第13話

「なにが問題なんです?」

「ドアを開けて閉めたんだ。誰か実験室にいれたってことだろう」

「自分が出て入ったとか」

「言い方がわるかったな。開けたら自動で閉まるんだ。で、ロックする。最後の認証のあと中にいたんだから、部屋から出てないってことになる。ちなみに、部屋の内側から認証している」

「そんなことまでわかるんですね。ということは、一度出ようと思ったけどやめた。認証したら、誰かきて押し込められた。誰か中にいたのが出ていった。いや、建物に誰もいないんだった」

 ダメだな。すぐにはわからない。認証用のパネルは部屋の隅の方にあるから、なにかの手違いで手のひらをパネルにかざしてしまったということはなさそうだし。

「それで、助手の女はアリバイがあることになる。助手が帰ったあと被害者が生きてたってことだからな」

 最後の認証がなければ助手があやしいといえるのだろうか。いや、認証があって実験室を出たのなら、認証の瞬間までは被害者が生きていたことにかわりない。首を切られて死んでいるのに掌紋認証のパネルに手のひらをかざしたら、それはゾンビだ。それとも護堂さんの怨念が自分の体を動かしたとか。認証のあと殺すのは、ドアが自動で閉まるのだから、暇がない。外から殺せるとして、どれくらいの時間があれば首を実験室の外に出せるだろう。そんなことが可能かどうかさえわからないけれど。帰り支度をして自動ドアを通るのに不自然に時間がかかったら疑われるだろう。助手を疑うのは見込み違いだ。

「まだ事件か自殺かわからないですよ」

「自殺ならそれでもいいんだ。首を切られて死んでいて、どこにも抵抗のあとがないらしいからな。でもな、科捜研の結果待ちなんて悠長なことは言ってられねえぞ。自殺と決まるまでは殺しを疑ってかかるのが刑事ってもんだ。事件は待っちゃくれない」

 こっちがため息が出る。なんで退官した人間にそんないろいろ情報をもらしちゃうかな。本当によく釘を刺さないといけない。釘どころか杭を打ち込むべきだ。

「でも、自殺が濃厚ってことでしょう?」

「それなら首を切った刃物を片付け、首をクーラーボックスにいれ、ほかの階の研究室の中に放置した人間がいたはずだ。鋭い刃物ってやつも出ねえ」

 護堂さんが自殺したとして、首をどうやって外に出すんだろう。やっぱり最後の認証と首の件は関係があると考えないといけないんじゃないか。後始末をしてくれる人間を招き入れたのか。そうすると、その人はどうやって外に出たんだ?認証なしで外に出られるくらいなら、はいることだってできそうなのに、はいるときは認証して開けてもらっていることになる。出るときも認証してもらえばいいって、わけにはいかないんだった。もう首がないんだから。ダメだ。わたしは考えるのが苦手なのだ。暗記ならまかせろなのに。

「密室から首を外に出し、後始末をした人がいるってことですね。その人が入ったとして、どうやって出ていったか」

 声に出しても効果はなかった。なにも思いつかない。第一、なんでそんなことするんだろう。殺人と見せかけるため?それなら、実験室をあらすとか、体をどこかにぶつけたり、首をかきむしったりとかすればよかったのに。睡眠薬を飲むとか、お酒をいっぱい飲むとかしたのかもしれないけれど、まだわからない。掌紋認証したあとドアを開けっぱなしにしない時点で失敗している。そういうことにはおそろしく疎い人だったということだろうか、護堂さんという人は。

 普通は計画殺人を物取りに見せかける、殺人を自殺に見せかけるものだ。自殺を殺人に見せかけてもメリットはない。警察が頭を悩ませるのをみてよろこぶといっても、そのとき自分はいない。警察が困るだろうなと愉快に思いながら自殺したとか?どんだけひねくれた性格だ。おっと、保険金があった。

「保険は?」

「はいってねえ。妻が勧めたら、保険は賭けだから、はいっても保険会社が儲けるだけで、契約者は損すると言われたらしい。宝くじと同じ仕組みでできてるんだとか言ってたそうだ。説明されてもよく理解できなかったらしいが。研究者の夫が言うならそうなのだろうと納得したってことだ」

 保険金がおりないなら関係ない。殺人に見せかける理由がない。

「もう忘れちまってるかもしれないが、建物に被害者以外いなかったんだ」

 そのくらいは覚えている。

「まるで幽霊ですね」

「そうだ、シチメンドくせえ鍵のかかった部屋を抜け出す、この建物に存在するはずのない人物だ。幽霊とでも思いたくなる」

 でも、警察が幽霊のせいにすることはできない。幽霊でも、他人の首は密室からもちだせないんじゃないだろうか。幽霊のことはくわしくないけれど。

「朝になってノッポとチビが出勤してきたら研究室に生首のクーラーボックスがあったらしい。あのコンビのまえにも自動ドアを通った人間は何人かいたが、あやしいと思える奴がいねえ。クーラーボックスを四階に運ぶくらいなら時間はかからねえだろうが、短い間に大勢の人間が出勤してくる。おれだったら、誰もいないうちに済ませてえな」

 手すりに吊るした缶にタバコを放り込み、あたらしいタバコに火をつける。すこしは休めばいいのに。まあ、いいか。

「夜十一時に所員を追い出すように、申請しねえと八時前に建物にはいれないことになってる。だから、早く仕事をはじめたいやつは八時になると競争みてえに自動ドアを抜けるんだ。余計に朝はマズいと思うよな」

 護堂さんが朝八時くらいに自殺したとする。出勤してきた人が首を実験室から出してクーラーボックスにいれ、後片付けもする。クーラーボックスを四階に運ぶ。ノッポとチビが発見する。でも、八時は朝早くといわないだろう。それでいて首を切ったらすぐ冷やさなければならないんだから、これはちがう。

「いや、そうじゃなかった」

 なにが?

「血があった。首切ったあとすぐに片付けねえと、血が固まるだろ。首の下にまな板みたいなもんかってたとしたら、そのあとがのこるはずだ。頭をどかしたら、そのあとも。そういうのはなかったんだ。だから、首切ったらすぐに片付けた。それしかない。うん。そうだろうな」

 ほら、首はすぐにクーラーボックスだ。やっぱり幽霊で確定だ。生きた人が誰もいない建物で自殺した道具を片付け、首をもって密室を抜け出すなんて。迷惑千万だ。逮捕だ。

「それで?」

「早く決着をつけてもらいたい」

「決着って、自殺って発表しろってことですか?」

「まあ、それでもいいが。詳しい話が表にでなけりゃな」

 警備会社としては、事件とともに会社の名前を出されるのが困るのかもしれない。

 首切り死体ということはどうなんだろう。発表しないで済ませられるのだろうか。とてもそうは思えない。死因に関わる。すると、首切りで自殺なんて言うミステリアスな事件だ。そのうえ密室なんてネタまで提供してはマスコミが大喜びで大騒ぎでお祭りになってしまうかもしれない。マスコミのことはよくわからないけれど。

 つまり、密室ネタだけでも伏せておきたいところなのだろう。警備会社と密室はあまり関係があるように思わないけれど。

「警備会社としてですか?」

「元刑事課長の警備会社社員としてだな」

 会社の上の人に言われたのか、上の人に知られたくないのか。

「それをなぜわたしに?」

「密室なんつう現実離れしたもんは、現場の人間には手に余るっつうかな。そんなことまで手が回らねえっつうかな。まあ、考えるのは得意だろ?」

「誤解です。わたし考えるの苦手なんですよ?暗記が得意なんです」

「それにしてもだ。現場の人間よりはだいぶマシだろ」

「じゃあ、徹底して情報を外に漏らさないようにすれば?」

「情報ってのはな、誰かが知れば自然と漏れ伝わっていくもんなんだ」

 ああ、そうでしょうよ。あんたが元部下から仕入れたようにね。

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