第6話
お目付け役くんに留守番をさせて連れてこられたのは、二階の休憩室みたいなスペースだ。真ん中に廊下がそのまま通路として通っている。通路の片側はテーブルとイスがあって、ちょっとした打ち合わせをしたり、昼には弁当を食べたりするそうだ。通路の反対側はカーペット敷になっていて土足厳禁。大きなクッションが転がっていて、昼寝したり寝っ転がりながら研究の相談をしたりできる。寝っ転がりながら研究の相談というのはおかしい気がするけれど、脳への血流がよくなって話が進むことがあるらしい。それから、自販機がいくつもある。そんなスペースと通路がぶち抜きでひとつの空間になっている。
「この通路は、どこにつながってるの?位置関係からすると、ここは玄関の上でしょう?玄関からはいって左側の自動ドアのエリア?」
「そうだよ。研究所はふたつの建物でできていて、一階と二階でつながってるんだ。だから、自動ドアはどっちからはいっても、二階でふたつの建物を行き来できるんだよ。その先はもう一方の建物」
「そうすると、現場への通常の出入り口は自動ドアがふたつってことか」
「ふんふん」
自動販売機にしては大きな機械の前。通路をふくめた休憩スペース全体の中央あたりだ。
「これはカップの自販機なんだけどね、ボタンを押してから豆を挽いて抽出するんだよ。缶のコーヒーよりおいしいから」
美結ちゃんおススメの自販機のコーヒーを買った。人目を気にしてテーブル席につく。
「それで、なんで朝からわたしに文句たらたらだったの?」
「愛音ちゃんに文句なんて言ってないよ」
「言ってたよ、あの部屋にはいってきたとき」
「ああ、あれはお父さんに言ったんだよ」
「でも、副署長って」
「お父さん、研究所の副所長なの」
フクショチョウちがいか、紛らわしい。でも、美結ちゃんはわたしのこと副署長なんて呼ぶわけなかった。
「そっか、愛音ちゃんも副署長か。すごいね、この若さでお父さんと同じ地位を得ているなんて」
「警察署の副署長だから。本部ってのもあるんだよ」
「お父さんも研究所の副所長だけど、親会社ってのがあるよ」
「そっか。じゃあ、同じだ」
「ははー」
いや、警察庁本庁というのもあった。もう遅いか。
「愛音ちゃん、昔はあんなに反骨精神旺盛だったのに、いまじゃ警察官僚だからね。人生わからないよ」
「警察にだって反骨精神ある人いるよ」
「そうなの?でもさ、国会前でデモがあると正面の道路にでられないように機動隊を配備したり、政府の犬だって吠えてるようなもんじゃない?」
「反骨精神ある人は機動隊にはいれないんだね、あれは」
「そうなの?」
「思想調査があるんだ」
「うへー、気持ち悪い。それ聞いたら、機動隊員見ただけで政府の忠実な下僕って看板が頭に浮かんじゃうよ」
「しょうがない、本当のことなんだから。いまはどこに住んでるの?」
「市内のマンションだよ。わたしは電車で通ってるの。レイは遅くなることがあるから、市内の方がラクなんだ」
「大学は遅くなることないの?」
「やりたいだけやっていいって感じかな。わたしは割とバランスよくやってるつもり」
美結ちゃんが結婚しちゃうなんて。泣けてくる。
「新婚旅行は行かなかったんだっけ」
「そうだよー。家じゃないと充電できないんだ」
「美結ちゃんは特別だからね」
「そのかわり自宅新婚旅行したんだよ」
「旅行じゃないけどね」
「ただの休みともいう」
ちぇっ、こんな話題振るんじゃなかった。胃が重くなった。
「愛音ちゃん、怒ってる?」
「怒ってないよ。なんでわたしが怒らなくちゃいけないの」
「だって、眉間に皺」
おっと、よくないよくない。中指と薬指の先でもみほぐす。
「それに、ほら。結婚式のとき」
「結婚式のとき?」
「ファーストキスいただいちゃって」
コーヒーを吹きだしそうになった。たしかに人生のハイライトではあったけれど。
「なんでファーストキスって決めつけるの」
「だって、愛音ちゃん男の影なかったでしょ?わたしもだけど」
たしかに男とキスするなんて、考えたくない。どうも、出だしを間違ったみたいだ。仕切り直さなければならない。
「美結ちゃん、被害者のこと聞きたいんだけど。護堂さんだっけ」
「愛音ちゃんは連絡係でしょ?捜査みたいなこともするの?」
「せっかくだから無駄なオシャベリじゃなくて、すこしは事件に関わりのあることをオシャベリしたいよ」
嘘だけど。単に都合の悪い話はしたくないだけだ。事件の話も本当はしたくない。
「そうか。でも、わたし大学の人間で、共同研究は二年も三年も前に終わっちゃって、よくわからないよ。レイを呼ぶ?さっきちょっと話してきたんだけど」
美結ちゃんの夫になんて断固会いたくない。
「一緒に研究してるの?」
「分野はちがうと思う。レイは動物のアンドロイドだから。護堂さんは、人間がつけるデバイスだったかな。レイから聞いた話だから、うろ覚えだよ?」
「じゃあ、詳しく聞いといて」
もうわたしたちの会話から出ていけ。
「えー、メンドクサイよ」
「あ、犯人かばってる?犯人隠避で逮捕するよ」
「愛音ちゃんに逮捕されるー」
「一度被疑者確保ってやってみたいんだよね」
「愛音ちゃんやったことないの?犯人捕まえなくても偉くなれるの?」
「なれるよ。いっぱい勉強したおかげだけど」
「へー。それでも刑事の人とか、いうこときいてくれる?」
「もちろん。上下関係が厳しいんだよ」
「そっか」
「現場のことはお任せだけどね」
「じゃあ、関係ないんだ」
「そう。現場の人にとっては、副署長が誰かなんてどうでもいいの」
「寂しいね。せっかく正義の味方の愛音ちゃんなのに」
美結ちゃんは子供のころからずっと、わたしのこと正義の味方だといってくれる。わたしのアイデンティティは、美結ちゃんの正義の味方なのだ。
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