砂鏡(すな!かがみ)

山形在住郎有朋

砂鏡(すな!かがみ)

砂鏡(すな!かがみ)




 最近の俺の生活はどう考えても異常だ。つい2週間前までは35歳の独身貴族として悠々自適な生活を送っていたのに,ある日突然同居人が3人も増えた。じいさん2人とばあさん1人である。




 ***




 俺は清掃業者を営むかたわら,動画配信サイトJoyvieジョイビーで「家と心のお掃除系Joivierジョイバー清宗せいそう」として配信活動を行っている。俺の仕事と趣味(お寺巡りと読経)の間に親和性を見出した社員が,会社の宣伝にもなると熱心に勧めてきたから始めた。




 そのXデーも,法華経読経会をライブ配信する予定だった。土曜の朝っぱらから読経会に参加している数百人の視聴者の荒んだ心が癒されるように,と願いながら,




「南無妙法蓮華『山本権兵衛ごんべえはホントに二枚目だったなあ,まあ,わしのほうがいけてるケド,ぶわっはっはっは。』」




「ちょっ『あたしは正毅まさたけちゃん好きよ,あのコ,ビリケンみたいで可愛いかったじゃない。』」




「にゃ,なんで『彼奴きゃつはビリケンはビリケンでも非立憲びりけんだからな,いかんいかん。おう,お前ら読経が始まったから静かにせんかい。』」




「ごめんなさい,疲れているようなので今日はやめます。よい休日を。」




 ***




 9月下旬にもかかわらず真夏日となったこの日,俺はライブ配信を途中で切り上げて布団にもぐった。寒気がしたのだ。




「なあ,シゲ,こいつ大丈夫かな。震えてるぞ。」




「ヨツギさん,仮にもこの方は僧なのですから,こいつ呼ばわりは…」




「いや,みーちゃん,この男は僧ではない。冷蔵庫に豚肉が『勝手に見るなよ!』」




 しまった,つい声をあげてしまった。




「おお,少年。起きたか。わしは大宅世継おおやけのよつぎ。歳はもう数えるのをやめたな。」




「私は夏山繁樹なつやまのしげきだ。世継さんの10歳下だ。で,こっちが連れ合いのみーちゃん。」




「みーちゃんでございます。あらっ,よく見たら仁和にんなみかどにそっくり。」




「見ろみーちゃん,こいつミツタカだ,光に孝って書いて光孝。仁和の帝と同じ名前だ。ほれ,免許証。」




「よかったですね,ミツタカさん。仁和の帝はとても風流な素晴らしい天皇だったんですよ。」




「風流で言うなら弘仁こうにんの帝,うむ,それだと彼にはわからんか,うんと,そうだ,嵯峨さが天皇。嵯峨天皇の風流さにはかなうまい。」




「別に比較しなくてもいいじゃない,あなた。」




 俺は三度寝した。




 ***




 夢なら醒めてほしい。これが現実なら,彼らは幽霊,泥棒,幻覚のいずれかである。いまだ覚めぬ悪夢の只中,俺は昼飯を作り始めた。




「光孝阿闍梨あじゃりよ,どうかひもじい老人に食事を恵んでおくれ」




「世継さん,光孝阿闍梨が何か珍妙な食事を我々のために作っていらっしゃる」




「動物性たんぱく質を取り除いてくださるのですね。さすが阿闍梨。」




(あんたらのじゃないがな。そして阿闍梨呼ばわりをやめてくれ。恥ずい。)




「光孝阿闍梨よ,暇じゃ。囲碁盤ないか」




「囲碁盤なら向こうの物置に折り畳みのが『だから勝手に見るな!仏の顔も三度までだ。』」




「まあ,食事をいただいてからにしましょう」




(あんたらのじゃないがな。)




 ***




 なんだかんだで俺はトンデモ爺さんたちの分も含めて食事を用意した。心が美しいから。




「さて,世継さん,囲碁でも……。寝てしまいましたか。」




(人んちで寝てんじゃないよ。そもそもおたくらお呼びでないわ。)




「俺は向こうの部屋で配信するから邪魔すんなよ。」




「では,みーちゃんと読経でもしていることにします。」




「ああ,そうしとけ。」




(繁樹がまともで助かった。……いや,人んちに突然現れた時点で全員まともじゃないのか。俺がおかしくなってどうする。まあ,でも,夢の中なんだし荒唐無稽なのは当然か。)




 ***




 昼飯の後,邪魔者を排除して配信を開始する,はずだった。ふたを開けてみれば,俺の配信は爺さんたちに乗っ取られていた。




「私は不思議でならないのですよ。なぜ現代人が投票という方法で代議士を選出する方法を最善と考えているのか。要するに多数決で決めることは民主的だと考えているのでしょうが,それは個々人の意思の総和である全体意思にすぎません」




「まてまて,シゲよ。確かに民主主義と多数決は密接な関係にある。プラトンも多数者の決定が最善とは限らないと述べて民主主義を批判しておったしな。しかし,ことは複雑なのじゃ。」




「プラトンといえば,乱婚推奨淫乱野郎オンナノカタキでしたわね。」




「「み,みーちゃん!!」」




「あら,毒舌が過ぎましたわね。ごめんあそばせ。」




「何の話でしたかね。」




「○○政権の強引な採決に関する討論の話をしとった。」




「そうでしたね。では,次の例としてマキャヴェリ坊の『何度も,言っているが,この,チャンネルは,読経会の,配信なんだよ。』」




「光孝阿闍梨はまじめさんじゃのう。田舎の寺でやってる読経会なんて市民会館の音楽教室と変わらんぞ。」




「というわけで,今日の配信は以上です。すいませんでした。」




 俺は四度寝した。




 ***




 二週間経った。悪夢が覚めることはない。それどころかこの悪夢の中で二日に一回は爺さんたちに関する悪夢を見る。悪夢だ。




「光孝尊よ,パソコンかして。」




 爺さんたちはいつの間にか俺より有名なJoyvierになっていた。「家と心のお掃除系Joivierの清宗」とその友人たちの社会お掃除チャンネル「砂鏡すなかがみ」は広告収入20万円を超えるビッグコンテンツに……確定申告するの俺なんだぞ。




「光孝尊さま,今日もパネリストの一人として参加してくださる?」




 高校時代授業をまともに聞いてなかったから知らなかったが,大宅世継と夏山繫樹は「大鏡」という古文の登場人物らしい(みーちゃんは知らぬ)。もし寝ながら耳にした名前を頭の片隅に記憶していてこんな奇想天外な夢を見ているとしたら,睡眠学習を証明できるかもしれない(多分意味は違う)。




「光孝阿闍梨,そろそろ始めるぞ。今日は乳海攪拌にゅうかいかくはんがどのように起こったかを,記憶をもとに再現した映像で紹介する。神話と思われているが,実は誇張された現実の現象であってな……。」




 あと,無学な俺にはよくわからないんだけど,たぶんこの爺さんたち,1000年やそこら生きている人じゃないよね。




 ああ,そういえば,思い出した。高校時代,四鏡を覚えるために「ダイコンミズマシ」で覚えろって古典の教師が言ってたな。睡眠学習中に。それに対して俺は「ダイコンミズマシすな!」って叫んだんだった。心の中で。




 だから,チャンネル名に「砂鏡」を提案したんだなあ。現代政治を映す新たな鏡もの,これが建前だけど,実際のところは「大今水増砂だいこんみずましスナ鏡」って言いたいだけだったんだ。そうか,それでこんな夢見てるのか。いやあ,なんか心の奥底のちょっとした願望がかなってすっきりした。




 俺は五度寝した。




 ***




「……Photon decoupling との類似性からも感じられるようにやはり創生神話色が強い乳海攪拌ですがね,地球上で起こったとある現象の口伝というのが真相なんです。清宗さん,わかりますか?」














 なんでやねん。


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砂鏡(すな!かがみ) 山形在住郎有朋 @aritomo_yamagata

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