多忙な死神

結騎 了

#365日ショートショート 277

 無から現れた死神は、私の命を救った。

「まったく、なにをやっているんですか……。もう少し気を付けてください」

 過労に足元がふらつき、車道に倒れ込んだ直後だった。迫る乗用車のライトを浴びた瞬間、背中をぐいっと掴まれ、歩道に連れ戻された。そこには、鎌を持った喪服の男が立っていた。

「信じてくれますか。私が死神だってこと」

 そりゃあ、信じるしかない。行き交う通行人が誰も鎌の存在に騒がないのだ。どうやら、私以外には見えていないらしい。

「あなたたち人間の生死は、全て死神が管理しているのです。今後、不用意な事故は控えてください」

 死神は、しかめっ面でそう言い放った。よく見ると、喪服は型が崩れている。死神の目の下にも隈が……。仕事が忙しいのか、なんだか全体的にくたびれている。

 私も同じく、くたびれたサラリーマンだ。つい昨日も、懸命に通した企画案が急転直下で泡と消えた。円安だとか、物価高騰だとか。理由を説明する上司の言葉は耳に入ってこない。やりたいことはできないし、やりたくない仕事は増えていくばかり。雇われは、所詮こんなものなのか……。

「分かりますよ、あなたが考えていること」

 死神は気味悪く微笑んでみせた。「お互い大変ですね。かといって、車道に飛び出すのはいただけません」

 確かにそうだ。不気味だろうと、死神だろうと。この人に命を救われたことに変わりはない。礼を言って帰るとしよう。

「いえいえ、それには及びませんよ。来週まで、しっかり気を配っておいてください」

 なんだって。

「来週の水曜、あなたが心筋梗塞で絶命するって、もう稟議が通っているんです。くれぐれも、私の仕事を増やさないように」

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