第4話 ミリオンルーム

そこは最初の部屋のような白いタイルに囲まれており、部屋の中央に診察台はあったが、電話は無かった。そして窓があり、外には景色があった。


「つ、ついに出れたのか!?」


自分と違う姿の男が、電話に出た声で話した。


「どうぞお座り下さい」

「あんたが俺をあの場所入れたのか?どうなんだ!今まで殺し合いをさせられて来たんだ説明をしろ!」


思わず医者と思われる男に怒鳴った。


「ご安心下さい、手術は成功しました。まもなく記憶の統合は終わりますよ」

「手術、記憶の統合?一体何のことだ」


医者らしき男は眼鏡を掛けた。


「良いでしょう。映像を見ましたが、あなたはまだテンのようですね。精神安定の為に説明をさせて頂きます」


医者はパソコンを開いた。


「あなたは新生化をご存じですか?」

「いや、知らない」

「そうでしょう。約100年前、あなたが20歳の頃はまだありませんでしたからね」

「100年前、そんなはずは」


辺りを見回すと知っている年数から100年後のカレンダーと、意味の分からない単語が多く書かれた張り紙があった。


「人工知能が医療の研究をするようになってから、医学は大幅に進歩しました。特に病気や老化した体をクローンと入れ換える治療はほとんどの病気を治す事ができ、日本の平均寿命は150歳になったほどです」


「ほ、本当なのか…」


余りの事に体の力が抜け、思わず椅子に座った。


医者はモニターに「新生化治療について」と書かれた資料を表示した。


「しかし脳を移植すると別人になりますから、治療が出来ない脳の老化が人の主な死因となったのです。そこでクローンの脳に様々な方法で記憶の移植を試みたのが新生化の始まりになります」

「記憶の移植!そんな事が出来るのか!」

「ええ。しかし脳の情報を読み込む事は出来ても、書き込む事は未だに出来ていません。現在の学説では記憶の完全コピーは不可能であり、仮に分子単位で脳の配置を再現をしても記憶の複製は出来ない事が判明しています」


現実とは思えない話しに理解が追いつかない。


「またクローンによっても個体差があり、百体いれば百通りの人格が存在します。ですから、より本人に近い人格に後天的に記憶を学習させる事が、今の新生化治療という訳です」

「つまり、俺が見てきた世界は学習だったのか…」


医者のパソコンには脳の複製についてと書かれた画面を表示していた。


「当然、学習後にも人格の形成に個体差があります。同じ人格のロットを同時に試験をした結果として、あなたは元の人格に最も近いと判断されたのです」

「そうか、今まで会った俺たちはみんなクローンなのか…」


余りの事に目眩がして平行を保っていられなかった。


「お、教えてくれ…。あの試験は何だったんだ」

「あれは知識の学習後に、結果を知らせない状態で本人と同じような行動を取れたかの試験になります」

「やはりか、そんな気がしていた。だが最後の試験はどうなんだ?過去と違った行動を取ったのに生き残れたのはなぜだ!」

「あれはあなたの奥さんたっての希望でね。今のあなたの10年後に息子さんに取った行動なんです」

「俺が、息子に、走れって言ったのか」

「カルテによるとその時は奥さんと口論になったそうですね。しかし奥さんはその後に悩んだと。どちらも助かったのならそれが正しいのか、同じ状況でも繰り返すのかと」

「違う…。息子なんて知らない。俺はセンの事を考えて行動をしたんだ」


医者は椅子の音を鳴らした。


「同じ事ですよ。あなたは父親の行動を反省し、追いかける事を選ばなかった。あなたはセンを父親と同一視したんでしょうね」


次第に記憶にないはずの息子の顔が頭の中に流れた来た。そして写真さえ残っていない父親の顔を思い出そうとしたが、それは大人になった自分の顔、いやセンの顔となっていた。


「なあ、選ばれなかったクローンはどうなるんだ…」

「当然試験にクリア出来なかった者は廃棄になりますね」

「そんな、クローンは金も時間も掛かる物じゃ無いのか。それに倫理観も」

「あなたの時代と比べると、今は一時間もあれば成体のクローンが作成できます。それに一人につき一つのクローンは合法なのです」


100年に渡る価値観の変化は、理解が出来ないレベルになっていた。


「セン…、みんな…」


冷酷に医者は説明を続けた。


「それに体は一体で十分ですが、脳だけは何回も試験を行う必要があります。よって現在は脳だけで培養し、採用された一個にだけ体が与えられるのです。」


俺は頭を抱えた。


「そんな…。脳だけだったのか、俺って…。だからありえない事が起きていても現実感があったのか」

「今は脳専門のクローンセンターがありますので、このように膨大な数の試験が一度に行えるのです」


パソコンに流れるクローンセンターの映像では、縦100個、横100個のガラスケースが、100段も積まれているユニットと呼ばれる塔が立っていた。


ケース毎に一つの試験体が納められており、100×100×100、つまり塔ごとに100万個の脳が培養されていた。そのような塔が地平線の彼方まで続いている…


ガラスの部屋にいる俺が、100万の俺が、悩み、苦しみ、そして消えて行った。


「こ、こんなこと、許されていいのか!」

「本当はダメなんですよ。こんな事を患者に伝えたら」


医者は机の上にあるペンライトを手に取った。


「人の記憶で一番残りやすい感情は怒りとされています」

「なにをする!」

「最後の試験です」


カッ!



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エピローグ

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「おじいちゃん!おじいちゃん!」

「おお、ミサかどうした?」

「おじいちゃんが食事中に倒れて、息がある内に新生化治療をして貰ったの」


いつの間にか病院の診察台に寝かされており、渡された鏡を見ると、まだ少年の面立ちが残る若い顔つきになっていた。


「これがわし、いや俺か、凄い!体はどこも痛くない。体中から力が溢れてくる!」

「嫌がってたのに、勝手に新生化してごめんなさい。でもあなたがしてくれたように、私もあなたとずっと一緒にいたいの!」


若い男は笑って言った。


「俺が怒る?怒る事なんてあるものか。それどころか感謝しているよ。もっと早くやっておけば良かったな。嫌だったのは俺がいなくなるんじゃないか、別人になるんじゃないかと怖かっただけなんだ」

「良かった!その様子だともう大丈夫そうね!ねえ、もうおじいちゃんじゃ無いんだし、昔みたいに名前で呼び会わない?」

「ああ、愛しているよ。ミサ」

「私もよ。カイト」


病院の待合室では、いつもと変わらぬ内容のテレビが流れていた。


『ご存じの通り国民の99%が100歳を超える時代は終わりました。これからは肉体年齢を実年齢とし、新生化治療は国民の義務とする事を明言いたします』



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ミリオンルーム FIN

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あとがき


最後までお読み頂きありがとうございました。


昔部屋を開け続ける夢を見たので、それを色々盛り付けて短編にしました。


どう見ても映画のCUBEっぽいな思いつつ、書きながらストーリーを考えてましたが、どう考えてもオチはディストピアにしかならないんですよね。いや、話にもある通り未来人とは価値観が違うだけなのできっと彼らにはハッピーエンドなんだと思います。


いつか新生化治療が始まったら、ぜひとも被験者第一号になりたいですね。


――――――


いいねや感想を頂けるととても嬉しいです。

他にも短編がありますので、お時間がありましたら是非読んでみてください。

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ミリオンルーム wadrock @txtakao

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