第121話 勇者ではないただのオッサン


 その男性を見た瞬間私は無意識のうちに『殺さなければ』と強く思ってしまう。


 本当は誰一人として殺したくないのに。


 しかしながら私は殺さなければ生きていけないのである。


 この感情がどこからやって来るものなのか分からないのだが、私の意志ではその殺戮衝動を耐える事ができず、攻撃してしまう。


 攻撃はしたくない、本当は誰一人として殺したくない。


 けれどもそれ以上に死にたくないのである。


 なんで殺さなければ私が死ぬのか分からないのだが、そう強く思ってしまう。


 そして私が彼に放った魔術は過去に勇者と相打ちを果たした闇の魔術段位八【死の賛歌】である。


 あの頃の私は自分の力を過大評価しすぎて勇者を迎え撃つ準備も何もしていなかった上に今以上に魔術の行使が未熟であったとはいえ、そんな私が放った【死の賛歌】を勇者は受け流す事ができなかったのである。


 あの時よりも明らかに魔術の技術は向上しており、相手が誰であろうと舐めてかかることなく常に全力を尽くすようになった私の行使した【死の賛歌】を、明らかに勇者ではないこの男性が、それも一人で対処できるような魔術ではない。


 恐らく次の瞬間で間違いなく死んでしまっているとは思うのだが、前回はその考えで隙が産まれたところを勇者の一撃を喰らわされたのである。


 なので、いくら相手がただのオッサンであろうとも私は相手が確実に死んでいる事を確認するまでは気を抜かず、次の一手の魔術(魔法陣)をスタンバイさいつでも行使できる状態にしておく。


「誰がオッサンだ、誰が。 これでもピチピチの二十台だし四捨五入すればかろうじて二十歳だこの野郎」

「……ほう。 まさか、どうやって我の闇魔術段位八【死の賛歌】から生きながらえる事ができたのか分からないのだが、しかしながら我の方が一段上であったようじゃな。 昔勇者にしてやられたからの、残念ながら万が一の事を想定して追撃の魔術をスタンバイしておる」


 まさか勇者ではないただのオッサンが【死の賛歌】で死なないとは。 しかしながらそこで私に奇襲を仕掛けてきた勇者の方がまだマシであり、その奇襲を想定していた私は更に上であると言えよう。 そして、生きながらえる事が出来て安堵してしまったのか奇襲をするでもなくただ突っ立っているコイツはせっかくの反撃できたかもしれない最初で最後のチャンスを潰してしまったのである。


 恨むのならば気を抜いた自分自身を恨んで欲しいものである。


 そう思いながら私は周囲に展開している魔術(魔法陣)を発動する。

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