第8話

「ミアズマを殺すのに必要なものは、とりあえず飛んでる奴なら地面に引き摺り落とす必要があるからあーでもアレ頭悪いし」

「リシテアとハーティはセレネスに、ウィンクルとザベルジとガンテンがスヴェルムに依頼で移動中なのが参ったな」


 それを聞いて干し肉を噛み切りながらベアトリーチェは姿を想像する。炎人ドワーフのリシテアの姿しか浮かばない。というか聞くのが初めてだった。


「リシテア以外会ったことないんだけど」

「うちの宿は少数精鋭だ。大陸を股にかけると言っていいから本拠地のここは空きがちなんだ。ともかくアルバを呼んでこよう。必要なポジションがあれば俺の伝手でできる限りは揃える」


 部屋で何をしていたのだろうか、髪の毛を手櫛しながら降りてきたので多分自分と一緒で昼寝してい

たのだろうとベアトリーチェは推測した。

 ゲイリーがさっきまでいた椅子に座る、パパルから説明を聞きながらまた自力で氷を作って持ってきた木のコップに落とした。

 水を注ぎながら机をトントンと指の腹で叩いている

 

「まず、確認なんだけど、ベア。について知ってる事全部言いなさい。私はそんな大きなドラゴン倒した経験はないけど、ベアのことだからあの茶柴コボルドと店主と私の認識と違うこと考えてそうなのよ。柄打ちとかベアのいた地域の交易語の方言だとこっちはわからないわよ」


 ベアトリーチェはそう言われて腕を組んで考えた。ミアズマを改めて一から説明しようとするとなんと言えばいいのか困ったのである。


「まずミアズマってのは……ドラゴンのこと! 様子のおかしいドラゴン」

「まず、様子のおかしいドラゴン。サイズとかは関係ないの?」


 パパルが紙とペンを持ってきてメモを始めていた。


「サイズは関係ない。えーと? どう様子がおかしいかというと、ドラゴンなのに頭が悪い? やけに凶暴? あとは吐くブレスが変」

「その、吐くブレスが変ってどういうことなのよ」

「ドラゴンの色に関係ないブレスを吐く。レッドドラゴンでも火は吐かないしイエロードラゴンも雷吐き出さないで、代わりに純魔力光線の大体紫っぽいの光で、こっちはドラゴンとかと違ってみんな同じ」

「待って、待ちなさい? 新用語が出てきたわよ? まあ一旦置いておきましょう。そのドラゴンとかスピリトとなんで違うの?」


 ベアトリーチェは知ってることを喋ってるだけなのでアルバーニャがどの言葉で困惑するかわからないのである。


「ミアズマはドラゴンがマナの摂取を失敗したスピリトだから」

「ドラゴンがマナを摂取?」


 ベアトリーチェが頷きながら手で羽ばたくような仕草をする。


「ドラゴンはある程度大きくなるとうちの方の羊とかアタシたちを食べてマナを大量に得てスピリトになるよ。ミアズマはそうじゃなくて、得たマナが多分なんか悪かったか何かで様子がおかしくなったこと」

「とりあえず、冒険の探索目標は決まったわね。ベア? ミアズマって種族のドラゴンがいっぱい居るんじゃなくて、ミアズマになる要因があるってことでいいわよね?」


 ベアトリーチェは頷きながらぶどうジュースで喉を潤そうとして気管に入ってむせた。


「落ち着いて、飲みなさいよ。次は一応スピリトについて聞くわよ? 話してた内容から察するに、スピリトってのはマナをいっぱい取ったドラゴンパワーアップ版って感じ?」

「合ってる。スピリトはめちゃくちゃ頭良くなって魔法使えるようになるし、喋ったりもできるようになる。スピリトになるとアタシたちのところには二度と近づかなくなるけど」


 ベアトリーチェの故郷ではそういうスピリトになったドラゴンに固有の名前を付けて、刃には刃を、再び現れたら必ず打ち倒す。としていた。


「これ、ベアが嘘をついてるのはありえないけど喋るドラゴンなんておとぎ話定番の悪役であって実際に居るなんて思わなかったわよ」

「ベアトリーチェがジキッドでドラゴンの生態にについて一番詳しいぞ」

「本当に?」

「本当だよくやった」

「まあ、生意気だけど認めてあげるわよ」


 ベアトリーチェは背筋を伸ばして胸を張って口角を上げ、褒められたのを喜んでいる。


「で、店主。その調査、私とベアの二人だけじゃ厳しいわよ? 少なくとももう一人前衛と、斥候が欲しいわ」

「リシテアとハーティが一週間以内に戻ってくればその問題は解決するが、皮算用するわけにはいかないからこちらで探しておこう」


 そうして情報の共有を終えた後は自由時間なので、ベアトリーチェは夕暮れ時に街に繰り出した。

 露天市場の活気は収まっているが、店舗を構える道具屋などはまだ営業をしているので必要になるかもしれないものに目星をつけておくことにしたのである。


「果ての止まり木の冒険者だからあとで買いにくるってのは信用はするが……」


 ベアトリーチェがあとで買いにくるからと色々見る様子を店主と店員は微妙な顔で見ていた。

 道具を見終えてまた街をぶらぶらしていると、声をかけられる。そちらを見れば数日ぶりに見た顔だったので、ベアトリーチェは胸を張って笑みを浮かべた。


「ほら、アタシが歩くのめちゃくちゃ速かったでしょ」

「本当に早かったな。完敗だ」


 そこにいたのは破刃隊の面々だった。全員が変わらずお揃いの革鎧を着ている。

 ベアトリーチェがペシペシと自分の足をはたきながらする自慢げな顔にカイリスは少し苦笑している。


「ちょっと早かっただけだし! 馬が潰れたら困るから止まっただけで隊長一人ならお前より早くついてたし!」


 頭に大きなたんこぶを作られたのを根に持っているのか、ケマルタが耳を後ろに倒して食い下がってくるのをカイリスが頭に手を置いて止める。


「よせケマルタ。すまないなベアトリーチェ、俺たちはこれからユニオンで事の顛末を報告してくるが、全面的に悪いのは俺だ。本来はお前に来て欲しいが……できればお前の冒険者の宿の代表を呼んできてもらえないだろうか」

「そういうことなら呼んでくるよ。待ってて」


 ベアトリーチェが宿に戻って事情を説明したら文句を言いつつもアルバーニャが店番をしてパパルがついてきてくれた。

 やってきたパパルにカイリスが顔を見て驚いた様子だった。


「まさかパパルポルニアさんの宿だったとは……強さにも納得です」

「少なくともベアトリーチェから事情は聞いている。精神がおかしくなっていたのは仕方ないことだが、落とし前はきっちりつけてもらおう。ベアトリーチェ、お前は宿に帰ってていいぞ」

「あれ? アタシ行かないとダメじゃない?」

「何事も経験だが、今回はまだお前には早い」

「は? 経験に早いも遅いもないでしょおっさん」


 そうピシャリとはっきり断言されてしまうと反発したくなるのが人情で、ベアトリーチェが食い下がろうとパパルに近づいていく。


「パパルポルニアさんをおっさん呼びとは……大物ですね」

「ああ、じゃじゃ馬娘だ。ベアトリーチェ、次は鍛錬で一撃入れるんじゃなく、有効打を入れたらこういうのにも連れて行ってやろう。対人っていうのはそういうものだ」

「うぐ……それなら仕方ない」


 ベアトリーチェの価値観は世の中の道理を理解しつつも根底の部分では強さこそ正しさという考えがある。それは育ちの影響が大きい。

 戦士としての剱が認められるにはドラゴンを倒す必要があるように、戦いで条件をつけられた方がベアトリーチェは納得しやすいという癖があった。


「じゃ、行ってらっしゃい」

「任せておけ」


 パパルを伴って破刃隊の面々が去っていくのを見送ったベアトリーチェは買い食いをしてから宿に戻った。食べたのは熱々のチーズとベーコンを間に挟んだパン類で、腹持ちが良くジキッドの冒険者定番の食事だ。


「あら、おかえり。ベアは話し合いに行かなかったの?」

「鍛錬で有効打入れたら次は連れて行ってくれるって」

「ベアに有効打叩き込まれたら店主複雑骨折するんじゃない? まずちゃんと寸止めできるようになりなさいよ。ところで、食事どうする? 店主が戻ってきたらどこか食べに行く?」

「もう食べたよ」

「なに一人で夕食済ませてんのよ!?」

「ご、ごめんなさい次は一緒に食べるよ」


 ええ、だって聞かれなかったし、と言おうものならより怒りそうなことはベアトリーチェにもわかるので宥める方向に行った。経験である。

 そうして完全に日も暮れて、室内の魔晶石の明るさに惹かれた虫が周りを飛んでいるのをボーと眺めているとパパルが帰ってきた。


「戻ったぞ。話はつけてきた」

「ありがとうおっさん」

「感謝してるならおっさん呼びはやめろ。あと調査のメンバーも二人連れてきたぞ」

「え、早いわね? ちょっとまさか」

「入ってこい」


 促されて入ってきたのはお揃いだった革鎧を着ていないカイリスとケマルタだった。


「あー、本日より果ての止まり木所属の冒険者になりましたカイリス・グンネルトです」

「隊長にお供しましてっじゃなくて同じく冒険者になりました隊長……カイリスの一番の子分ケマルタ・ナルバトーレ・アンテスです!」


 アルバーニャの方を見ると予想できていたようで目を細めてパパルの方を見ていた。全く予想できていなかったベアトリーチェは口を開けたまま二人を見回した。


「…………なんで?」


 絞り出すような小さい声が出て、ベアトリーチェはこれがパパルの経験の力の凄さを思い知ったつもりになるのだった。

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