引きこもりたい

ーー気がつくと知らない天井だった。

何てことはなく、私は何時もの見慣れに見慣れた自室の天井が寝起きの視界に入った。何で、私は…と、やけに気だるい体を起こして記憶を辿る。


3軒隣の優しいお姉さんが『覚醒』して娼婦になった件について。余りにも精神へのダメージが凄かったため、2日寝込んだ。


なんだこれ、地獄?知ってた。

ついでにカイのパーティメンバーが皆骸骨なのも思い出した。現実って厳しいよな。引きこもりたいや。


『ご主人!!ようやくお目覚めですね!!』

「…ニーが喋った」

『その件は2日前に済んでますよ!?』


ベッド脇に乗り、ニー!!と余りにも可愛い鳴き声で講義する愛猫のニー。なのにどうして口を開けばひっっくい声で喋るの?何で声帯が低い男の声で実装されてしまったんだ…!


「何だっけ、覚醒がどうこう…」

『はい、ニーは覚醒してご主人と喋れるようになったんですよう。母さんも父さんも、カイも、近所のお姉さんも!覚醒してます!』

「止めて待ってねぇお願いだからお姉さんの話は止めて。まだ立ち直れてないから本当にやめて」


あ、まだお姉さんへのショックがデカ過ぎて泣きそう。お姉さん、優しいお姉さん。幼かったあの日、迷子になった私を助けるために角材でイノシシを打ちのめしてくれたお姉さん…。


『いやお姉さん怖すぎじゃありません?』

「お姉さんは強くて優しくて美しいんだよ。決して娼婦になんて…うっ、吐きそう…」


何で娼婦に何て…。どうせするなら流行りのカフェのマスターとかに『覚醒』して欲しかったよ…。

というか、『覚醒』か…。カイも母さんも父さんも皆覚醒したのか…。じゃあ、私もワンチャン『覚醒』あるんじゃないのか…?


「私も覚醒してしまえば、きっと…?」

『ご主人が覚醒ですか?ニーは応援しますよう!』


低いながらも朗らかなニーの声に背中を押され、私は今日から『覚醒』に向けて修行することに決めた。


そして数カ月後。

私は見事に『覚醒』をーーー、果たせなかった。

村の皆が次々に『覚醒』し、母さんの小料理屋が繁盛し、二号店が決まった所で私には才能がないのではないかと思い始めてきた。それでも頑張り続けて時が経っても、私の目の前に転がる現状職業は、母さんの小料理屋を手伝う村娘というものだけだった。

村の皆が『覚醒』していく。

木こりとして。

料理人として。

門番として。

農家として。

ハンターとして。

冒険者として。

可能性を開花させ、夢や未来に向かって邁進する姿はとても輝かしいもので。私はそれを後目に頑張って、頑張って、頑張った。

でも私は何にもなれはしなかったのだ。


『ご、ご主人、もうちょっと頑張ってみましょうよ』

「村の皆が覚醒していく中で私だけが凡人とか…世の中世知辛いよなぁ…。引きこもりたいや」


魔導書や料理の指南書、弓矢や木刀、水晶や布切れまで。私の自室には多くの職業に関するモノが散乱していた。当の私はというと、唯一無事なベッドの上で五体投地していた。


「現実は無情」

『もうちょっと頑張りましょう、ね?』

「頑張っても結果が出ないのはキツイ」

『あぅ…そうだ、ご主人!カイから新しい手紙が来てましたよう!』

「手紙…。読む」


ノロノロと現実に打ちのめされたまま、ニーが持ってきてくれた手紙の封を開ける。何時にもまして分厚い封筒から出てきたのは大量の写し絵と便箋だった。見る勇気と内容を判断する情報がない現状で写し絵は見れる気分にもなれず、億劫に手紙に目を通した。


書いてある内容は何時もの冒険談で、どうやらカイは元気に勇者をしているらしい。魔物に囚われた令嬢を助け出し討伐を行ったが、実は令嬢一家の方が魔物で…!?というような手に汗握る冒険がつらつらと描かれている。正直言ってもう、文章のセンスが凄いから勇者やめて冒険を執筆すればいいと思う。ちょっと勇者やめない?あ、無理?そうだよね。

ついでとばかりに写し絵を確認すれば、写っている骸骨の量が増えていた。2人だったのが4人に増えていて、もはやここまで行くとただの死体を扱う魔術師にしか見えない。大丈夫なのだろうか、私の幼馴染。そのうち死体もしくは骸骨愛好家として名を馳せないかただただ心配になってきた。


「あ、ニー。カイのやつそのうち村に一度戻るってさ」

『本当ですか!?じゃあそのときは僕の肉球パンチが炸裂しますよう!』


シュッシュッとニーはパンチの練習を始めるが、正直言うと猫好きに猫パンチはただのご褒美なのである。どれだけひっっくい声でつらつらと喋り始めても、『覚醒』してもニーもカイも大切な家族同然だ。帰ってくるというのなら、私なりに最大限の持てなしをしよう。アイツが帰ってくる前に手伝いがてら母さんから何か美味しい料理でも習おうと思い、小料理屋の店舗に向かう。お店の扉を開ける前に、母さんと誰かの話し声が耳に入った。


「あら、それじゃあ本当に城下町の方に行っちゃうの?」

「はい、私は私なりに頑張ろうって決めました」

「寂しくなるわねぇ…」

「自分に娼婦の才があるなんて驚きましたけど、でもその才能を買ってくれる人がいる。それは喜ばしいことですから」

「ウチの子ってば、貴方のこと大好きだからショックうけちゃうわね」

「ふふ、城下に来てくれればまた会えますよ。でも面と向かっては伝えられないので、あの子に宜しくお願いしますね」

『ご、ご主人、これって…』


漏れ聞こえる会話が、すべてを語っている。聞き馴染みのあるあの声は大好きな3軒隣のお姉さんの声で。それが、城下に、行くって。城下に、娼婦として…。頭が真っ白になって、息がしづらい。嘘だ、と呟いた声が音にはならなかった。

この場にはもういられなくて、会いたくなくて、どんな顔して話せばいいのかすらわからなくって、衝動的にその場から逃げ出した。

逃げ出したものの行き場なんてなくって、家に逃げ帰った私は数カ月前と同じようにベッドの上に突っ伏した。


私は外に出れなくなった。


「覚醒なんて、だいっきらいだ...!」



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このシリーズは衝動的に思いついているので不定期です。たぶん作者が眠れないときに多く更新されます。もう一個の連載作品『華の乙女』も見てね

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覚醒伝説〜『覚醒』した幼馴染が率いる勇者パーティに会ったら皆白骨標本にしか見えないので問い詰めたらどうやら私の両目がイカれているらしい〜 四月一日真理@初投稿 @mari-41

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