第9話
後日の下校中。
僅かに触れあった手と手がきっかけで、どちらともなく、握りしめた手は少し震えていた。
「誰かを好きになったの初めて……」
囁くように瑠花は言う。まぶたを伏せながらはにかんだ姿は地上に舞い降て間もない、純真無垢な天使のようだ。
「うっ……」
人はあまりに可愛いものを見ると吐き気をもよおすのか。詩織は口を押さえながら小さくうめき声をあげた。
──莉子と隼人は少し先を歩く詩織と瑠花の様子を視界に捉えながら、ゆっくりと歩を進める。
「こんなにしっかり失恋したの初めて……」
「そうか。大変だな」
「『大変だな』って……隼人もフラれたことになるでしょ! まさかもう諦めたの!?」
「いや、諦めるのを諦めた」
「な……私だって諦めないから!」
莉子は怒ったようにスタスタと歩き始める。
その後ろ姿を、隼人は僅かに目を細め、眺めた。
「……諦めないのは、お前のことなんだがな……」
莉子が瑠花に恋心を抱いた光景を目の当たりにした時、そんな莉子に恋をしていたことに隼人もまた気付いてしまった。
苦労する恋を、苦しいだけだと思わないのは莉子も隼人も同じであった。
◇
──あの日の後、一度実家に帰ったんだと瑠花は言った。
一泊する中で、父と二度、会話をした。それは、必要最低限のものではなかった。取り留めて必要のない、まるで親子がする会話だった、と瑠花は嬉しそうに言った。
「ふふ、どう?」
「おおー! 格好いい!」
そして、瑠花によってセットされたオールバックは、今は美しく後ろへと流れているのだ。
<完>
オールバックだよ! 後田くん 鹿島薫 @kaoris
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