できる。あるいは、さっき考えたみたいに、発見されたナイフはイさんを刺したナイフではないか。密室はなんとかなりそうだ。犯人は警備員でもいいことになるし。あとは。

「どうやったら、護堂さんに気づかれないでイさんに近づいて、声もあげさせずに胸を刺せると思う?」

「そこのアイデアはないんだけどね?イさんは医学知識があった。刺さったナイフは抜かないはずなんだよ。だからさ、犯人が刺して抜いた。イさんの指紋は、刺される前についていたと考えるのが妥当じゃないかな」

「ふんふん、それで?」

「イさんは犯人を刺そうとしたのかもしれない。逆に腕をつかまれたか、ナイフを奪われたかして、刺された」

 発想が豊かだ。わたしはイさんが刺されたとばかり考えていたけれど、イさんから刺そうとしたなんて、よく考えられる。

「奪われた場合は、犯人はイさんを殺そうとして手袋をしていたと思えばいいね」

「護堂さんと話すときって、正面を向いたら、ドアには背を向けることになるよね。犯人が音をさせずに背後に近づいたとして、イさんはそれを予想してナイフをもって準備していた。振り向きざまナイフで刺そうとする。逆に刺される。犯人はまた静かに部屋を出ていく」

「いいんじゃない?あとは護堂さんに気づかれないように出たり入ったり、イさんにちかづいたりできれば」

「ご都合主義っすね。イさんだって、誰かを殺そうと思うなら手袋するなりして指紋つかないようにするっすよ。それに護堂さんのところにいるのを目撃されたのに、同じ場所で人殺したらバレバレっす」

 がーん。なんてこった。よりによってお目付け役くんに推理の欠点を指摘されるなんて。後半は、その殺そうとした相手が警備員なら目撃した本人なのだから関係ない。前半だって、殺したあとゆっくり指紋を拭きとるつもりだったかもしれない。それもご都合主義といわれそうだけれど。

「やっぱダメだね。わからない。指紋の問題は保留だ」

「三重の密室の問題もあるんだから、犯人はイさん自身か警備員じゃない?」

「それ、一番外側はザルじゃない?車で敷地にはいったら、何人入ったか、出ていくとき何人だったかわからないよ」

「たしかにそうだね。でも、二番目は歩いて通らないといけないんだよ」

「協力者がいて、窓とか開けてたかも」

「警備員が戸締り確認するでしょ」

「昼間のうちに敷地に侵入するんだから、昼間窓を開けといて侵入すればいいよ」

「昼間は人の出入りがあるからやらないんじゃない?」

「じゃあ、暗くなってから協力者が帰宅するまでのあいだ。それか、警備員が協力者だ」

「警備員だったら、外から犯人をつれてこなくても、警備員が犯人でいいんじゃない?」

 ナイフをあとから密室にいれられれば、警備員説でもいい。

 そうだ。護堂さんの事件、警備員が実験室に一時間も閉じこもることはできないけれど、警備員が協力して外から犯人を招き入れたら問題解決だ。そのかわり、イさんも共犯にして、護堂さんが大人しく実験台の上にうつ伏せになってくれないといけない。共犯が多すぎる。護堂さんも何人もに恨まれるということはないだろう。とても解決に向かっているとは思えない推理だ。ダメだ。

 いやいや、共犯者が護堂さんの家族なら?疲れたでしょう?マッサージしてあげるから実験台に横になってって言ったらどうだ?ダメなんだった。家族は取り調べ済みだ。怪しくないんだった。

 いまはイさんの事件だ。

「警備員が犯人なら、返り血がついても自分で発見したことにすれば不自然じゃない。助け起こそうとして血がついちゃったことにできる。

 そうか!そうだよ、愛音ちゃん。二回目に護堂さんルームにきたとき、イさんは本当に眠ってたんだよ。徹夜で仕事してたんだしさ。それで駆け寄るフリして警備員がそのとき刺したんだ。刺す前に口を押えればうめき声がでないとか。で、ナイフを握らせて指紋をつけられるでしょ?ナイフはそのあとで密室に入れればいい」

「すごい、美結ちゃん。推理小説みたいなトリックだ。警備員ははじめからイさんを刺すつもりだったんだ。偶然うまいことトリックみたいになっただけだね。決まりだ。警備員からなにかでてくるね、きっと。いまごろ自白してたりして」

 なんだかもうスッキリした気分だ。

「最初の事件との関わりはどうなのかな。同一犯の場合は?」

「さっき考えてたんだけど、警備員を犯人にするにはイさんと共犯じゃないとうまくいかないんだよ」

「うーんと?」

「六時の最後の認証のときに実験室を出るには、五時にイさんが実験室を出るときに入れ替わりでいれてもらわないといけないんだよ。でも、警備員は一時間も実験室にいられない。長時間留守にしたらほかの警備員に不審に思われるし、六時前に警備員室にもどって巡回に出なくちゃいけないからね。護堂さんの事件は警備員が犯人の可能性は低いよ」

「その通りだ。愛音ちゃん、すごい。じゃあ、やっぱり護堂さんは自殺か、イさんに殺されて、イさんは警備員に刺されたんだ」

「警備員はなんでイさんを刺すことになるのかな?」

「痴情のもつれ?」

 一番安易な答えだけど、わたしだって思いつくのはそんなことだ。

「あとは、なにか秘密を知られたとか。夜にイさんが残ってたときとか、護堂さんの頭部を四階に運んでるときとか」

「イさんが護堂さんを殺したかもしれないのに、それより知られちゃマズい秘密ってあるのかな」

「そこが弱いね。じゃあ、警備員と護堂さんがデキてた」

「それはすごい推理だ。復讐だね」

「うん、そう」

「研究は?完成してすぐ刺されたんでしょう?今度こそ研究を奪うことが目的だったかも」

「いや、試験機が完成して共同開発の相手側に渡すってお父さん言ってたよ」

「そうか。おじさん、わたしにも完成したっていってたから、モノが手元にあるってことだね。盗まれてない」

「復讐かどうかわからないけど、警備員が犯人ていうのはほぼ決まりなんじゃないかな」

「そうだね」

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