第7話 海辺の写真(2)


 私はバカだ。

 フウコの友情を裏切っただけでなく、そのフウコが裏切った私のために、なんとか私だけでもあの写真に気づかないようにと絶交宣言してくれたのに、その言葉さえ守らず簡単に写真を見て、そして思い出してしまった。

 写真のよじこはだんだん写真の前面に近づいてきている。よじこは午前と午後の四時前後に、一番力が強くなるという。次は午後四時。その時どれだけ画面の自分に近づいて来ているのかと思うと、逃げ出したい気持ちになった。

 しかしよじこから逃げ切る方法はない。どんなに遠くにスマホを捨てても、壊しても、焼いても、戻ってくると言われている。

 昼過ぎに自宅にもどると、母は買い物に出かけて留守だった。父は元々出張中なのでいない。しんとしたリビングでレトルトのカレーを食べ、それから、嫌だったがスマホの電源をまた入れる。情報を集めるにはスマホに頼るしかない。まだ午後四時には間があるので大丈夫だと思った。

 私は元々怖い話は苦手なので小学生の頃に聞いた噂話は忘れていたが、検索するとまだネット上にはたくさんのよじこ情報があふれていた。

 よじこは元々、意地悪な担任の先生に集合写真に入れてもらえなかった女の子が、四時に雷に打たれて亡くなった後、出てくるようになったらしい……という噂。忘れることによってのみリセットされるが、必ず同じ写真か別のどこかに潜んで、思い出されるのを待ち続けている……という噂。他にも、よじこから逃れるための裏技、よじこを消すための、ほとんど不可能な方法。様々な体験談……

〈よじこに連れて行かれてしまった大切な友達を、助けたい子はいませんか?〉

 ふいに目に飛び込んできた言葉に、私は身を乗り出した。

『よじこ相談室』と、そのページは名づけられていた。運営者の名前はトオル。大学生。プロフィールには顔写真もある。黒髪で真面目そうな感じだ。

〈僕は小学生の時、午後四時にただ自分の写真を撮っただけの親友をよじこに連れ去られ、失ってしまいました。彼を助けられなかったことを、とても後悔しています。同じ思いをする人がもう出ないように、できるだけの情報を集め、相談に乗りたいと思います〉

 そんな自己紹介の後には、実際の質問と回答もいくつか載っている。

―四時一秒前に自撮りしてしまいました。大丈夫でしょうか。

―一秒でもずれていたら大丈夫です。

 誰かに相談したくてたまらなかった私は、すぐに写真のことを書いて送ってみた。

〈私の友達が、午後四時に一緒に自撮りした写真から消えました。消えたのは早朝、もしかしたら四時頃なのかなと思います。私自身も後で午後四時に撮ったことに気づいてしまい、写真の中で小さな女の子がだんだん前面の私に向かって近づいてきています。助けてください!〉

 すぐに返事が来た。

〈その写真を見せてもらえますか?〉

 写真……。写真をまた見るのは怖かった。しかし写真を送らないと、自分やフウコを助ける方法は分からないかもしれない。スマホ画面の時刻を見る。四時十五分前。ぞっとした。いつの間に、そんなに時間が経っていたのだろう。しかしよじこが動くのは四時前後と言われている。それなら、今すぐに送れば大丈夫かもしれない。よじこがさらに近寄ってきた姿なんて見なくて済むかもしれない。

 なるべく見ないようにしながらあの写真を探した。あった。選択画面で一瞬だけ確認したその小さな写真は、午前に店長と一緒に見た時のままだ。ほっとして、すぐに送信しようと指先を伸ばす。しかし送信できない。何度タップしても、送信できない。

「ぎゃああああっ!」

 私は絶叫して座っていた椅子をひっくり返し、壁際まで飛びのいた。

 いきなりあの写真が画面いっぱいに映し出された。しかもよじこが大きくなっていた。波間に漂っていたはずなのに、それよりずっと私に近い砂浜の白い砂から首だけをのぞかせ、黒い霧でできたような顔に真っ赤な目を見開いて笑っていた。

 見たくないのに、目をそらすことができなかった。その近くに、もう一つ砂から突き出たものが見える。黒くモヤモヤとしたよじこの手だ。何かをつかんでいた。金色の何か。

 フウコの金色の髪!

「ひ……ひぃ……っ」

 髪を引っぱられたフウコが、砂の中で溺れそうになりながら両手をバタつかせていた。窒息しそうな様子で口を開け、流れこむ砂を苦しそうに吐き出している。それを見て、またよじこが楽しそうに笑う。苦しむフウコの姿はすぐに砂の中に沈んだ。

 ダメだ。怖がってる場合じゃない。

 フウコを助けないと。絶対フウコを助けないと!


〈そうか、それで写真を送ってくれるのが遅れたんですね。なかなか送って来ないので、からかわれたのかと思いました。そういう書き込みも多いですから〉

 午後四時半近くなって、ようやく動かなくなった写真が送信できるようになったのでトオルさんに送り、いなくなった友達のフウコを写真の中に見つけたことも説明すると、そんな返事が返ってきた。 

〈とにかく、これは確かに本物のよじこのようですね。画像の位置から考えても、次の午前四時は、今度は間違いなくマオさんが危険になると思います。この写真が撮られたS海岸と僕の住んでいるところはそれほど離れていません。マオさんの住む場所も近いなら、僕に一つ考えがあります。僕がマオさんの家の近くまで行きますから、午前四時前にスマホを持って外出することはできますか?〉

 え……

 さすがにすぐ返答できなかった。父は出張中だが母はいる。早朝、というよりまだ夜の、意味の分からない外出など母が許すはずがない。ただ、母が寝ている部屋から離れたキッチンの勝手口からなら、気づかれずに出かけることはできそうだった。もしかしたら私もフウコも助かるかもしれない、唯一のチャンスだ。

〈分かりました。行きます〉

 午前三時半に、近所のコンビニで待ち合わせることにした。

「マオさん!」

 まだ夜中と言ってもいい暗い時間に、そっと家を出てコンビニにたどり着くと、手を振りながら一人の青年が近づいてきた。トオルさんだ。白いフード付きのジャケットに紺のジーンズ。写真で見たとおりの真面目そうな人だ。

「うん、確かに説明通りだ。黒髪のセミロングで、いいとこのカワイイお嬢さんという感じだね」

 トオルさんは私を見てうなずきながら言う。私がどう答えていいか分からないでいると、トオルさんはコンビニが面している道路の反対側を指さした。

「いい場所を見つけたんだ。あの空き地に、廃屋になっている大きなガレージがあるだろう。入れるみたいだから、あそこを借りよう。あそこが……決戦場だ」

「……そんな大きな場所が必要なんですか?」

 もう歩き始めているトオルさんの後を追いながら私がたずねると、トオルさんは一瞬だけ振り返ってうなずいた。

「色々準備があるんだ。急がないとすぐ四時になるよ」

 ビクッとして、私はスマホの入っているポーチから手を離した。

 がらんとしたガレージ内は明るい照明で照らされ、カメラや、なぜか大きな鏡も二枚置いてあった。

「そこにスマホを置いて」

 トオルさんがガレージの中央に残されていた、作業用らしい大きな長方形のテーブルを指さす。私は指示通りスマホを置いたが、気持ち悪いので電源を切って持ってきたことを思い出した。

「電源……切ってるんですけど、入れた方がいいですよね」

 トオルさんは数秒考えこんだ。

「……いいよ、切ったままで。切ったままでも出てくると言われている」

 切ったままでも……?

 それからトオルさんはテーブルをはさんで立てた二枚の鏡を指さした。

「いいかい。昔から鏡は光だけじゃなく、そこに当たったすべての力を跳ね返すと言われているんだ。もちろん禍々しい力もね。特に合わせ鏡は最強だ。だからもしよじこが出て来たら、マオちゃんはあわてず、よじこを鏡に映すんだ。よじこを鏡に映している限りは、その力は跳ね返されて、マオちゃんに手出しは」

 トゥルルル。

 スマホの呼出音が聞こえた。トオルさんのではなかった。音は、トオルさんの後ろのテーブルから聞こえている。私のスマホだ。私のスマホ画面が明るくなって、そこから呼出音が鳴り続けている。

トゥルルルルルルルルルルルル

「マオちゃん……本当に電源切ったんだよね」

 トオルさんが背後のテーブルを見ながら、さすがに少しひるんだ声で聞いてくる。私はとっさに声が出ず、顔でうなずくことしか出来なかった。トオルさんは自分のスマホで時刻を確かめた。

「四時五分前。そろそろか……」

 呼出音が鳴り続ける私のスマホが、テーブルの上でカタカタ震え出した。震えながらテーブルの中央から端へと移動し、カタン、と音を立てて暗い床に落ちる。あの写真が画面いっぱいに映っていた。笑顔の私のそばにあるのはフウコの笑顔ではなく、よじこが赤い目を見開いた、黒焦げた笑顔。

「いやああああああああっ!」

 私は絶叫してテーブルから飛び退いた。直後にガシャン、ガシャン、という大きな音がして、私は両手で顔をかばい、身をすくめる。

 顔を覆った両手の隙間から、トオルさんが立てて置いていた二枚の鏡が、大きく割れて床に散らばっているのが見えた。

鏡が……鏡がなくなってしまった。じゃあ、どうやってよじこに対抗したらいいの⁉

 ひっ、とトオルさんが喉の奥で怯えた声をあげる。

 スマホの画面がまるで薄い膜のように盛り上がり始めたかと思うと、黒くて細い、霧でできたような細い子供の腕が、画面から上に向かってぬうっと伸びた。続いてもう一本の腕もぬうっと伸びる。その両腕がいきなりくの字に曲がり、スマホを胴体とした虫のように、すごい勢いでザザザザッと私の方に向かってきた。

「いやああああああ!」

 私は走ってガレージの外に逃げようとした。閉まっている扉に手をかける。いきなり首を何かにつかまれ、後ろに引かれた。

「ぐっ、がぁっ……!」

 背後で一瞬、黒い手がスマホの画面に映る私の首に巻きつき、引き戻すように動くのが見えた。息ができない。苦しくて私は床に転がり、何もない首に両手を当ててもがいた。もがきながら、私は手の生えたスマホの方にどんどん引きずられる。首の圧迫がなくなったと思ったら、今度は髪をつかまれて思いきり引っぱられた。黒い手が今度は画像の私の髪を乱暴につかんで引き寄せている。

 痛い、痛い、助けて!

「ひ……ひゃ……ひゃははははっ!」

 急にトオルさんが手を叩いて笑い出した。

「やった、やったよ。これだよ、俺がずっと見たかったのは!」

 いつの間にかトオルさんはカメラ越しに私の方を見て、興奮した声で叫んでいた。

「やっぱりいたんだよ。本物だよ。絶対いると思ってたよ。だってさ、小学生の時、まだよじこの噂がそれほど広まってなかった頃に、四時ちょうどに自撮りすると幸せになれるって適当なこと言ったらさ。あいつ信じちゃって、塾の友達ってヤツと一緒に、本当に四時に自撮りして、しかも二人とも後で姿を消したんだ。ただ俺の見てないところで消えちまったから証明することも出来なくて、誰も信じてくれなかった。あれはくやしかったな。でも今度は絶対完璧。なんたって目の前だからさ。すげーよ!」

 何の……一体誰の話をしているの?

 トオルさんは浮かれた様子でビデオカメラを三脚に固定して撮影を始め、さらに寄ってきて自分のスマホでも、私の写真をカシャカシャ撮り始めた。

「鏡割れちゃったよ。ごめんね、マオちゃん。やっぱり、よじこの力は強いよね。まあ鏡がどれほど効果があるのかないのか、元々ただの思いつきだったから、俺もよく分かんないけど。あ、これ? 心配しなくて大丈夫だよ。自撮りはしないから。しても四時ぴったりでなければ心配ないけどね。まだ二分前。じゃあ記念に一緒に撮っとこうか」

 そう言って、笑いながらトオルさんは膝をつき、あぶら汗の浮く私の横に顔を寄せて自撮りした。

 何これ。何これ!

 トオルさんは私やフウコを助けてくれるんじゃなかったの?

「信じられないって顔してるね」

 トオルさんは立ち上がり、苦笑いしながら私を見下ろした。

「ホントに助けられるんだったら助けてあげたいけどさ。実は俺も分かんないんだよね。そういう情報ないからさ。でももちろん、マオちゃんの犠牲をムダにはしないよ。ちゃんと映像は公開してたくさんの人に見てもらうんだ。そうしたらもっと情報が集まって、助かる方法も分かるかもしれないよね」

 トオルさんは興味深げに私の顔を覗きこんだ。

「大丈夫だよ。よじこの邪魔さえしなければ、近くにいても俺が危害を加えられることはないんだ。さて、一分前。そろそろ、よじこの本体がスマホから出てくる時間だ。そしてマオちゃんを自分と同じ黒い霧のようにして、スマホの画面の中に引きずり込んでいくらしいよ。でも安心して。一人じゃない。俺がずっとここにいるから。ここにいてマオちゃんが向こうに行っちゃうまで全部映像に残して、公開して、他のたくさんの子を救うために役立てるんだ。まあホントのこと言うと、これまで寄せられた情報や画像はみんなショボくてさ。でもこれはすごい。制服でないのがおしいけど、お嬢様学校の女子中学生がよじこに連れ去られる生映像なんて絶対ないもん。楽しみだよね。どのくらいの再生数稼げるかな」

「が……っ」

 引きずられた私の体は、いきなり上へと引き上げられた。目の前で、スマホからまるで噴水のように黒い霧が盛り上がる。噴水はだんだん人の形になり、黒く焦げついた女の子になっていく。

 よじこだ。

 目の前に、画面から上半身を抜き出したよじこの顔がある。裂けるほど見開いた真っ赤な目。その下には黒い洞窟のような口。口は両端を吊り上げて笑っている。その後ろでトオルさんも同じように笑っていた。私の体中に赤黒い湿疹がどんどん広がり痛くて悲鳴をあげても、同情する様子もなく笑いながら写真を撮り続けている。トオルさんはまだ口をパクパク開けてしゃべり続けていたが、もう声も聞き取れず意味も分からなかった。分からなくてもよかった。つまりトオルさんは親切そうなことを言うが、本当は目立つ映像を撮って再生数を稼ぎたいだけの人だ。

本当に私はバカだ。外見だけで初対面の人をチャラいとか真面目とか判断してしまっただけでなく、一番大事な友達を、それと気づかず簡単に手放してしまった。もう二度とフウコに会えないのがどういうことかなんて、考えもしなかった。フウコ、ごめんね。また会いたいよ。会って何でもいいから笑って話をしたいよ。

 フウコ!

〈マオ、鏡をこっちに向けて!〉

 いきなりフウコの声が聞こえた気がした。

 どこから?

確かめようと、思わず体をよじった途端、真正面から伸びてきたよじこの黒い手にぐっと肩をつかまれた。

「ひぃっ……!」

つかまれた場所から、私の体は黒く焦げ始めた。腕も、指先も黒い霧になっていく。よじこと同じになっていく!

〈早く、早く鏡を早くこっちに向けて!〉

 またフウコの声が聞こえる。そうだ、鏡。でも鏡は割れてしまった。床にさわる私の手に、何か冷たくて硬いものが触れる。たぶん割れた鏡のかけらだ。かけらでもいいの?

 とにかく私は鏡のかけらを、なんとか指にはさんで拾い上げた。拾う時に指の先を切ってしまったが気にしなかった。今私が本当に信じていいのはフウコだけだ。フウコの言うことなら、やってみようと思った。

 よじこが手繰り寄せた私を画面に引きずり込もうとして、もう一方の焦げた手を伸ばしてくる。その真正面に、私は必死で鏡のかけらを向けた。鏡の表面にヨジコの手が突っこんできた。

「ぎゃあああああああ!」

 いきなり、なぜかトオルさんの絶叫が聞こえた。

顔をそむけ両目を閉じていた私は、目を開き、信じられないものを見た。

鏡面に突っこまれたよじこの手が、なぜかよじこの後ろにいるトオルさんの顔面をつかんでいた。

「なっ……なぜ……なぜ俺がっ……ぐぁっ!」

 よじこにつかまれたトオルさんの顔が赤黒く膨らんだかとおもうと、すぐに黒く焦げ始める。そのままどんどん引きずられ、私のスマホの画面へと近づいていく。

「イ……イヤだ。やめろっ!」

 トオルさんは黒い霧のようになりながらも、テーブルの足をつかんで、引きずられまいと抵抗する。いきなりスマホの画面から、よじこではない誰かの手が二本のびた。小学生くらいの男子の手だ。その手が抵抗するトオルさんのテーブルをつかむ手を引きはがし、画面へぎゅうぎゅうと引っぱった。すぐにもう二本、やはり男子の手が現れて、同じように引っぱり始める。

「やめろ……カ……ズヤ……やめろぉぉぉーっ!」

 もう一つ、手が現れた。今度は女の子の手だ。中指に小さなリングをはめていた。水色のガラスのリング!

「フウコ!」

 叫ぶ私の前で、フウコの手も加勢するようにトオルさんの腕をつかむ。

 ひとたまりもなかった。私の見ている前で、トオルさんは黒い霧でできた人形のように縮み、よじこと共にスマホの画面に吸い込まれて消えた。後から現れた二人の男子の手も、画面の中に見えなくなる。

 後には、フウコのリングをはめた手だけが、私のスマホの画面から浮き出るように残っていた。私は急いでフウコの手をつかみ、外へと引っぱった。内側に吸い込まれるなら、外に引き出すこともできると思った。

〈よかった、マオを助けることができて〉

 フウコの声が聞こえた。

〈鏡のかけらに、マオがうまくあの男の人を映すことができてよかった〉

「フウコ、フウコ! 出てきて。また一緒に遊ぼ。また一緒に話そうよ!」

私はフウコの手を何度も力いっぱい引っぱった。けれどもフウコの手はそれ以上外に出てくることはなかった。

〈無理なの。一度よじこに手を貸してしまったら……〉

フウコの声は少し悲しそうだった。

〈よじこは四時ちょうどに引っぱり寄せた人を連れて行くんだよ。いつもは四時に自撮りをしてしまった人だけど、それが目の前の鏡にいきなり映った別の人でも、かわりに連れて行ってしまうの。あの男の人には災難だったよね。でも、カズヤ君たちが絶対あいつは許せないって言うから……〉

 フウコは気分を変えるようにクスッと笑った。その笑い声は夏と同じだった。

〈マオ。でもあたし後悔してないよ。だって友達を守ることができたんだもん。夏休み、楽しかったね。あんなに楽しかったの、保育園の頃にたった一回だけ、家族で遊園地に行った時以来かな。……あたし、誰にでも声かけるから、たくさん友達いるけど、一番の友達っていないんだよね。みんな、あたしより大事な友達が他にいるの。なぜかな。やっぱり大声なのが迷惑なのかな……〉

「フウコは大声なところがいいんだよ!」

 私は泣きそうになりながら、フウコの手を引っぱって言った。泣きそうになったのは、私の手の中で、フウコの手がどんどん軽く、弱く、霧のような感触になっていくのが分かったからだ。

「これからもずっと友達だよ、一番の友達だよ。あたし、諦めないから。もういい加減なことしたりしない。これからもよじこの情報たくさん集めて、絶対フウコを救う方法見つけるから!」

〈……うん……ずっと友達〉

 フウコは消えそうな優しい声で返事をした。

〈ああ……もう四時をずいぶん過ぎちゃったね。もう、無理。行かないと……〉

「フウコ、待って!」

 握っていたはずの私の手の隙間から、砂がこぼれるようにフウコの手の感触が消えた。

 スマホの画面には、砂浜で一人笑う私の画像が残っていた。

 背景の波打ち際では、トオルさんが黒い霧のような三人の子供に引きずられながら、身をよじってもがいている。その後を追うように、もう一つの女の子の影が走って行く。

 女の子の影がふと立ち止まり、私の方を向いて手を振った。

 またね、と言うように、首を少し傾げて。

 私も手を振ってうなずいたが、すぐに画面は涙にかすんで見えなくなってしまった。



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よ じ こ @AMI2001

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