第10話
「それじゃ、調査に必要なものまとめるわよ。とりあえずカイケマは鎧の準備ね。準備の料金は向こうが出してくれるだろうけどあまり無茶苦茶な要求しないでよ」
テーブルに頬杖を突いて目を細めるアルバーニャとともにベアトリーチェは二人を見た。
破刃隊のお揃いの革鎧は無く、普通の布の服を着ているだけだ。防御力は皆無と言っていい。
「わかっている。普通金属鎧では調査に支障が出るからな」
「僕も動きやすさ的に革鎧の方がいいですね」
「ミアズマは魔力の光線を飛ばしてくるけど、普通のドラゴンなら火を吐くのがほとんどだから、火に耐える外套とかあるなら持っておいた方がいいと思う」
「流石にドラゴンのブレスに耐えられるようなのは無いな……山脈の都合上盾を一枚が限界だな」
「火除けの加護ならできるから不意打ちされたらカイケマは一撃でいいからその盾で防ぎなさい」
ベアトリーチェは自分の考えをとりあえず喋ることにした。何が必要かと言われてもジキッドに何があるかよくわかっていないのだ。一番ドラゴンに詳しいベアトリーチェの意見に他の三人が具体性を出す形だ。
「剣以外に打撃に使えるものもあった方がいいな」
「でもね、未知の場所に行く以上、使い慣れていない獲物は無理に使うべきじゃないわよ」
「飛んでるドラゴンを落とす用に投げ槍を何本か持っていきたいな。まあアタシの場合は剱投げるのでもいいけど、投げやりの方が狙いやすいし」
「それなら山登り用の杖を投げ槍に使える代物で代用するのはどうでしょうか」
そしていろいろ意見を出して、没になったり採用になったりしつつ、最後にドラゴンを落とすのに使えそうなものが一つ思い当たった。
「爆発する樽があればいいな。あれ使えればドラゴン簡単に落とせるのに」
「タナトテアのピポグリフ落としか」
「それなら、矢につけて飛ばせるくらい小型でいいなら持っていけるわよ。
「でも矢で飛ばせる程度の大きさで効くですか? ピポグリフ落としでさえこの椅子より大きいですよ?」
「それに大きい音は周囲のドラゴンを呼び寄せる可能性があるな」
「それはそうだけど、私の雷霆はドラゴン確実に落とせるけどこれも大きな音が鳴るから、魔力消費を抑えて落とす手段があるのはいいことだと思うわよ。既製品を五本、材料を十本分持っていきましょう。ただし、」
手をパッと開くジェスチャーを見てベアトリーチェが察する。
「私の荷物がドラゴンに炙られようものなら大爆発よ」
「そうならないことを祈ろう」
「アタシが持とうか?」
「あのね、前衛が後衛の使う爆発物持ってたら咄嗟の時に使えないでしょうが」
「食料や野営道具は俺たちが持って爆発した時のリスクを分散しておこう」
「山を登るから登山道具や長いロープも用意しないとダメですね」
「アタシ山登ったことないんだけど」
「大丈夫よ、私はあるからレクチャーしてあげるわ」
「バナルガルダ山脈なんて登るルート確保されてないっすよ。山じゃ嵐で星を使った方角判断できなくなる可能性高いですし、すごい値段が張るですけど北を指し示し続ける羅針儀ってモノ欲しいです」
「今回は、ゲイリーが後ろについてるからそういうのなら問題なく用意してもらえるわよ」
「剣も間に合わせでなくしっかりとしたものを使いたいな」
カイリスが持っているのは折れた元魔剣イグニレスと見た感じ安物数打ちのショートソードだ。ドラゴンどころか魔物を相手にするのも若干厳しいだろう。
「それなら僕も斧が欲しいですね。植物を切って通り道作れるですし、杖の代わりにもなるですし。斧なら僕でもドラゴンに一矢報いれるかもしれないです」
「それじゃ、カイケマは装備整えてきて。私たちはアイテム買いに行くわよ」
「売り切れてたらどうする?」
「あのね、何言ってんの? ここはジキッドよ? ウィストリアとかセレネスみたいな辺境じゃなければ大陸にあるものならだいたい流通してるわよ」
買い出しに出たベアトリーチェはその通り求めたもの全部買い集めて、買ったものを全部持ってアルバーニャについていく。食料は保存の効くものを、ベアトリーチェと違ってしっかりと頑丈なランタンに入った属性魔晶石をしっかり四つ購入したり治療道具を買ったりした。
買い物終盤は商人が大荷物のベアトリーチェに引いていたが、前がほぼ見えなくなっていたベアトリーチェが気付くことはなかった。
「やあやあやあ! ジキッドや都市の安全は君たちにかかってると言っていい。あのドラゴンのようなものがなぜ発生するか、できれば発生の原因を止めてくれたなら嬉しいね」
パパルが連絡を取ると、ゲイリーが前金30と買ったアイテムの代金を持ってきてくれた。と言ってもお金は重くて邪魔なのでほとんど置いていくのだが。
これで調査の準備が終わり、ついに山脈への出発となる。
山脈の手前まではピポグリフの馬車で移動する事でなるべく疲れないように配慮してもらえた。日の出前に出発する事で行動時間を増やす算段だ。
ピポグリフなのはドラゴンが出たら行者と即逃げするためではあるので警戒は怠らない。アルバーニャが。
賊が襲ってくることもないし、ドラゴンが急に飛来するなんてこともなく手持ち無沙汰な三人でベアトリーチェが最初に口を開いた。
「二人とも同じ革鎧にしたの?」
「ちょっと違うんですよコレが。僕のは手足の可動性を良くしてて兄貴のは防御力が少しでも高くなるように裏側に鋲を打ち込んであるんです」
「鎧って色々考えられてるんだね」
二人の鎧をまじまじと見つめて自分の左手の手甲を眺める。
「
「アタシが鎧みたいなのもだよ。ほらほら」
「左手と足に革を使ってるだけでただの布の服じゃないですか」
黒いインナーの上にアイスブルー色の上着を紐で縛る形で着ているが、言われてみれば鎧に見えないというか、これでは話が通じないのも当然とベアトリーチェは思った。
「これ正確には伝統衣装というか、アタシがドである証みたいなものだからずっと着てられるように特別頑丈に良い糸を使って作ってるんだよ。アタシが狩ったドラゴンの色に合わせてくれたし」
「なぜそこでドラゴンが出てくる?」
ベアトリーチェが左耳を見せてくる。三つのピアスが付けられていて、耳たぶにつけてあるものはすこし装飾が凝っていた。
「これ、上からケレスの証。成人の証、一番下が戦士の剱の証で、戦士になるにはドラゴンを一人で倒してそれを使って柄巻きを作るんだよ」
「柄巻きとは……その左手と足の革の事か?」
「そう! アタシは追放されるから本当は戦士になんてなれないんだけど、アタシがドラゴンを一人で倒したからケレスの鞘が特別に作ってくれたんだ」
とても嬉しそうに顔を綻ばせて耳のピアスを触っているベアトリーチェはとんでもない話を聞いてしまったというふうに顔を見合わせた二人に気付かなかった。
「つまりアタシは剱だからアタシそのものが鎧も兼ねてるって事なの」
「ともかく、この探索に一番必要なのはベアトリーチェというのがよくわかったな……」
「柄打ちって言われて殴られたんですけど、左手に柄巻きを巻いてるってことだから左手で殴られたんですね……。そういえばセレゼントとカルゼントの剣術もパンチで弾いてたですね……」
ケマルタがどこか遠いところを見るような、頼もしいものを見るような微妙な視線をベアトリーチェに飛ばし、ベアトリーチェは頼もしく思われたと思って胸を張って笑みを浮かべた。
「ベアカイケマ! そろそろ山脈の麓だから出発の準備をしなさいよ!」
「了解した」
そんなことをやっていると行者の傍に座っていたアルバーニャが後ろを向いて馬車の三人に声をかける。
全員が荷物を背負って馬車を降りると、そこには山脈の手前は青々とした木々が生い茂っている。
バナルガルダ山脈に到達するにはまずここを突破する必要があった。
「みなさんお気をつけて!」
行者は四人を下ろすとすぐに踵を返してジキッドへ戻っていく。
それを手を振って見送ってからベアトリーチェは一度背伸びをした。
そんなベアトリーチェの肩にアルバーニャが手を置く。
「ねえベア、冒険は初めてよね?」
「ん? そうだね」
「初めてで、誰も踏破したことがない場所を抜けるのは気分が高揚しない?」
「……言われてみれば確かに」
ベアトリーチェは目の前の森と山脈を眺める。
平原にいた頃は見たこともなかった山で、ジキッドに来た後も遠くに見える景色だった。それに今挑戦するのだと考えると、心臓がなんだか高鳴るのを感じる。
「なら、初めてで終わりにならないよう良い冒険にしよう。しっかり調査をした上でな」
「先陣は任せて欲しいですよ!」
「森は、初めての場所でも私の庭みたいなものよ。さ、行きましょうベア」
「よし! みんなで頑張ろう!」
燐光のリュシオラ 雛菊 @hina3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。燐光のリュシオラの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます