第20話
「つぎはいよいよ、密室の解明ですね」
「美結ちゃんやる気ね」
「小説みたいでワクワクします」
「美結ちゃん、小説読まないくせに」
「だから、みたいでしょ?現実だからワクワクするんだよ。小説みたいな小説を読んでも面白くないってこと」
わかったような、わからないような。
「そのまえにトイレ」
「がくっ。サオリせんぱーい」
美結ちゃんはテーブルに突っ伏した。
「美結ちゃんのやる気に水を差してごめんなさい?トイレだけに」
「わたしも」
用を済ませて、サオリ先輩と洗面台の前でふたりきり。
手を洗う。
「お兄さん結婚しちゃったんですよね」
「そう。しちゃったの」
「その後どうです?」
サオリ先輩が水道から手を離す。水が止まる。上を見上げる。
「そうねえ。幸せを探してる」
「前向きですね」
「兄にね、幸せになってもらいたいなって思ったの。大切な人には幸せになってもらいたいって」
「すこしわかります」
わたしも水道から手を離す。ハンカチをポーチから出して手を拭く。
「兄はね、結婚するまえにこういったの。サオリのこと大切だって」
どういう話になるのだろう。
「兄は、わたしに幸せになってもらいたいって思うはずじゃない?それなのに、兄が結婚してしまったせいでわたしが幸せになれなかったら、兄はどう思うんだろう」
さすがサオリ先輩。いっていることが複雑になってきた。
「わたしが幸せになってあげることは、兄を喜ばせることになるでしょう?」
「そうなりますかね」
ハンカチを仕舞う。
「兄を喜ばせるためには幸せになってあげないといけないの」
「喜ばせる必要があるんですか」
サオリ先輩が先に歩きだす。
「わたしのこと大切に思ってくれてるんだから。嫌いだとか、何とも思わないとかじゃないの」
「納得しちゃったんですね」
「納得。そうかもしれない」
振り返る。ドアの前。手をドアにかけている。
「愛音ちゃんは?納得いかない?」
え?なんの話になってる?わたし?
サオリ先輩はドアを押し開けて行ってしまった。わたしもあとを追ってトイレを出る。
「あー、ふたりでなんの話してたんですか」
「ふふふ。秘密だけど知りたい?」
なんの話?
「納豆食うって話」
「ナットウクウ?」
「関西の人って、本当に納豆食べないのかなって」
「なにそれー。でも、大好きだって人知ってます。関西人なのに、毎朝納豆食べてるって。ニセ関西人だって言ってからかってました」
「そうなの。食文化が平均化されてきているんだね」
テーブルについて落ち着く。いや、落ち着け。こっそり深呼吸する。サオリ先輩が話をはじめる。
「どうやって密室をつくったかわかってないのね?」
「まったくわかりません。わたしの任務がそれです」
「密室からどうやって脱出したかといったほうがいいんだったっけ」
「はい。それで」
「それで?わたしが考えるってこと?愛音ちゃんが考えて。わたし数学者なんだから、数学の問題にならないとわからない」
「どうやって脱出したかですね。えーと。えーと。美結ちゃんパス」
「パスされても困るー。こういうときは場合わけだよ、愛音ちゃん。密室の作り方を全部あげていくんだよ」
「密室の作り方マニュアルみたいのは警察の資料にもないよ、美結ちゃん」
「じゃあ、いま作るってことだね。一度作ればつぎに密室の事件があっても使えて便利」
「えー、いやだー」
そうそう密室の事件があったらたまらない。
「わたしは暗記が得意なの。ゼロから考えて資料を作るなんてできない。美結ちゃんだって知ってるでしょ?」
「わたしは暗記が苦手だけどね」
「美結ちゃん作って」
「よっしゃ。えーと、どういう場合があるかな。よくあるのは、ふつうに鍵かけておいて、発見時に鍵をぽいっと床に落とすやつ」
「鍵は手のひらだから、それはできないよ、美結ちゃん」
「愛音ちゃん、それはこの事件に限った話でしょ?もっと一般的に考えるんだよ。そのあと、この事件のことを考える。そうしないと見落としちゃう場合がでてくるんだよ。それに具体的じゃない方が考えやすいんだ」
「そうなの?」
サオリ先輩は微笑んでいる。そういうことらしい。
「じゃあ、はじめから」
「うん。ふつうに鍵かけておいて、発見時に鍵をぽいっと床に落とすやつ」
「あるある。ちょっと残念だよね、それ」
わたしもはじめからやりなおした。手帳に書いてみる。
「あと、犯人が中にいて、発見時に今きたみたいな顔であらわれる」
「それもつまらないな」
「犯人が密室の中にいるか、外にいるかの分類ね」
「そうまとめられますね、サオリ先輩。すごいスッキリ」
書いたものにバツをつけて、書き直す。
「犯人が外にいるときの鍵のかけ方の分類もできるかな」
「ひとつは、さっきの普通の鍵を使うでしょ?あと、合鍵。不正に作った合鍵。鍵をつかわないピッキング」
「じつはカギかかってなかったって場合もあるかな」
サオリ先輩はするどい。そしてひねくれている。書きたす。
「そうすると、こんな感じ?」
「ほう。愛音ちゃんやるね」
「今度は、被害者でも同じこと考える必要があるね」
サオリ先輩はテーブルに肘をのせて、顔の前で手を組み合わせている。
「被害者が殺されてから密室にいれられたと、密室で殺されたですか?」
「密室で殺された場合は、あとなにもする必要ない、犯人がどうしたかの、この表になるけれど、一般的には密室にしたあと遺体をいれた場合は考えた方がいいと思う」
「たしかに、首が切られているのは、頭がとおれない隙間から遺体をいれたという考えによくなじみそうです。いや、台の上で殺されたんだから、ううん、一般的な場合の話か。一般的に考えるってむづかしい。つい、今回の事件で考えちゃう」
「ドアが閉まりつつあるときに首をバッサリ、体は部屋の中、頭は外っていうのは?どうなります?」
「美結ちゃん、すごいこと思いつくね」
「それは、ギリギリ殺されてから密室に分類されることになるけれど、今回のように自動ドアの場合もあるから分類を細かくして、途中というのも念のためいれておきましょうか」
話しながら、サオリ先輩の表情がキリッとする。
「ここで、今回の事件を当てはめて考えましょう」
いよいよだ。美結ちゃんがわたしのメモをくるっと自分の向きに変えて、鉛筆をかまえる。内内、内外、外内、外外と追加した。うん、網羅されている。
「最初は、密室の内側で殺されて、犯人が内側にいる場合。
被害者は移動しないから考えることなくて、犯人がなんらかの方法で脱出する場合と、どこかに隠れていて、密室が壊されてからノコノコ出てくる場合が考えられるんだったね」
「犯人が隠れてるって場合は消していいよ。密室が壊れるときに捜査員がいたし、鑑識が最初、つぎに警察医、そのあと捜査員だったから、誰も隠れてなかったし、ほかの人にまぎれることできなかったもん」
「なるほど、そうだね。じゃあ、犯人が脱出する場合だけ残すね」
シャッと音をさせて、一行消した。
「二番目は、被害者が実験室の中で殺されたのは同じで、犯人が密室の外にいる場合。鍵は自動でかかるから、鍵のかけ方は考えなくていいね。
いまの場合は、外から被害者を殺さないといけない。自殺なら問題ないね。そのあと、頭を密室から出さないといけないけど。でも、犯人を出すより大きさ的には小さいよね」
「それに、実験室と外をつなぐ引き出しがあるんだよ。あれ使ってなんかできないかな。ロボットアームもあったし」
「そうだよね、一番有望そう。外から殺すか自殺で、頭だけ外に出す場合ね」
「三番目は被害者が外で殺されて、犯人が実験室の中にいる場合。
これなさそうだね。犯人閉じ込められちゃってるよ」
「うん、わざわざこんな状況で犯行を犯さないと思う」
「四番目はっと、被害者も犯人も実験室の外にいる場合。
これは、なんらかの方法で体を密室の中にいれなくちゃいけない。二番目と似てるね。頭を外に出すに対して、体を内にいれる。全体の大きさは大きくなるけど、頭よりは厚みが薄いって特徴があるね。床下がつながってたらうまくいったかもしれない」
「それでも、体を台に乗せるっていうのが無理っぽい。ないね」
「さて、最後にドアが閉まる途中で殺された場合」
「ああ、美結ちゃんのヒラメキね」
「そうだよ、これ大事」
「そうかな」
「まあ、聞いて。被害者は認証してドアを開けて犯人を実験室に招き入れようとする。やあとか言ってから背中を見せる。犯人は用意してきた刃物で首をスパッ。ドアが閉まらないうちに頭をもって実験室の外に出る。ねっ?」
「ねって言われても。体はドアのところでしょ?台まで移動するのがむづかしそう」
「でも、ほら。犯人と頭は外、体は中だよ。あとは体を移動するだけなんだから、一番有望じゃない?」
「今回の事件でいうと、首は実験台の上で切ったんだよ。どこでの話でしたとおりだよ。内内か内外だけ考えればいいってこと。ドアが閉まるのがもっとゆっくりだったら、実験台までいって首切って、頭をもって外にでるってことも考えられるけど、そんな時間はないよね、ドアが開いてから閉まるまで」
「でも、待って?あのドア開きっぱなしにもできるんだよ?ボタン押すだけで」
「ドアの開閉が記録に残ってるからダメだよ。最後の認証のとき、延長ボタンを押したっていえるほど長く開いてなかった」
「そうかー。ダメ?そうすると、犯人か頭だけかを密室の外に出すことを考えないといけないのかー」
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