第12話
一旦美結ちゃんとわかれ、会議室にもどってきた。お目付け役くんを御用聞きに回らせた方がいい頃合いかと思ったのだ。よって、また会議室にぽつんとひとり。美結ちゃんと会ったばかりだから、脳内再生してさっきの美結ちゃんを堪能しよう。
思った矢先の、ノック。
「ヒメが臨場なんて、ありがてえなあ」
「ヒメというのは誰に向かっておっしゃってるんですか」
睨みあいになる。
こんな余計なものを見たら、まぶたの裏に残った美結ちゃんの余韻が消えてしまう。余計に険しい顔つきになってしまうもの仕方ない。
「もとい、月姫副署長」
「ということは、ここの警備してる会社だったんですね、轟さんの会社」
「まあな」
轟なんて、瓦職人か警察にはいるしかないような名前の人で、わたしが警察庁からやってきて一番ガッカリした人だろう。退官前になって副署長のイスが空くとわかって刑事課長の立場にあったら、誰だって自分が副署長に持ちあがると期待するというものだ。そうならずに、刑事課長のまま今年退官になってしまい、いまは警備会社に勤めていると噂に聞いた。副署長になったか、刑事課長のままだったかで、警備会社での待遇も大きくちがうだろう。
捜査主任とちがって、この人は明らかに強面の部類に入る容貌をしている。町で見かけても近づきたくないと思う。その分、刑事らしい刑事といえるかもしれない。いまはちがうけれど。
「タバコは吸えませんよ?」
「知ってる。二階のベランダで吸える」
わたしはタバコが嫌いなのだけれど、どうだろう、このまま帰すか、元刑事課長で警備している会社の人間なんだし、なにか有益な情報がもらえる可能性があるだろうか。対応を決めかねているうちにも、勝手にイスを引きだしてすわっている。お茶はいらないだろう。
「なにか捜査に有益な情報でも?」
「そんなものあったら捜査員に話す」
「ですよね」
だったらこちらに用はない。
「捜査情報は提供できませんよ?」
「わかってる。たいした情報があがってきてるとも思わねえが」
たしかに、緒沢くんが進み具合を報告してくるだけで、捜査の報告を受けているわけではない。連絡係なのだからかまわないと思っているけれど。
じゃあ、孫の話でもしたいのかな?孫がいるともいないとも聞いたことはないけれど。
こうして会議室で相対しているのは落ち着かない。こういう人に対するのは道場でのほうが落ち着くというものだ。
「ここを無人にできないんで、話ならここでしてほしいんですけど」
言い終わるかというタイミングで緒沢くんがもどってきてしまった。もどるのが早すぎるぞ。もう二三周まわってくればよかったのに。
「課長!」
右手が敬礼しそうになって、どうにか敬礼するまえにとどめた。反射的な行動を反射神経でとめるって複雑な技だ。轟さんに敬礼するなと教えられたのだろう。轟さんの顔を見て体が思い出したのかもしれない。朝はビシッと敬礼していたのだから。
「足ひっぱらずにやれてるか?」
「はいっ。いまは副署長の監視役で、会議室に詰めてるっす」
「というわけだ」
「というわけですね」
お目付け役くんはひと回りしてきて、捜査は順調に進んでいて研究所に要請することはないという。仕方ない、一度くらい付き合ってやるか。二階のベランダでタバコにつきあってくると言い捨てた。
「ふぅ」
轟さんがため息。怖ろしく似つかわしくない。相手にため息をつかせるならともかく、自分でため息をつくなんて。孫の教育に悩んででもいるのだろうか。いい塾教えてくれなんて言われても、わたしは塾に通ったことがないから期待には答えられない。
タバコの煙がやってこないところにポジショニングしているのだけれど、もうこのベランダ全体がタバコ臭くてしかたない。不愉快だ。
「夜、捜査会議があるんだろ?」
うなづく。わかりきったことだ。
「死亡推定時刻な」
あれ?やっぱり事件の話か。わたしに話して意味のあることなのだろうか。
「今朝早くだっつってる」
「警察医の人ですか?」
「ああ。助手の女な。そのころに自動ドアを通って帰るところが監視カメラに映ってた」
そりゃ、あそこを通らずに帰るとしたら窓から出なければならないから、普通に帰ろうと思えば監視カメラに映って、自動ドアを通るだろう。被疑者筆頭だ。
「女も確かにその時間に帰ったといってる」
うん。ごまかそうったってそうはいかない。というか、捜査情報。まずいな、誰かシャベっちゃってる。元上司で強面のおじさんだからって、捜査員がそれでは困ってしまう。捜査会議で釘をささないと。
「門のところにも人が通ったときだけ撮影するカメラがあるんだ」
それは気づかなかった。
「ちゃんと門から出ていった」
なにも問題はない。
「中庭にもドアがありますよ。もし知らなければですけど」
「通用口だな。門と同じように人が通ると撮影する」
知ってると思ってましたよ。
「それに、そっちは中からしか開かない」
そうだった。
「門と通用口以外は塀かフェンスだ。侵入者があれば反応するセンサーがついてる」
外部から敷地内への侵入はむづかしいということか。
敷地内へ侵入したとして、建物内への侵入はどうだろう。自動ドアを通ったすぐの右側は搬入口になっていた。もし搬入口の鍵を開けておいたら。
「一階の搬入口な、開けると開いてるあいだ警報がなるんだ。警備員室でも鳴るし、記録が残る。昨日から今朝は鳴ってない」
考えていることが読まれているようだ。顔に書いてあったかな。
「ついでにいうと、業者が玄関から大きい荷物を運び込んだってこともねえ。宅配便は警備員室をかならずとおるから、そっちも漏れはねえ」
なるほど、段ボールに潜んで侵入したものはなしか。
「実験室ってやつ、掌紋認証のドアつけてる部屋だな。掌紋認証の記録を調べたら、助手の女が出た時間がわかった。実験室での仕事が終わって、自分の荷物まとめて帰っていったわけだな」
助手も一緒に実験室にはいって仕事してたのか。中と外でわかれて仕事しそうなものだけれど。
「助手だけじゃねえ。昨日自動ドアを通って建物にはいった人間全員が、同じように自動ドアを通って建物から出てる。昨日は被害者と助手だけが宿泊申請して建物に残ってたんだ。ほかの人間は遅くとも十一時過ぎに建物を出てたってことだ」
死んだ人間だけが宿泊申請で建物内にとどまっていた。不自然といえるかもしれない。「そこまではいいんだ。いいんだが」
ため息の原因が明らかになるのだろうか。
「助手が出ていったあと、一時間してもう一度掌紋認証のドアが開いて閉まったんだ。あとは閉まりっきりだった」
記録に残っているならそうなのだろう。助手は容疑から外れる。
「けどな、さっき言ったように、その時間にこの建物には被害者以外誰も残ってなかったんだ。助手も一時間前に帰ったからな」
本当に被害者以外誰もいなかったなんていえるのだろうか。
自動ドアのカード認証で出入りが把握できる。監視カメラをチェックすることで、ゴマカシをしている人がいないかも確認できる。つまり、自分で認証しないで、他人が認証してドアを開けたときに一緒に自動ドアを抜けてしまう手を使ったらバレる。それで、被害者以外に人がいないことがわかる。
轟さんが言っているのはそういうことか。
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