作者を含む人物全員の美学が伝わる筆力のある作品

 まずその語彙力に驚かされる。
無闇に繰り出す訳では決してなく、正確性を持って使われる豊富な語彙は、一作者としての自分が恥ずかしくなるほどだった。

 そして作品を通してキャラが立っている。
私(A)の内側から突き破り出てくるような美学、少女(K)の確かな才能によるものだが青さのある美学をそれぞれはっきり別のものとして感じる。
個性の立ちだけでなく、同一概念に対する二者の別々の理解を明確に書き分けることは、小説を書く上では当然の事でもあるが、果たしてそれは簡単ではないというのは執筆経験があれば誰しもわかるだろう。
二人の間の芸術を巡る交流のリアルさが、作者の筆力によって明示される二人の個性から産み出されている。

 また展開についても申し分ないと思う。
(最初自分はこの作品のジャンルがホラーになっていることを忘れていたので、より一層衝撃を受けた。しかし不自然さは感じなかった。それは先述の個性の立ちによるものだろうか。)
少女と出会った時点で、もしかすると絵の道を諦めた時点で、導火線に火はついていたのかもしれないと思うと恐ろしいと同時に切なくなる。

 そして登場人物だけでなく作者の持つ美学が、一万二千字を確かな圧力を保って書き通すことを可能にしたと思う。
 作者や登場人物の持つ一貫した美学というのは、芸術に材を取る作品を手とすればその内から透けて見える血管のようなもので、それがないと作品のあるべき生気や迫力、納得感がなくなってしまう。この作品はそれを欠かすことなく書き遂げた秀作である。

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The beautiful canvas