第2話 突拍子もないこと
「買い出し組帰宅です〜!!」
時間は6時半をまわった。
何故今こうなっているのか俺が分からない。
「秋達おかえり〜。夕飯準備今から取り掛かるね〜」
運任せのグッパで決めたペア。お菓子とか食材とかそこら辺諸々の買い出し組が秋と転校生。夕飯作りがそのまま夕飯準備組の俺と冬。なんでもいいから適当に、と言って2人が買ってきてくれた物から見るにきっとカレーだ。怒りのままに肉じゃがでも作ってやりたい気分だがしっかり理性を保ちつつ野菜を洗う。
「夏〜、ごめん鍋用意して欲しい〜」
「もう出来てる。皮向いたから早く人参切れ」
「流石〜」
冬との連携はいつも上手くいくし気が合う。
でも冬と秋は幼なじみだが俺はその枠ではなく、少し劣等感を感じる時もある。
もしも、別に想定はしていないけど(したくないけど)このまま転校生もここの中に入ることが増えた時、きっと同じものを背負うのだろうと思うと同情しかねる。
「冬〜早く〜お腹空いて倒れる〜。春くんが〜」
「春か〜。あと煮込むだけだから待て〜」
「じゃ、あとは頼むわ」
「頼まれましたよ」
やる事がなくなった俺は風呂を沸かしに洗面所へと足を進めた。普段シャワー派な俺ら親子の家の風呂のままあいつらを入れるのは流石にやばい気がして風呂掃除をやる事にしたのだ。
それにしても、急に家が賑やかになった。何気に誰かが自分の家に泊まるのは初めてかもしれない。というか友達が家に来ることさえ初めてだろう。
らしくなくちょっと楽しんでる自分にきっと冬も秋も気付いていそうで怖い。桶に溜まったお湯に写る自分の顔を見ながらそう思う。
「それにしても垢がすごいな…」
つい声に出てしまったがそれほどやばいのが分かる。
これ、一体どうしようか……。
「夏くん〜?カレー出来たよ〜?」
そう風呂場の扉を開けたのは転校生だ。
「分かった。もう行くから先行ってて」
「分かった!」
無邪気な声と足音が聞こえる。
もう垢とか多少はいいよな。俺も早く風呂を沸かして行かなきゃ秋にグチグチ言われるだろうし。
ピッと音を鳴らすと共に足を進ませた。
「もぉ〜!!夏遅い!!早くして!」
人数分のカレーが並ぶ食卓に着いて早々秋に怒られた。誰のためだと思ってるんだろうかまったく…。
「いいから早く食べるよ?ほら、」
冬のそんな言葉にみんな納得をして『いただきます』の合図で食べ始める。
「美味し〜!!春くんどう?冬と夏のカレー!」
「うん!凄い美味しい!」
ほぼ冬が作ったカレーだからやっぱりめちゃくちゃ美味しい。
お皿とスプーンのぶつかる音と、転校生と秋が楽しそうに話す声。父が生きていた時からの懐かしさだろうか。どこか切なく、何故か暖かい。
口にじゃがいもを頬張ったまま秋が話出す。
「お風呂、誰から入る?」
「あー……いっその事みんなで入る?」
「流石にうちの風呂に高2男子4人は入らんわ」
1人で入りたいし。
「じゃあジャンケンね!!最初はグー!じゃんけんっ」
俺が意見を言う間もなく秋はじゃんけんの合図を出した。
"ぽんっ!"
俺と冬がグー、転校生、秋がチョキを出した。
「あっ、じゃあさっきのペアでお風呂入ろっか!!」
結局一人で入るという選択肢はなかった。
そのまま秋は洗い物しておくから先入っていいよ〜!と部屋を突き飛ばされた。
家の構造的にリビングの目の前が洗面所、奥に風呂場という感じなせいで状況整理に頭が追いつかない。
俺は服を脱ぎながら冬に愚痴を零す。
「秋のやついつも俺の意見を聞かずに…」
「別に秋も夏が嫌いなわけじゃないよ?」
「でも人の意見を聞かないで生徒会なんてできるのか…?」
「確かに1人で突っ走っちゃうとこあるけどね。だけど秋は神様に味方されてるからいつも結果は良かったりするんだよね〜」
確かに秋が会長になって学校の方針が180度変わったのに前よりも良くなった気しかしない。だからきっとクラスも先生もみんな秋が好きなんだとも思う。
冬がザブンと音を立ててお湯の中に入る。
「みんなで入るなら銭湯行けばよかったね〜」
「流石にめんどくさいだろ」
「でもきっと楽しかったよ〜?」
シャワーの想像以上に熱いお湯で肩を流す。
「夏は春くんの事どう思う?」
「どう思うって……。積極的でちょっと秋に似てるなって」
「確かに似てるかも…。いつか突拍子もないこと提案してきそう〜」
「同感」
秋みたいなやつが増えるなんて絶対にゴメンだ。さっきだって、俺の気持ちも聞かずに一緒に帰れば?なんて言い出して、それに便乗して。あの二人をくっつければ俺が持たない。
そんな怒りかなにか分からない感情で髪を洗った。
「夏、シャワー派だっけ?暑いでしょ、先出ていいよ」
「あー、分かった。ありがと」
それに比べて冬はまじで優しい。俺が女だったら確実に惚れてたと思う。それに比べて秋は……なんて考えるとまた長くなるからやめよう。
自分の部屋にジャージを取りに行ってからリビングに着いた。
「あっ、夏〜おかえり〜!」
「冬が出てきたら入れるから、ジャージ渡しとくわ」
「あっ!ありがとう」
なんで今日会った奴にジャージを貸さなきゃいけないのか謎だ。なんかもう全部分からない。
まぁ、なんて言ってるくせに勉強の準備をしてる俺がいるのについては触れないで欲しい。
「上がったよ〜」
「冬、ちょっと手伝ってくれ」
「おっけー!机運ぶね〜」
冬に机の場所を教えてから台所へ向かう。
軽く風呂上がりの1杯にコーヒー牛乳を作るのだ。仕方なく4つコップを出して牛乳、コーヒー、シュガーシロップを入れる。継ぎ足し用にポットにも同じものを作る。
ふと、風呂上がりの湯気の温かさを感じると秋達が帰ってきた。
「いい湯だった〜!」
「お粗末さまでした。先に上行ってて」
階段を駆け上がるような音がしたがまぁいいだろう。転んだ時は自己責任だ。
さっき秋達が買ってきた数々のお菓子を何枚かの皿に出したり並べる。
そのお皿とコーヒー牛乳をお盆に乗せた。
「お風呂で春くんがさ〜?」
「そんな事ないって…!」
仲睦まじく話す声が聞こえてくる。
足りものはないかと確認をして階段を上る。
扉を開けるともう小さい机を囲んでいた3人組がいる。
「お待たせしました」
「お風呂上がりのコーヒー牛乳!!!夏ありがとう!」
3人がコーヒー牛乳を飲んでいる間にカバンから古文やらなんやらの教科書と筆箱を取った。
「ほら、勉強すんだろ」
「はい!夏先生!」
「春くんは教科書ある?俺の貸そうか?」
「あっ……!うん!」
気遣い上手な冬と転校生の絡みは新鮮的な感じだった。
「ちょうど課題のとこあるから、分からなかったら聞いて」
シャーペンの音、お菓子を食べる音。
外の雨の音と自転車の走る音。
この部屋で全てが混ざり合いながらも響き渡る。
「夏、ここ分からない…」
最初に質問をしてきたのは秋だった。
「春はあけぼのとか想像してみ」
「春はあけぼの…?」
「え、もしかして春はあけぼの知らん?」
「何それ……」
春はあけぼのを知らない人間が居るのか?もしかして俺の価値がんがズレてるのか?
中学生でやるよな?普通…。
「清少納言って人が平安時代に書いた枕草子って言う随筆の………」
秋の顔色を伺うと全くピンと来ていないようだ。これはまじで知らないやつなのだろう。
秋の場合、というか理系の人の場合は根本的に教えた方がいいかも知れない。
「秋、歴史の話をしよう」
「う、うん、」
「最初に、
兄の藤原道隆と、その弟の藤原道長が居る。
その2人にはどちらも娘が沢山いて、そのうちの道隆は彰子を、道長は定子をその時の天皇の嫁にしようとする。なんでか分かるか?」
「義理の息子が天皇だと自分の地位も高くなる…から?」
「そう、それで定子が先に天皇に嫁いだんだ。でもその後に彰子が嫁いだものだから定子側はお怒りモード。んで、その彰子に仕えてたのが紫式部、定子に仕えてたのが清少納言。どっちも家庭教師でライバル。その清少納言が書いた有名な本が『枕草子』。その中で有名なのが“春はあけぼの“から始まる春夏秋冬の良さを語った文。
それで──────
*
「あ゛ぁぁぁぁ!!もう無理!全然頭入らない!」
午後10時半…
あれから、秋以外の2人は静かに課題を終わらせたが、俺は秋に付きっきりで見てたものだから課題は終わらず…。
「夏ー、トランプある?気分転換にみんなでやりたくて」
「トランプ…」
トランプなんて持っているかも覚えてないんだが……
「引き出しとかは…?」
今日転校してきたやつが俺の所有物の場所わかるかよ…。
「夏、引き出し開けてみて」
冬に繰り返し言われ、2年ぐらいずっと開けていなかった引き出しを開ける。
「あった…」
「春凄い!!預言者みたい!」
「預言者とはちょっと違うと思うよ?」
絶対たまたまだろ。自分で言うのもあれだが典型的な置き場所だろうし。
秋は俺の手にあったトランプの箱を取った。
「ババ抜きしよ!!ババ抜き!!」
なんてメジャーな…まだ大富豪とかの方がやりたいんだが…。
「まぁ、仕方ないよ夏…。やるしかない」
「はい!被り抜いてって!」
愚痴を頭の中でこぼしている間に秋が手札を配り終えていた。ここまできたら何も言えないので仕方なくダブりを捨てていく。
「絶対冬って心理戦強いよね?」
「そうかな〜」
「夏は意外と苦手そうじゃない?」
「やってみないとわからないだろ。」
実を言えば俺はあまりババ抜きをしたことが無い。だから自分でも強いも弱いも分からない。
「じゃあ、夏が僕に引かれて僕が冬に引かれて冬が春に引かれる流れね!!」
よかった…隣は単純そうな秋と転校生だ。きっとなんとかなる…。
*
「あっ、ジョーカーじゃない…」
「おぉ!!春くんの勝ちだ!」
え…?嘘だろ……。
「やっぱり何回やっても冬が1番強くて夏が1番弱かったかぁ」
「予想はしてたけどな」
やっぱり俺、ババ抜き苦手だったのか…。全然なんとかならなかったじゃないか。そもそもがおかしかったんだ…。なんで最初の時点ではババがなかったものの、次のターンでババが回って来るんだ…?
なんでそこから俺のところに居座ったんだ、ババよ…。
「なんか疲れたねぇ」
「そろそろ眠くなってきた…ね」
「だってよ?夏」
「あ?あー…もう11時半だもんな。寝るか。
じゃあ、俺下で寝るわ。お前らでベット使いなよ」
ん…?俺のベットシングルじゃね…?入るか?
「夏…それは無理があると思うぞ」
「流石にシングルに高1男子3人はキツイかなぁ」
「そうですよねー」
そう言われても…布団がないんですよねー…。普段家に泊まる人間なんて居ないせいだ。
「あっ、じゃあ僕ソファで寝るよ!」
"The謙虚"のような転校生がそう言い出せば俺が!僕が!と埒が明かない状況になった。
そこで、俺はあることに気がついた。
「押し入れに、1人分布団がある。それでいいなら」
父が生きていた時に使っていた布団がずっと奥にしまってあるのだ。
勿論洗ってあるし、それ以外にはもう手がない。
「逆にそれ僕ら使っていいやつ……?」
「全然、そしたら俺がソファで母さんの布団使って寝るから冬使えよ」
そう言って立ち、俺の部屋の押し入れの奥から父の布団を取り出そうとする。その行動を見て冬と秋が机の上のものを、転校生が机を片付けだしてくれている。何も無駄のない動きを4人全員がしていると思うと、どこか嬉しみを感じた。
俺は引っ張り出した布団を床に落とした。
無心で押し入れを整えていた俺に冬が声をかけてきた。
「夏、俺も下で寝ていい?」
「いいけど寒いぞ、多分」
床暖房をつけることは出来るが、多分逆に暑すぎるのだ。よく小さい時に床で寝なら真っ赤になって母さんに熱があるのかと心配されたことだ。
でも俺はそんな無駄な事は話さず、ただ床暖房の話だけをした。
それなのに「慣れてるから大丈夫」
なんて言って結局俺と同じリビングで寝ることになった。
「じゃあ、2人ともおやすみ!また明日ね!」
「しっかり寝ろよ〜」
歯磨きを終わらせ、先に階段を降り始める俺の後ろで冬達が話している。
日本人…というか人間って何故こんなにも毎回挨拶があるんだろうか。おはよう、いただきます、いってきます、こんにちは、さようなら、ただいま、おやすみ…毎度毎度ウザったらしくないか?こんな挨拶ひとつに意味なんてあるんだろうか。
「夏?どした?降りて?」
「あっ、ごめ」
ぼーっとしていたら階段を降りるのを忘れ、体が止まっていた。
今日で分かった。俺は1度にふたつのことが出来ないらしい。
俺はリビングの冷たい床に敷かれた布団を見つめたあと、冬に交換しようと提案をした。
当然のように断られたが一応客人だからと横のソファに突き飛ばした。
「本当にいいの?」
「もういいって。ただ落ちてくるのだけはやめろよ」
「ありがとう、善処する!おやすみ」
ゆっくりと目を閉じる。
硬い床の感覚と、それ以外は何も無い。
うっすらと目を開ければ、冬の背中だけが切なく見える。反対に体を動かせばいつもならカーテンの隙間から顔を出す月明かりは雲に隠れていて真っ暗だ。
体の一部がどこか知らない場所へ行く感覚を感じた。
来世ではIを伝えるよ、私へ。 羽星こもぎ @urarakomogi
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