第19話

「いい?愛音ちゃん。では、検討をはじめよう」

「はい、美結先生」

「サオリ先輩お願いします」

 頭をさげている。美結ちゃんが進めてくれるわけじゃないんだ。

「そう、わたしね。考えるべき方向性を示すってことならできるかもしれない。はじめに、誰が犯人かかな」

「いきなりそこですか、難問です」

「つまり、誰ならできたか、誰が動機をもっているか、このふたつを考えるってことになる」

「誰ならできたかは、お手上げです」

「そうね、これはどうやってやったかのところで考えた方がいいかもしれない」

「動機って、なぜってことじゃないですか」

 美結ちゃんはするどい。

「そうね、誰がと考えるためにはなぜを考えることが役立つ。あるいはどうやってもそう。動機についての捜査はなにも進展はないの?」

「家族を取り調べてなにも出てこなかったみたいです。仕事が行き詰ってたって情報があって、さっき助手のイさんを取り調べてました。聞いていたところによると、事件の直前にはうまくいきそうだってことになってたみたいです」

「そう。それって、被害者は行き詰ったけど、引き継いだ助手の人はうまく切り抜けられたってことではないの?」

「そんな、協力して研究するものじゃないんですか」

「助手の人が主任にこうすればうまくいくんですよっていえないかもしれない」

「どうなの?美結ちゃん」

「他人のことはわからないな。あのイさんはちょっとおとなしそうだから、そういうこともあるかもしれないけど」

「そう。そうすると、仕事を苦に自殺ってことも考えられるかな。あと、昨日美結ちゃんと話したんですけど、護堂さんの研究は殺しの動機になるほどの価値はなさそうなんです」

「そうね、そんな研究ができればいいけれど」

 わたしなら命を狙われたくはない。

「動機と言ったら仕事上のトラブル、金銭トラブル、恋愛のトラブルっていうのが定番だと思うのだけれど、どれも該当しないのね?」

「捜査した限りでは出てません」

「そうすると、動機としては自殺の動機が見つかったかもしれないくらいね」

「誰がは、護堂さんがになるんですね」

「そう、その場合はね」

 自殺は自分が自分を殺す。

「なぜ首を切ったのかな」

「密室に体をいれるためにっていうのが、ひとつの候補ですね」

「首は実験室の台の上で切ったといってなかった?」

「そっか。そうですよね。じゃあ、なんでだろ」

「愛音ちゃん、もっと顕著なのがあるんじゃない?」

「脳のスキャンだ!」

「そう。頭を冷やしてた。それは脳のスキャンのためだよね」

「でも、犯人にとっては目撃者になるんじゃないですか?」

「それは大丈夫。記憶にのこってないはずだよ。脳のスキャンのこと知ってたら当然そのことも知ってる」

「そうか。でもさ、被害者本人なら誰に殺されそうか心当たりがあってもいいんじゃない?そうなると目撃されてなくても、やっぱり犯人の立場が危なくなると思う」

「つまり、本人が気づいていない理由で殺したってことじゃないかな」

「なるほど。殺されるってわかってて大人しく殺される人もいないか」

「脳のスキャンで利益があるというと、なにかな」

「美結ちゃん」

 疑いの眼を向ける。

「うっ、胸が痛むよ。愛音ちゃんに疑われるなんて」

「だって、まだ人間で脳のスキャンやったことなかったんでしょ?やってみたくてうずうずしてたんでしょ?そんなときに、とうとう人間で脳のスキャンができることになったんだよ」

「わたし、そんなヒドイ人間だと思われてたのねっ」

 手で顔を覆って、いやいやをする。

「ううん、探求心が旺盛なの」

 テーブル越しに美結ちゃんの肩に手を置く。

「プロジェクト終了から二年も三年も待たずに行動に移した方がよくない?」

「ほとぼりが冷めるのを待ってたんだよ」

「でも、脳スキャンしちゃったらバレバレになるよ」

「そういう言い訳を考えてあったんだよ」

「もう、いいよ。どうせレイがやらせてくれるだろうから、気長に待とうって思ってました」

「そっか。美結ちゃんにはいい実験台がいたんだ。美結ちゃんが直接やらなくても、なにか機械仕掛けで首をチョッキンとやれるかもしれないと思ったんだけど」

 人差し指と中指でチョッキンの動作をした。

「被害者の脳は、スキャンしたくなるような特別な脳なの?」

 脳のスキャンの話をしていると、クーラーボックスに納まった青黒くて、ふやけたみたいに白い皮膚をした生首が頭にちらちらと思い浮かんでしまう。不気味な気分。

「そうだよ、護堂さんで試したかったのかもしれない」

「愛音ちゃんの罠にはめられてる気分。刑事さん、わたしはやってません」

「親子丼食べるか?」

「そこはケチらずにかつ丼とってよ」

「ケチったわけじゃないよ。かつ丼代は美結ちゃん持ちになるんだから」

「じゃあなんで親子丼なの」

「わたしの好み」

「そうだった。愛音ちゃんは親子丼派だった」

「で、護堂さんはどうなの?」

「かつ丼派でしょ」

「そうじゃなくて」

「わかってる。護堂さんの脳に特別な魅力があるってことはないかな。承諾書を書いてるってことでいうと、研究所の人で何十人かいるはずです」

「じゃあ、承諾書を書いたひとりだったんだ」

「うん、だから脳スキャンできるんだよ」

「そのことはみんなが知ってるの?」

「わたしは知らなかった。お父さんが書類を保管してるはず」

「あとは?」

「あとは、助手のイさんは聞いてたかもしれないよね。レイも話を聞いてたかも。脳スキャンの開発プロジェクトメンバーだったから、雑談してて聞いていたってことはあるかも」

「あと、得する人いる?」

「そうなると、あやしいのはお父さんだ」

「なんでそうなるの」

「だって、護堂さん死んじゃったら給料払わなくていいでしょ?でもアンドロイドになって研究はしてくれるってことは、会社が助かるでしょ」

「ケチくさいね、その動機。美結ちゃんのお父さんは人件費減らしたいの?ひとりくらい減らしても大差ないんじゃない?」

「ということは、これから連続殺人事件に発展するってことかも」

「もう、そんなの考えるだけ無駄だよ」

「脳のスキャンにかかる時間とかおカネとかもからんできそうね」

 サオリ先輩は真面目顔だ。

「でも、今度会ったらカマかけてみるよ。お父さん、やったでしょって」

「わたしが言ったことにしないでね」

「あ、うん」

「あー、図星だ。ひどいよ、美結ちゃん」

「じゃあ、わたしが思いついたっていう」

「本当のことだから」

 美結ちゃんは油断ならない。

「首を切った理由が別にあって、カモフラージュのために脳スキャンをできるようにしたとかはどう?」

「ややこしいですね」

「警察の事件なんてみんなややこしいんじゃないの?」

「そんなことないよ。殺人の多くは家族同士で殺し合うんだから、すぐに犯人の目星つくんだよ」

「でも、今回は家族の線はなさそうなんでしょ?研究所で死んだんだし」

「そうだね」

「わたしでも知ってる有名な首切りの理由があるじゃない?」

 サオリ先輩は人差し指をたてている。なんだか得意げだ。

「有名?首切る理由ですか?」

「なり替わり」

「えー、でも首も一緒にでたら、なり替われないじゃないですか」

「首と体が同一人物のものなの?」

「えーと、別人のものだとすると、ふたり死んでて、えーと。どうやっていれかわるんです?」

「ふたり死んでるのにひとりと見せかけるといいことないかな」

「思いつきません。それに、頭も体も護堂さんでした」

「じゃあ、なり変わりはなしってことで」

「なんですかそれー。あっさり。考えた意味ないじゃないですか」

「考えたってことに意味があるの。考えたから、なり変わりはなしって結論がでたんじゃない。これは考えもしないってことよりはるかに前進したことになるの」

「なる、ほど」

 あまりピンとこない。

「愛音ちゃん、うまく解決できないってことは見落としてる可能性があるってことなんだよ。サオリ先輩はそのことを知ってるから、とにかく全部の可能性を検討してるんだし、この全部を網羅するってのが、数学者は得意だし、ほかの人は先入観からつい見落としちゃうってことが多いの」

「ふーん。理系だね」

「あとは」

「まだあるんですか」

「まあね。首を絞めたあとを隠すために切った」

 サオリ先輩は自分の首を絞めるフリをしている。

「あ、それはありません。首はピッタリ切り口が重なるそうです。途中がなくなってるってことはないんです。それに、すっごい切れ味の刃物でスパッと一回で切ったらしくて」

 うう、自分でいっておいてなんだけど、気持ち悪い。

「切り口が汚くなって絞殺のあとを隠すようにはなってないって。それに、生きてる状態で首を切ったんです。死因は首チョンパ」

 ダメだ。サイダーを一口。しゅわー。

「それで、凶器は?でたの?その、おっそろしく切れ味のいい刃物は」

 首を横に振る。

「切れ味が鋭いっていうのは特徴じゃない?研究で使ってたとかは?」

「護堂さんの研究で刃物使ってはいなかったみたいです。研究所内にのこっているかどうか」

「そう。でも、頭部は研究所内で発見されたんだし、刃渡りで行くと二三十センチにもなるでしょう?もちだそうとすれば監視カメラに映ったりするんじゃない?」

「テニスラケットのケースにいれれば隠して外にもちだせるんじゃないですか?」

 すごい、閃いた。

「なるほど。そうしたら、中庭から刃物がでるかもしれないのね?でも、中庭は調べたんじゃないの?」

「えっと」

 あれ?どうだろう。捜査会議のときなにか言ってたかな。聞き逃したかもしれないけれど、なにも出ていないからボケっと聞き逃したのだろう。出ていないはずだ。緒沢くんはどことなく去って行ったし、確認できる人がいない。

「たぶん出てないんですけど、あとで確認してみますね」

「テニスラケットをもって自動ドアを通った人を調べれば容疑者が確定できそうだね」

「うん。けど、なんかなさそうな気がしてきた」

「凶器から犯人を追うのは保留にしましょう」

 一瞬の間。

「いつとどこではわかっているんでしょう?」

「死亡推定時刻は昨日の午前六時から七時の間です」

「それは司法解剖で?」

「いえ、検視だけです。つまり、解剖してません。さらにいうと、検視では午前四時から午前七時の間という見たてで、午前六時というのは最後に掌紋認証がされた時刻です」

「そう。最後に被害者が目撃されたのはいつなの?」

「えっと、午前五時に助手のイさんが帰宅しています。ちなみにそのときも掌紋認証してます」

「実験室で一緒に作業をしていて、帰るのでドアを開けてもらったと考えられるのね。それが最後で、あとはひとり」

「そうです」

「どこでは、実験室で決まりね?」

「実験台の上でいいと思います。血が大量にたまっていたし、頭があったあたりの方には血があまり流れてないんです。切り口から横に流れてる。これって、首を切ってからも少しの間心臓が動いていたということだし、台の上に血が流れ出たときに頭側の首があった、あるいは首を切る道具があったってことです」

「うん、よさそうね。なにをやったかは、首を切って移動したでいいでしょう。では、つぎの検討に進みましょう」

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