第2話
お目付け役くんは玄関に横づけで車をまわしてくれていた。署長がつけてくれた緒沢くんは、わたしが勝手なことをしないように監視役として同行することになったのだろう。だから、お目付け役くんだ。
「私服捜査官になって日が浅いの?」
「一年目っす。念願の刑事っす」
「ああ、わかる。わたしも中学くらいの頃は刑事になろうと思ってた」
「副署長がすか。似合いそっすね」
「うん。刑事になりたいって、親とか教師とかに話したら、勉強ができないとダメだっていわれてさ。格闘技は少しやってたから自信があったんだけど、勉強は平均くらいだったんだね。それで刑事になろうって思って、剣道と柔道と勉強をはじめたの」
「すごいっすね、中学生で」
そうならざるを得なかったのだ。
「で、ガンバりすぎてこうなったってわけ」
「ガンバったっすね、副署長」
「親友が一緒だったし、置いていかれちゃうって必死だったな」
「親友の人も警察すか」
「うーん、なんていうか、研究者かな」
「じゃあ、研究所で?」
「ちがうちがう。大学に残って研究者になった。わたしが刑事を目指しはじめたころ、研究者を目指しはじめたんだ」
きっかけは同じ事件だった。ふたりにとって、同じ事件が別の意味をもったのだ。
「じゃあ、研究所にいる知り合いってのは誰なんすか」
「うん。その親友のお父さん」
「親子そろって研究者っすか。おれなんかとは生まれがちがうっすね」
いや、どうなんだろう。生まれが関係あるのかどうかわからない。遺伝があるのか?でも、因果はありそう。美結ちゃんはあの両親のあいだにしか生まれなかったのだから。
「お父さんだけじゃなくて、お母さんも研究者だったんだけどね。親友が生まれたときに引退しちゃったんだ」
「普通の女の子にもどったっすね」
よくそんな古いことを知っている。わたしとあまり年がちがわないと思うのに。
「現場には行けずに居残りだったの?」
「ちがうっす。現場から課長に呼び戻されたんす」
「じゃあ、現場見たの?殺人かもしれないって話だけど」
「あれは、自殺や事故じゃないっす」
「どうして?」
「ひとつの部屋があって、その中にはガラス張りの部屋があるっす。手術台みたいな台が中にあって、上に人が寝転んでるんす」
部屋の中にさらに小さい部屋があるのか。危険な薬品でも使って実験するための部屋かな。
「頭が見えないんすけど、錯覚とかじゃなくて、首がスパッと切られて頭がないってことだったんす」
顔がゆがむ。想像しただけでこれだ。下半身がぞわぞわする。太ももの外側をごしごしさする。実物は見ないで済ませたいところだ。
「はじめは鑑識のために部屋にはいらなかったんすけど、終わって部屋にはいってみると小部屋にはいれないことがわかったんす」
「どういうこと?」
「鍵がかかってたんす」
「鍵ならスペアキー借りてくれば開けられるでしょ。スペアキーまで小部屋の中にあったってこと?」
「ちがうんす。研究所は普通じゃないっす。鍵は使わないドアなんすよ」
「さっぱりわからない。鍵を使わないのに鍵がかかってたの?」
「あれっす、指紋。登録した指紋じゃないと開かないんすよ」
「じゃあ、登録してる人呼んでこないといけないんだ。まだ出勤してなかったの?」
「それが」
お目付け役くんがもじもじと申し訳なさそうにしている。なにかミスして鍵あかなくしちゃったってこと?
「亡くなってる人、ああ、首を切られてるんで死んでると思うんす。中にはいれないから死亡の確認まだなんすけど」
「うん。死んでるよね。それで?」
「亡くなってるのが、研究室の主で、指紋を登録してる本人なんす」
「は?どういうこと?その人しか開けられないの?」
こっちを見てうなづいている。いいから前。前見て運転しなさい。指でフロントウィンドウを指して前見ろとうながす。
いくらなんでも、ひとりしかドアを開けられないってことはないんじゃないだろうか。休んだら、ほかの人も研究できなくなってしまうではないか。あるいはマスターキーがあるとか。
「それで、じゃあ、まだ死体にちかづけないんだ」
「ドアが開くまえに呼び戻されたっすから、そのあとは知らないんす」
現場のアール・アンド・ディー研究所は市役所のほとんど向かいにある。まえの道を通ったことは何度もあるけれど、研究所の敷地にはいったことはない。警察は町のはずれにあるから、中心に向かって車で走っている。さすがに町中になると車が増える。見えてきた。市役所だ。
市役所の前の道から研究所の敷地にはいって二十メートルくらいか、開きっぱなしの門がある。夜には閉まるのだろう。車で乗り入れて、駐車場にお行儀よく止める。
アール・アンド・ディー研究所。
研究所の親会社がアール・アンド・ディーといって、アールはロボティクス、ディーはなんだっけ、忘れた。デスではないだろう。あとでお母さんに教えてもらえばいい。アンドロイドを製造販売している会社だ。子会社たる研究所では、新製品の開発と技術開発や研究をしているんだったかな。美結ちゃんは共同研究で研究所と一緒に仕事したことがあるといっていた。
建物は四階建て、鉄筋コンクリートだろう。玄関前には警察車両が駐車してある。
玄関をはいると左右に廊下がある。どちらに行っても自動ドアがあり、ドアの脇にカード認証の機械が取りついている。左側の自動ドアの手前に小部屋があり、受付の窓口が切ってある。中に警備員が控えている。
対応してくれるのは女性の警備員さんだ。連絡係として指名されてやってきた旨を伝える。話はついていて、警備員さんが案内してくれるという。受付から出てきた警備員さんは小柄で華奢だ。警備ができるのかと心配になってしまうけれど、彼女に期待されているのは不審者を制圧することではないのだろう。女性トイレの見回りとか、女性でなければ困るようなことが警備にはあるのだ。名前は桜井さんという。
来客用のカードを渡され、ストラップで首にかける。反対側の自動ドアまで移動する。
「お手数ですが、ドアを通るたびにおひとりづつカードを機械にかざして認証してください。カードは建物内にいる間、見えるように首から下げてください」
自動ドアのまえで振り返りながらカードを読み取り機械に押しつけている。ピッと鳴ってドアがスライドする。思ったより認証に時間がかかるようだ。駅の改札だったらカードをかざして二三歩あるいたころに反応するようなタイミングだった。駅でそんなスピードだったら苦情が出るだろうし、ラッシュの時間はとてもさばききれないだろう。ただ、一度開いたドアが閉まるのを待たずに次の認証を受けつけてくれるのが救いだ。カードを押しつけ、ピッと鳴るまで待てばオッケー。そのあいだドアは開きっぱなしだった。ドアを通るたびということは、出るときもカード認証が必要ということだ。認証の機械はドアを通った反対側にも設置されている。片側通行。
自動ドアの先で廊下はつきあたり、左にまがっていた。まがった先は左右に部屋が並んでいる。突き当りの右側は壁だけれど、大きな鉄扉がついている。搬入路を兼ねた非常口だ。廊下を進まず、突き当り正面のエレベーターにのって四階へ。エレベーターを降りてみっつ目、ドアをノックして開け、そのまま押さえてくれる。
研究所だから、ここは研究室というのだろう。わたしは理系じゃないからこういう部屋になじみがない。三メートルくらいは細い通路になっていて、左側は金属ドアのついた小部屋になっている。この研究室だけの特徴だろう。中がどうなっているのかわからないけれど、建物の維持関連の施設っぽい。空調の管が通っているとか、通信や電気のケーブルが通っているとか、そんなものだろう。というのも、ドアの取っ手が突き出ていなくて、ボタンを押すとフックが飛び出すタイプのノブなのだ。普段使う部屋はそんなふうになってはいない。
通路の先まで出ても、やっぱり細長い部屋だった。左右の壁際にデスク、真ん中は通路、それが部屋の奥までつづく。各デスクにはパソコンがのっている。パソコンのほかに得体の知れない機械がのっているデスクもある。デスクの列がはじまる手前にラックがあって、中に機械が設置され、ライトがチカチカせわしなく明滅している。
パソコンの数にしては人がふたりしかいない。席を離れずにイスにすわったまま会釈だけしてきた。ふたりともラフな格好で髪型も気を使ったことがなさそう。すわったままでもわかるほどの、ひょろっとノッポと押しつぶしたようなチビのコンビだ。病気や障碍を疑うほど極端ではないけれど、二人そろっていると強調される。ちょっとアニメキャラっぽい。
「すぐに参りますので、かけてお待ちください」
通路を抜けてすぐ左側、小部屋に隠れるようにして打ち合わせスペースがあった。デスクのあるスペースとはパーテーションで区切られている。警備員さんがイスを引きだしてくれる。イスにすわって待つより部屋の中を見てまわりたい気分だったけれど、お行儀よく待つことにする。警察の代表みたいなものだ。あまり子供じみた行動は慎まなければならない。
警備員さんは部屋を出ていった。
ドアが開いて、人が例の狭い通路を歩いてくるらしい。床が板敷のように足音を響かせるのだ。イスから立ち上がって迎える。
「オジ」
言葉を飲み込む。頬をペチンと叩いて、気を引き締める。さっき子供じみたことはしないと決めたばかりだ。
「佐藤さん、おはようございます」
「結婚式のときは出席してくれてありがとう。美結は心配してたんだ。愛音ちゃんが出席してくれるか」
うなづいて返答とする。おじさんも会社役員じゃなくなっている。
「愛音ちゃんには殺人事件できてもらったんだよ」
「殺人?」
朝のヒトミちゃんの話では殺人かもしれないと言っていたけれど、お目付け役くんの話のとおりなら殺人だろう。どちらでもかまわない。わたしは連絡係だ、警察と研究所のあいだをとりもてばよい。
「佐藤さんが署長に話を?」
「そうなんだ。ちょっと特別な事情があって、愛音ちゃんのコネを利用させてもらったんだ」
「わたしになにをさせようっていうんです?」
「そうだね、まずはこれを見てもらうのが早いかな」
ノッポとチビが席を立って部屋の真ん中に移動していた。ふたりの足元の床に、よくあるクーラーボックスが置いてある。部屋にはいってきたときからあった。場違いなものがあるとは思っていた。全員で取り囲む。チビの人がクーラーボックスにかがみこんでふたを開け、場所をゆずる。
バッチリ、見てしまった。
生首の寝顔。
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