第27話
研究所の門を出ると市役所前の道路だ。駅に向かってゆくと、道路の反対側に大きめの公園があらわれる。公園ではイベントを開催することがある。芝生の広場があったり、遊具のある一画があったり、桜並木があったりと、楽しみがいくつもある。子供の頃はイベントのためにきたこともあった。桜並木を美結ちゃんと並んで歩いてゆく。
「やっぱりさ、護堂さんは殺されたのかな、自殺じゃなくて。殺される理由も自殺する理由もいまいちこれというものがないけど」
哲学の散歩だから、考え、話しながら歩く。
「同じ犯人が二人を殺そうとしたって考えるんだね?」
「だって、ひとつのデバイスの研究をしていたふたりだよ?」
「男女だね」
「護堂さんをイさんが殺して、イさんは自殺ってこと?無理心中みたいな」
「そんな可能性もあるよね」
「そうだね。それでもいいけど」
「犯人がひとりの場合はどんなことが考えられるかな」
桜の木から毛虫が落ちてくるんじゃないかと恐れていたけれど、大丈夫みたいだ。毛虫のことは忘れることにする。
犯人がひとりなら、連続する事件で、やっぱりデバイスの研究がからんでいると考えざるを得ない。
「ちなみにだけどね、イさんも脳のスキャンの承諾書を書いていたよ」
「そうなの?」
「お父さんが電話してきたときに確かめた。すぐに答えが返ってきたから、お父さんも同じこと考えてたんだね。それか、犯人」
「もう、それはいいって。ややこしくなるから。もしイさんが死んじゃってたら、脳のスキャンがされたのかな」
「司法解剖されなければね」
「死因が明らかならか。胸を刺されたんだよね」
「そうなんだ」
「心臓一突きで即死なら、死因は心臓損傷になるかな。うん、検視だけで済まされちゃいそうだね。脳スキャンができるんだ。それを狙ったのかな。でも、はずした」
「今回は首を切ってないね」
「ああ、そうだね。脳スキャンしたかったら、また首を切ってクーラーボックスに入れるか。でもさ、殺しに失敗してるんだから、余裕がなかっただけかもしれない。時間があれば、確実に殺して首を切ってクーラーボックスで冷やしていたのかも」
「同一犯の犯行なら、デバイスがらみが濃厚で、脳スキャンが目的でもいいのかな。護堂さんの事件のあとだったからイさんが警戒していて、同じ手が使えなくてこうなったとかね」
どうにでも考えようはある気がする。
「同一犯だったらさ、密室の作り方のバリエーションがあったんだね」
「そっか。また密室だったんだっけ。護堂さんの事件はかなりいいセンまできてると、わたしも思う。今回は被害者が外で、鍵も外。犯人も外でいいだろうね。凶器が中。引き出しとロボットアームを使えばなんとでもなるのかな」
「そう願うよ。実はミステリマニアなのかも。美結ちゃん知らない?研究所にいるミステリマニア」
「理系の人はあまり小説読まないから、いないんじゃないかな」
「そう」
だったら、凶器をわざわざ密室に運ぶようなことしないでもらいたい。
「ねえ、あの掌紋認証のドアじゃない?」
「なにが?」
「犯人の目的。手のひらを登録した人を次々に殺してゆく。せっかく登録したのに、またドア開かなくなって登録しなおし。メンドクサイから開けっ放しでいいかってなるのを待ってるとか」
よくそんなことを思いつく。想像力豊かだ。
「そうすると、つぎに手のひらを登録した人は命が危ないんだ」
「うん」
「否定する材料もないけど、密室にしたり、首を切ったりする理由はどう考えればいいのかな」
「密室にすると、ああメンドクサイと必ず思うよ。密室になにも事件に関係するものが残ってなければ、実験室開けなくちゃって思わないんじゃない?」
「なるほど。首切りは?」
「うーん、なにかの隠喩?」
「研究所をクビになった人が犯人とか?」
「それだ」
「すぐ特定できそうだね」
「あるいは目くらまし。本当の目的を隠すためだよ」
「本当の目的は、じゃあ、実験室にあるんだ。なにか盗むとか?」
「なんだろうね」
桜並木が尽きて、公園の敷地の端まできてしまった。美結ちゃんは公園の外周にあたる狭い道路にはいってゆく。生活道路だ。車が通るときは縦に並んでよけなければならないだろう。
「可能性のひとつだね。同一犯の場合は、検討できることは検討したかな。つぎは犯人が別の場合」
「別なら、護堂さんは自殺プラス協力者でもいいし、殺人でもいいんだよね。あれ?でもさ、死んで一時間くらいは掌紋認証できて、死体をリモコン操作みたいにできるって仮定すると、イさんが協力者か犯人の可能性が高いんだよね」
「ああ、そういえばそうだった。仮定がないともうお手上げだから、仮定がなりたっていてほしいね」
「それならさ、同一犯ならイさんしか犯人いないことになるよ。イさんが護堂さんを殺して、そのあと自殺」
「ホント?そうか。うん、そうか。イさんが犯人か。さっきの検討はなんだったんだ」
「たしかに」
美結ちゃんは切り替えが速い。
「よし、別の犯人にもどろう。護堂さんが自殺、イさんが協力者、イさんの自殺って言うのは同一犯の話と同じだから済ね。ほかは、護堂さんが自殺、イさんが協力者、イさんが殺されそうになった。これって考えられるかな」
「イさんを殺したい人がいて、護堂さんがいないからイさん一人で仕事してるってわかる。いましかないと思って実行に移した」
「なるほど。いいね愛音ちゃん」
美結ちゃんに褒められるのは幸せだ。
「イさんを殺したい動機のある人を警察が探すね、きっと」
「護堂さんを殺したのがイさんだと思い込んで、復讐のためにイさんを刺した」
「ますます冴えてるね。そういうドロドロいいよ。お昼のドラマみたいで。見たことないけど。イメージがね」
わたし冴えてるみたい。眠いのに。
「つぎは、護堂さんがイさんに殺されて、イさんは別の人に刺されたってのは?」
「ありゃ、さっきのふたつともあてはめられるんじゃない?」
「うん、そうだね。前の事件はイさんが犯人か協力者で決まり、あとの事件のことは独立に考えられたってことかな」
考え事をして歩いていて気づかなかったけれど、道が研究所から遠ざかるように曲がっている。左側に見えていた公園の敷地はすでに尽きている。
「ねえ、美結ちゃん。よくこの道歩いたの?共同研究してたとき」
「ううん、はじめてだよ」
「ダメじゃん。研究所から離れて行っちゃってるよ、この道」
「そう?でも、そのうち曲がるところあるよ。ド田舎じゃないんだから」
「本当かな。わたし行き倒れになりたくないよ?」
「大丈夫だよ、まだ朝なんだし」
「そろそろドアの業者の人くるんじゃない?」
「まだ大丈夫だよ、きっと。九時くらいだよ業者の人は」
「いま何時?ちょっと散歩っていうからケータイの入ったバッグ置いてきちゃった」
「わたしも手ぶら。わたしたちって、けっこういつもこんなだよね」
「たしかに」
わたしがしっかりしなくちゃいけないのに。やっぱり朝をやり直したい。これが夜じゃなくてよかった。
出てきたのは八時前だから、まだ九時にならないとは思うけど。あまり悠長にしてはいられない。このまま進んだとして、あとどのくらいで研究所にもどれるか見当がつかないんだし。
道は途中からあたらしく舗装したらしい装いになった。
研究所があるだろう方向はマンションかなにかを建設中で、工事現場だ。足場が組んであって、工事用シートで覆われている。地面は掘り返されていて、深くえぐれたところに水がたまっている。雨がたまったのか、下から湧いたのか。
道の反対側の住宅地はとっくに過ぎ去ってしまった。いまはまったくの荒地が広がっている。耕作放棄地だろう。
とにかく、このあたりは新しく開発している地域だということが明らかになった。開発地域の外縁を回る道路というのが、この道の役目のように思える。この道は研究所に帰れる道につながっているのだろうか。途中でぷっつり切れているなんていう心配が胸に芽生えて成長をはじめる。
「ねえ、愛音ちゃん。この風景って、非日常な感じじゃない?」
「そうだね。日常にこんな開発途中の殺伐とした景色はないね」
「事件のことを考えるには、非日常が大切なんじゃないかな」
「なに?密室の問題が解決できなかったら、またこようってこと?」
「うん、いいんじゃない?」
「そうかな。ゆっくり考えるなら、見慣れた風景のほうがいいんじゃない?見ても見なくてもいい、普段気にも留めない、無視している景色の方が考えられると思う」
「そういう考えもあるね」
「それにね、美結ちゃん。わたし、歩きすぎて足痛いよ」
「そうだったの?おんぶ?おんぶする?」
「それは遠慮する。今日スカートだし」
「じゃあさ、大きい道路に出たらタクシーで帰ろう。おカネはお目付け役くんに払ってもらえばいいよ」
「そんなの自分で払うけど」
「毎日一緒に登下校したころが懐かしくない?」
「うん。そうだね」
当り前だけど、まだ美結ちゃんは結婚していなかったし、世界はほとんどふたりきりで構成されていた。小中高大と学校があがるにつれて、世界は広がり、ふたりの世界も広がったけれど、それぞれの部分も広がっていった。いまではふたりとも仕事をしていて、ふたりの世界はほとんどない。細胞分裂しかかっている。いまだけ、この道を歩いているあいだだけ、ふたりの世界が復活しているのかもしれない。
美結ちゃんも同じように感じている。
「愛音ちゃん」
美結ちゃんがわたしに向かって両手を広げている。
「美結ちゃん」
わたしも両手を広げる。体をぶつけるようにして互いを抱きしめ合う。
「愛音ちゃん、副署長就任おめでとう。夢をかなえたね」
「美結ちゃんも、アンドロイドの研究成功おめでとう。美結ちゃんの夢の方がすごいよ」
なんだか、涙が出てくる。
「苦しかったでしょう?怖かったんだよね?でも、乗り越えた。愛音ちゃんは勝った。愛音ちゃんはやっぱり強かった。弱さを知ってる。人の醜いことも知ってる。愛音ちゃんは正義の味方だよ」
いつもそうだ。大事なところで、必ずこうやってビシッと決めてしまうのが美結ちゃんだ。
わたしが上級生の顔に上段蹴りをいれて脳震盪を起こさせたとき、怒ってくれた。
風邪をひいて寝込んだときは一緒の布団で寝てくれた。
神社で襲われたとき、たすけてくれた。
自分を見失って部屋から出られなくなったときは励ましてくれた。
もがき苦しんでいるあいだ、結局警察官を目指すと決めるまで見守っていてくれた。
美結ちゃん、大好き!
人生で何度目かの大絶叫を。
心の中で。
美結ちゃんには秘密だ。
「愛音ちゃん、あんまり泣きすぎると、化粧落ちてひどい顔になっちゃうよ?」
「あ、今日は五分で用意して出てきたから化粧してないや」
「ぷっ。大丈夫、スッピンでも。愛音ちゃんは美人だから」
「最初に笑ったでしょう。説得力なし」
上半身をはなして、両のほっぺをつまんでのばしてやった。
「はひへはう、ははひっしょひふごへへしははへはほ」
なに言ってるかわかんなーいといって笑ってやった。
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