雪の大地4
戦争が始まる前、俺は料理人を目指していた。
国境の山脈の麓にある小さな村で、猟師達が狩ってきた動物の肉や、秋に獲れる野菜なんかを使い日々料理をして、村人達のご飯の一部を賄っていた。
そんな日常の中、俺は漁師の家の一人娘に惚れていた。
村に一つしかない猟師の家の子で、幼い頃から銃を習い、父親が死んでからは彼女が父親の銃で狩りに出るようになった。
銃の撃ち方は俺も知っていたが、一つ年下の彼女の方が当たり前のように上手いのだ。
毎日のように獲った鹿や他の動物を持ってきて、俺が捌く横で楽しそうに話をしてくれる。ある時は狩の話を、ある時は家族の話を、ある時は料理の話をした。
ある日、彼女は銃の話を持ちかけてきた。彼女が持つ、父の形見のライフルの話だ。その銃身には、この村の名と、彼女の家の姓が刻まれてることもその時教えてもらった。
今、俺の目が見ているモシンナガンには、俺の生まれた故郷の名と、見覚えのある名が刻まれていた。
数週間前、軍の前哨施設に電報が届いたのだ。
ソビエト西部の村が幾つも炎の中に消えたという内容のものだった。
その電報に刻まれた村の名の一覧を見て俺は全てを悟った。
自分の故郷も、家族も、好きだったあの人も、皆炎に飲まれ消えていったのだ、と。
その日から、戦う意味をなくした俺は、何をしたらいいのかもわからず、歩兵達の罵声をかわしながら引き金を絞り続けた。
彼女は俺の中では死んだはずだった、なのになぜ、今目の前にこの銃があるのか、思いつく理由は一つしかないが、足元に広がる焦げた土と、その上を流れる“誰か”の血を見ると、これ以上は考えたくなかった。
ついさっきまで彼女はここにいたのだ。
村が襲撃された時、何らかの事情で生き残ったのだろう。
そして時を経てこの地に辿り着き、最後は…
もしそうだとしたら、遥か遠くからここまで続いていた雪の跡にも説明がつく。
いつのまにか俺の視界は何か熱いもので歪んでいた。
ぼやける視界の中で、俺はSVT-40を足元に置き、もう一丁のライフルを手に取る。
砕けたスコープを取り外し、弾を1発ずつ丁寧に込めていく。
生まれ故郷で炎の中に消えた村人達と、ついさっきまでここにいた彼女のことを想いながら。
スコープの無いライフルを構え、まずは一人の敵兵に狙いを定め、引き金を絞る。
相手はこちらの位置に気づいたらしく、戦車の主砲がこちらに首を回し始めた。
俺は、呼吸を整え、ただそれを眺めていた。
戦車の主砲が完全にこちらを見た、俺はこの一瞬で、こちらを覗く黒く深い穴に丁寧に狙いを合わせ、引き金を絞った。
目の前が轟音と共に炎に包まれ、その熱気で顔が熱い。
俺は止まらなかった。
燃え盛り、名も知らぬ兵士の四肢が散らばる雪の上で、慌てふためき走り回る人々から、一つずつ丁寧に命の灯火を消す。
弾が切れたら、もう一度込め、再び引き金を引く。
こちらを指差して何か叫ぶ者、背負った大きな無線機から受話器を取り出し何か話す者、こちらに銃口を向け、対抗してくる者。
どこの誰かも知らないが、何も考えず、構わず打ち続けた。
何度目かの弾込めの時、空から聞き覚えのある音がした。
迫撃砲だった。1発目は俺のずっと後ろの方に落ち、2発目は少し右の方に落ちた。
3発目が飛ぶ音が聞こえた時、全てを悟った。
何年間も戦場にいるからわかる。
これは「当たる音」だった。
戦争が始まって以来、村を出て軍に入るまでの間、好きだった彼女のことも忘れて盗みを働き、軍に入っても腫れ物扱い、こんな目も当てられないような人生に終止符が打たれるのだ。
俺は、今から自分が行く、向こう側にいる彼女らの姿を思い浮かべ、ゆっくりと目を閉じる。
耳には、徐々に近づく「当たる音」が響いていた。
戦火に消えた者達 Pナッツ @Peanut_K20
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