第9話

「ねえコイツら、ベアに危害加えたらしいけど信用できんの?」

「これが対人戦の経験の差……」

「ベアは何言ってんの?」

「信用できないのは仕方がない。働きで示させてもらおう」

「隊長は高位の剣士ですよ! 自分は斥候仕事ができるから探索には最適ですよ!」

「だから雇ったわけだが」


 カイリスとケマルタがパパルに感謝の意を伝えるお辞儀をする。


「責任とったならいいんじゃないの?」


 ベアトリーチェとしては手伝いをしてもらえるなら構わないし、様子がおかしくなっていたのは不可抗力と思っているし、パパルが雇ったなら信用できると思っていた。

 当のベアトリーチェが大丈夫と言っているのでアルバーニャは素直に引き下がった。


「ありがとうベアトリーチェ」

「今日は急遽顔合わせをしたが、計画と準備は明日進めるぞ」


 パパルが一旦その場を、解散させ、翌日に再集合とした。

 翌朝、ベアトリーチェが眠い目を擦りながらベッドから起きてきて、寝巻きから着替えて部屋を出て下に降りる。

 するともうすでにカイリスとケマルタはやってきていて、パパルの作った朝食を口にしている所だった。


「おはようベアトリーチェ」

「おはよう。二人とも早いね」


 厨房で作られた食事をつけとってベアトリーチェも席に着くともしゃもしゃと眠い目をこすりながら食べ出した。

 メニューは宿で朝起きるといつも食べているなんかの卵黄のスクランブルエッグとサラダにパンとバターである。

 初めて見た時はこんな貴重な食材を!? とベアトリーチェは驚いたがジキッドでは普通の朝ごはんと知ってからずっと食べている為慣れてしまった。


「あら、早いわね全員」


 そうして食べているとアルバーニャも起きてきて、コップに水を並々と注いで飲む。アルバーニャの朝ごはんは水なのである。


「大丈夫ですか? いくら水人エルフだからって朝に水だけだと力でなくないですか?」

「いいのよ、ほっときなさい。犬耳族ルプスは朝から元気で声でかいのよ」

「なんですか人が心配してるのに……!」

「アルバーニャは口が悪いのが普通だから多分ケマルタが朝から元気なの羨ましく思ってるだよ」

「それにしては態度が悪いですよ……って何も返さずよそを向かないでくださいマジですか」


 ベアトリーチェがフォローなのかなんなのかよくわからない言葉にケマルタは半目になってアルバーニャの方を見たが、どうやら正解らしいことに驚いてこっちを見たので、ベアトリーチェは肩をすくめた。

 朝食を終わらせてパパルが皿洗いをしている中、ようやく一つのテーブルについて今回の調査の話し合いを始めた。


「まず、各々自己紹介のつもりで話してちょうだい。そこのカイケマ同士はいいけど私はベアと組むのでさえ初めてなんだから」

「なら俺から話そう。カイリス・グンネルト。耳無族プライマスで二十一歳の剣使い、魔剣殺しとも呼ばれていた。と言っても、1番の特徴だった魔剣イグニレスは折れて使い物にはならない。元々のユニオンでのランクは準金級でジキッドのドラゴン防衛にも参加している」

「へえ、準金級。なら問題はないわね」

「何それ?」

「これはね、ユニオンが所属冒険者の品質管理の名目で冒険者の強さに合わせてランク付けしたものよ。準金級なら一流って思って貰えば良いわ。まっ私たちはユニオンの枠に当てはめたら特霊銀級でしょうけどね!」


 特霊銀級がどれほどかわからなかったが自慢できる程度にはすごいのだろうとベアトリーチェは思った。


「……実際ベアトリーチェに破刃隊がボコボコにされたから疑う余地がないです。僕はケマルタ・ナルバトーレ・アンテス、ルプスの十八歳特銀級。斥候の心得を持ってるです。罠設置や偽装なんかはお手のもの……と断言したいんですが、ドラゴン相手にはやったことがないからそこだけは不安ですね」

「戦闘に関してはあまりだが偵察や斥候の仕事なら隊でも一番だったのは保証させてくれ」

「隊長! じゃなかった兄貴……!」


 カイリスが太鼓判を押すことにケマルタは耳をピンと立てて嬉しそうにしていた。 


「それじゃアタシか。アタシはケレスド・ベアトリーチェ=リュシオラ。二十歳剱人スパルダンでこの剣が魔剣のリュシオってうお!?」

「何やってるんですかこの馬鹿エルフが!?」


 水を飲みながら話を聞いていたアルバーニャが口から水を吹き出して対面にいたカイリスがびしょ濡れになった。ケマルタが毛を逆立てながら怒っている。

 アルバーニャは咳き込みながらも魔法を行使してカイリスに掛かった水を排除しようとするが動揺がすごいのかうまく魔法がかからない。

 ベアトリーチェはそんな様子を見てパパルからタオルをもらってきてカイリスに渡した。


「ゲホっゴホッ、ごめんなさい予想外の言葉が聞こえてねゴホッ」

「冷静そうな君が水を噴き出すほどだ。余程のことだったのだろう仕方がない」

「兄貴優しい……」


 受け取ったタオルで顔を拭きつつカイリスは冷静だった。


「じゃ改めてアタシの自己紹介を」

「驚いたのは、ベアの自己紹介よ! スパルダンよスパルダン!?」

「スパルダン?」

「スパルダン?」


 ベアトリーチェをのぞいて首を傾げたのでアルバーニャは耳を赤くしながら口を開く。


「ベア! あなたの事だからどうせ聞かれなかったから言ってなかったってパターンでしょうね! ミアズマの時と同じパターンよだいたい種族なんて見ればわかるし聞かれないものね!」

「いや、一応黙ってた方がいいと思ってた」

「じゃ、ここでなんで明かしたのよ!?」

「ドラゴンと戦うし宿の仲間になったなら隠し事良くないと思って……昨日のゲイリーにはバレたしそんなに驚かなくても」

「いや知ってるなら驚くわよ!」

「盛り上がってる所すまないが……スパルダンとはなんだ?」

「そうですねわからないです」


 盛り上がるベアトリーチェたちと対照的にカイリスたちはよくわかっていなかった。


「ある、ジキッド出身っぽいものね二人とも。こう言えばわかるかしら? 、これ言うとスヴェルム教信者は嫌な顔するけどとか」

「なんだって!?」

「本当ですか!?」

「アタシたちそんなふうに呼ばれてんの?」


 ベアトリーチェが微妙な顔をした。


「そりゃ、ドラゴンに詳しいに決まってるし当たり前のようにアホみたいに値の張るはずの黒染めの服着てるわよね……店主! あんたも知ってたわよね!?」


 がっくりとした様子のアルバーニャが食器洗いをしているパパルに叫ぶが、肩をすくめてから気にせず食器洗いを続行していた。


「あの、ピポグリ店主が……。ま、朗報でもあるわよ。精霊族エレメスが二人なら持っていく食料の量を結構減らせるわね」

「しかしベアトリーチェ、なぜスパルダンなのにザルード平原から出てジキッドで冒険者に?」

「ならそれ含めて話すから自己紹介していい?」


 ベアトリーチェの言葉に前のめり気味だったみんなが姿勢を正した


「じゃ、改めて。アタシはケレスド・ベアトリーチェ=リュシオラ。スパルダンの二十歳だよ。戦ったことあるからわかってると思うけど、前衛ができるよ。で、リュシオラっていうのがアタシがここにいる理由だよ」


 立てかけられているリュシオラを手にとって、巻いた布を外す。光を反射して濡れているように見えるほど美しい鋼色をした剣だ。


「これもリュシオラ。アタシの名前の意味は、ケレスではなく、アタシはリュシオラと等しくある。って意味。あ、ケレスってのはアタシが生まれた部族だよ」


 剣を立てると切先で床が傷ついてしまうので、ベアトリーチェは床に巻いていた布をおいてから上に安置する。


「この剣がね、故郷だともうひどい言われようで、厄災の魔剣だとか不幸をもたらすとか。ちょっと? ちょっと距離置くのやめて? そんなの嘘だって絶対。アタシ生まれた時からこの剣と一緒にいるんだよ?」

「そのリュシオラが忌剣じゃないというのはそういうことか」

「そうそう。で、この剣は持ち主が死ぬまで離れない。だから選ばれた厄災を遠ざける為剱は追放されるってわけ。だからアタシはドり実際スパルダンって二百年くらい生きるはずなのに二十年くらいで戻ってきてたらしいから外で何かあったとは思われてた。だから距離置かないで?」


 ベアトリーチェが眉尻を下げて涙目になったので三人はテーブルに腹が衝突する勢いで肘をついた。


「アタシは追放されたスパルダンだから、居場所が欲しかった。それでジキッドに来たらトラブル起こしちゃって、パパルのおっさんが拾ってくれて今に至るって感じ。調査に関してはドラゴンにはそこそこ詳しいし、この剣戻ってくるからずっと投擲に使えるよ。自己紹介終わり」


 投げる真似をして、次はアルバーニャと言わんばかりにベアトリーチェが顔を向ける。


「あのね、この空気の中で自己紹介するのなんか嫌だわよ。ともかく私はアルバーニャ・コナンテスコ。エルフの八十七歳よ。弓使い兼魔法使いだからよろしく。ベアの倒したミアズマ並のドラゴンは倒したことないけど飛んでるやつを墜落させるぐらいならできると思うわよ。あとエルフらしく森とか川には詳しいから探索のルート確保は任せてちょうだい」

「コナンテスコのニャ……もしかして雷霆弓ですか?」

「その、二つ名やめて?」


 アルバーニャが恥ずかしそうにしていてベアトリーチェが珍しいものを見たと目を見開いていたら頭を引っ叩かれた。


「ともかく、自己紹介終わり! これでどう探索するか計画立てるわよ!」


 ヤケクソ気味に拳を掲げたアルバーニャにベアトリーチェとケマルタが同調し、カイリスが少し遅れて恥ずかしそうに拳を掲げるのだった。

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