記憶飴

砂藪

記憶を飴玉に変える少女

 五百円玉サイズの飴玉を、パクリ。


「今日の報酬は、三日分の食事代か」


 少女が飴玉を口の中で転がす。雨が降る日に舐めた鉄棒みたいな味に思わず少女の顔が歪む。


「タマ。帰るぞ」


 呼ばれた少女が青年の手を握り、目の前にぼーっと立っている男性のことを見る。

 男性がなくしたくなったのは、一度犯した殺人の記憶だったらしい。口に含んだ瞬間、吐き出したくなった飴玉を少女が呑み込んで、やることは終わり。

 男性から事前にもらったお金で、二人はステーキを食べる予定だ。

 人を殺した記憶を飴玉にして食べて消すだけでステーキが食べられる。


「まずい」

「ステーキが食べられるんだからいいだろ」

「でも、まずいものはまずいんだよ、サギ」


 サギと呼ばれた青年に手を引かれ、タマと呼ばれた少女が路地を歩く。


 二人はネットで活動をしている「洗濯屋」である。

 服を洗濯するのではない。彼らが洗濯するのは記憶である。タマは頭を撫でた相手が強く思い出した記憶を飴玉に変換できる。その力を活かして商売にしようと言い出したのが一ヶ月前に会ったばかりのサギである。


「それに、仕事は前にもしたのに、ステーキ食べさせてくれなかった」


「肉よりも服を買わないといけないからな。ボロボロの服のままだとお前も俺も店から追い出されておしまいだぞ。また、店のものを盗みに来たのかって蹴られて追い出されるのも嫌だろ? 見た目からしてゴミ溜め産まれじゃねぇって思われないと」


「……」


 タマは目を伏せた。


 ボロボロの服を着て裏路地を歩き、ゴミ袋を漁る日々でタマは倒れていたサギに出会った。タマは裏路地の子どもたちのところにサギを連れて行った。温かいスープが出るわけもなく、施しを受けることもできずにサギは居心地の悪さを感じていたが、サギはタマが盗みをして大人に殴られたという子どもの頭を撫でて、頭から引き出した紫色の飴玉を口に放り込むのを見た。


 なにをしたのかと問いかけるサギにタマは「殴られた嫌な記憶を食べた」と言い出した。

 それを聞いて、サギは「ビジネスにできる」と確信したのだ。


 タマはサギからビジネスの話を聞いて、最初は自分にはできないと断ったが、一度だけと懇願され、人の記憶を飴玉にして食べて消すと、裏路地での生活を十年続けていても手に入れられないような大金が手に入った。


「家は買わないの?」


 最初に手にいれたお金は雨風をしのげる場所を用意することに使おうとしたタマからお金をとったサギは衣服を買わせ、髪を切り、身なりを整えた。


「今のうちに稼いどかないとな。すぐに目をつけられるだろうから、動きにくくなるような場所は持たない方がいい。基本、宿暮らしだな」


 タマは最初に稼いだお金のうち、手元に残った分を裏路地の子どもたちに渡した。


「俺はやめておいた方がいいと思うけどなぁ……」


 翌日、この地を離れるとサギに言われたタマはお別れを言うからと裏路地へ向かい、身を寄せ合い暮らしていた子どもたちの死体を見た。子どもが金を持っていれば、裏路地を闊歩する大人に奪われる。お金を今まで手にしたことがなかったタマにはそれが分からなかった。


「だから、やめておいた方がいいって言ったのに」

「……私のせい?」

「まぁ、間接的にはな。でも、こんなの日常茶飯事だろ。気にしててもしょうがねぇ」

「……」


 サギはタマの手を握るとそそくさとその場を立ち去った。


 ネットで記憶の消去を依頼した人物が待つ街へと行き、しばらく滞在して、また依頼が入ればそちらへと向かう。そんなことを繰り返していくうちにタマはサギについてだんだんと理解するようになった。


「なにかに追われているの?」

「いきなりどうした」

「だって、サギ、人目につかない場所を選ぶし、依頼もちゃんと調べてから依頼人に会うし、一人で行動するなって私とずっと一緒にいるし、外でご飯を食べる時も入り口が二つ以上あるお店しか選ばないし……」


 サギは観念したというように肩を竦めた。


「はいはい、ご明察。怒らせちゃいけねぇ奴をちょっと怒らせちまってな。命を狙われてんだ。さっさと金を稼いで顔を変えて、逃げねぇといけねぇからお前を使って稼いでるんだ。顔を変えて、なおかつ、俺を追ってる奴に顔を変えたことを知られないためには大金が必要だ」


 疲れたように息を吐きだしたサギの頭をタマが撫でた。


「なんだ、俺の記憶を消しても、俺が追われてる事実は変わらねぇぞ」

「撫でてるだけ」

「あっそ」


 しばらく、サギは大人しくタマに撫でられることにした。


「ねぇ」

「なんだよ」

「私がサギのことを追ってる人の記憶を消したら、逃げなくても済むの?」

「ああ、まぁ……」

「じゃあ、消しちゃおうよ」


 タマはサギの手を握って、笑った。

 裏路地の仲間たちのように、サギが消えるのを彼女は許さない。一緒に行動してきた日常は彼女にとっては手放しがたいものだった。


「私が他の人が持ってるサギの記憶、全部消してあげる」

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記憶飴 砂藪 @sunayabu

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