復帰。変化した二人

 復帰と捜査への意気込みは充分だった。


 剣の捌き、体の動き。実戦の勘はまだだが、頭の中で思い描くものへと変貌を遂げて大差がなくなっていると自負している。


「ひぃ・・・・・・・エリク。お前本当に病み上がりか? 前より強くなっているんじゃねぇの?」

「旦那様。アラン様もお疲れさまですっ」

「ん、大丈夫なのか?」


 合間に協力してくれたアランには感謝だが、休息の合間にやってくるシャルに対して、ついそっけない接し方になってしまう。


「あの、旦那様?」

「いや。こちらを気にすることはない」

「あ、はい。申し訳ございません・・・・・・」

「あれ? どうしたんだい旦那様? 王女様が落ちこんじゃったじゃない」

「・・・・・・・アラン、もう一勝負だ」

「え、ちょっと勘弁っ」


 正体を明かしたこともあるのだろうが、アランをはじめとしたサムとマリー、ディアンヌ邸の人達との仲は深まっている。それに比べて俺は、傍目からすれば距離を置いているとしかおもえない態度をとってしまっている。


 以前にはなかった控えめな気遣いと時折くれる静かな応援。なんでもないときの視線、言葉遣い、一緒に暮らしているときの随所で感じる奥ゆかしい優しさに、ついどぎまぎしてしまうのだ。


 かつての恋人エレオノーラとの再会とシャルとの別離、そして復帰とその後の捜査。焦燥感と謎の後ろめたさ、その他の複雑な感情が胸中で鎬を削っている俺からすれば、たまったものではない。


 相反しあう感情らを持て余し、鍛錬とかこつけて発散してはいるがシャルロットの不意打ちのような優しさは不意を突かれるものなのだ。


「あ、旦那様」


 鍛錬を終え、書斎で意図せぬ遭遇をして同じ空間で過ごすだけで空気までもがぎこちなくなったのかとおもうほど動揺してしまう。


「きゅ、休憩か?」

「いえ。ただ掃除をしようとおもいまして」

「マリーかサムはどうした?」

「お二人もお忙しく・・・・・・・ジャンヌも買い物に行っているので」


 読み終わったばかりなのに、戻しに行くことができずシャルが立ち去るまで待とうとおもったが、空気が重い。こちらはいわずもがな、邪魔をしないようにだろうこちらになげかけられる視線のおかげで、妙にぎこちない。互いが互いを意識しているような錯覚に陥る。


 本棚の周囲を掃除しはじめたシャルは、本の隙間まではたきを通して埃を落としていく。しかし、ある一角に気をとられてジッとしてそのまま動かない。

 

「どうかしたのか?」

「いえ・・・・・・こちらの本なのですが、わたくし三冊で終わりだとばかりおもっていましたわ」

「ああ。それはまだ続いている」

「まぁ、本当に? 王宮で暮らしていたときにも呼んでいたのですが、続きが書庫にありませんでしたわ」

「王都でも人気だからなそのシリーズは。貸本屋でもいつも無くなっているよ」

「貸本屋?」

「いくらか払うことで、本を借りることができる店だ」

「そうなのですね。では、本自体を買うというのは難しいのでしょうか?」

「今は難しいだろうな・・・・・・・」


 わかりやすいほどに、落ちこんでしまった。。本を買うことは彼女の臣下にでもできるが、シャル自身が買いに行くことも借りに行くことができない。改めて今後の行く末を連想したのだろう。


「もしだったら、それを持って行くか?」

「え?」


 大袈裟すぎるほど反応を示した。何度も読んでいる物だし、欲しがっている人に与えるべきだとおもったのだ。なにより、母親の形見でアル指輪を預けられている身としてのお礼の意味もある。


「あ、ありがとうございますっ! わたくし、これを家宝にいたしますわっ!」

「大袈裟だな」

「いえ、むしろ玉璽(レガリア)にしてもおかしくありません!」

「大袈裟がすぎるぞ!」

「だって、旦那様が・・・・・・・エリク様が初めてわたくしになにかをくれたんですもの・・・・・・・!」

「っ、」

「わたくし、それだけで嬉しくって・・・・・・」


 シャルは、自分がなにを言っているのかわかっているのだろうか。男性からの贈り物を喜ぶなんて、誤解しても仕方が無いということを。


「あ、」


 やはり、わかっていなかったのだろう。ほんのり赤らんでいく頬を押えながら身をモジ、モジと恥じらいだした。


「・・・・・・・シャルは本当に本が好きだな」

「い、いえそんな・・・・・・・旦那様ほどでは・・・・・・」

 

 色々と誤魔化すために、多少ぎこちなさを残しながらもどうしてそこまで本が好きなのかと聞いてみた。すると、幼い頃からの勉強に読書を利用していたのだと教えてくれた。


 文字の読み書きと教養の習得だけではない。歴史、文化、諸外国との関係。情報が溢れていて 自分が知らなかった物事や考えもしなかった思想など、そこから得られるものは様々だ。


「最初は読み聞かせてもらっているだけだったのですが、次第に自分でも読みたい、知りたいとおもうようになっていつしか読むこと自体を楽しいとおもうようになったのですわ」


勉学自体は苦痛だったが、本を読むことで習得すればまったく嫌ではなかった。


「旦那様はどうしてお好きなのですの?」

「俺は、両親と兄に良く読めと言われていたから自然とだ」


 実に、不思議だった。本のことを語ると余計な意識が氷解し、身構えていたのが解きほぐれていく。シャルの表情が感情のままコロコロと変わるのも助けているのだろう。会話は続き、いつしか互いの好きな本、場面、登場人物の台詞について盛りあがってしまった。


「ああ、いけませんわ。わたくしったらついお掃除を」

「・・・・・・・そうだな。今度また――――」


 あ、とおもわず声が出た。伏せられた睫が物憂げに彩られて痛いばかりの沈黙がひしひしとやってしまったという認識。今度とは、いつだ。一人の王女と騎士に戻る俺達に一緒にこうして語り合う時間はあるのか。


「王宮にも、本を読む者はいるだろう」

「・・・・・・・はい」


 あてのない話を繰り返していくほどにそうではないと自責の念に苛まれる。しかし他になにを言うのだと居直りたくもあった。


「あ、やはりここにいたのですね」


 シャルを呼びに来たのか、サムが絶交のタイミングで入室してきた。しかし、手にはいくつかの荷物と手紙が。どうやらシャルのついでに届け物をしにきたらしい「なにかあったのですか?」というサムに、なんでもないと手を振り、何の用か聞く。


 先日収穫祭に行ったとき、買った物を整理していたら覚えのない物が混じっていた。もしかしたら旦那様の物ではないのかとおもい、たしかめてほしいらしい。


「ああ、そうか。忘れていた。サムに持ってもらってたんだったな」

「しかし、旦那様なにを買われたのですか?」


 そのまま答えそうになって、ぐっと黙りこんだ。袋の大きさや触り心地からして、シャルに渡そうと買った香水なのは予想できている。しかし、いわくつきの物だ。二つ買って片方はアランに頼み、刺客のと比べてもらっているが、おいそれと渡してよいのかどうか。


 しかも今は余計な第三者もいるし、なによりシャルともぎこちない距離感だ。おいそれとは簡単に渡せない。ひとまず、頃合いを見て渡そうとおもったが。


 直後にパリン! という衝撃音が。


 袋の底が破けたのだろう。香水の瓶が割れ、中の液体が飛び散ってしまった。


「ああ!? 絨毯に染みが!」

「す、すまん!」

「マリーに怒られますよ! 染み抜きって大変なんですから!」

「まぁまぁサムさん。わたくしも手伝いますし・・・・・・・あら?」

「この香り・・・・・・・香水ですか旦那様?」

「ああ、そうだが。シャル?」


 鼻をひくつかせるサムとは裏腹に、割れた瓶を拾おうと手を伸ばした姿勢のまま動かないで止まっている。


「どうかしたのか?」

「いえ、この香り・・・・・・以前どこかで嗅いだ覚えが」

「なに?」

「旦那様!?」


 おもわずその場で肩を掴み、迫ってしまう。ひゃ、ともきゃ、とも聞こえる小さき悲鳴を上げるシャルに唖然としたサム。


 しかし、こちらとしては二人の思惑どころではない。


「どこだ? どこで嗅いだ?」

「だ、旦那様、わたくし、しょ、しょの・・・・・・・」


 距離に反して肩を縮こませ、口をすぼめさせてしまう。乞えば乞うほど酷くなっていき、少し離れたところからは「うわぁ・・・・・・」という視線も浴びているがシャルの発言は聞き逃せるものではない。


 この香水は今まで市場に出回っていなかった物だ。なのにシャルは嗅いだ覚えがあるということは、身近に大臣の仲間がいたということになる。


 そうであるなら、王宮に忍びこんだのではなく元からいた人物が刺客だったということではないか?


「大切なことなんだ。どうか頼む」

「だ、なんなしゃまあああああ・・・・・・」

「ストップです。旦那様。いくらなんでも女性にそんな風にしては。茹で上がった蛸のようになっていますよ?」

「やかましい! それどころじゃないんだよ!」

「なにをなさっているのですか・・・・・・皆さん」

「あ! ジャンヌウウウウウウウウ~~~~!」

「あ、おい待った!」


 シャルは素早く抜け出すとジャンヌに力強く抱きついた。状況を理解しきっていないジャンヌは一瞬後ろに倒れそうになるが、そのまま支えてサムと一緒になって慰めだした。


「ジャンヌ、いいか? 大変なことがわかったぞ!」

「ええ、本当にそうですね。二重の意味で」

「うう、ジャンヌ、ジャンヌ~~~~・・・・・・・」

「このけだもの」

「な、はぁ!? なんのことを言っているんだ!」

「旦那様・・・・・・私も同意です。女の子に、それも王女様にあんな風なことをするだなんて」

「お前までなにを!? 俺は大臣に関してだなぁ!?」

「その大臣が見つかりました」

「・・・・・・・は?」


 淡々とした様子で、新しい事実を告げられる。だというのにすぐ呑みこむことができず、間の抜けた声しか返せない。


「なに?」

「ですから、大臣が見つかったのです」


 啜り泣きが落ち着き、静けさを取り戻した上で再度聞いた。同じことを。しかし、やはりすぐには受け入れられない。


「それも、死体でです」



 

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呪われ騎士と押しかけ王女メイド~呪いを受けて化け物と人々から恐れられる騎士は、お転婆王女様に一目惚れされ、愛される~ @a201014004

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